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第四十六章 征竜祭

目覚め

「んう……。ん……?」

「おはよ、ソラ。リッカ様、彼が目覚めましたよ」

「本当か!? おお、ソラよ! やっと起きたか! 早く、早く皆を呼んでくるのじゃ!」

 目が覚めると、何度か見たことがある天井と、ナナとリッカ様の顔が視界内に入る。


 僕は――確かヒュドラを退治した後、飛空艇に乗り込むと同時に強い眠気に襲われ、こらえきれずに眠ってしまったんだったか。


「ここは……リッカ様の御殿ですか? 申し訳ありません、僕のような者が許可も取らずに……」

「心配するな。他の者たちにも各々部屋を与え、休んでもらっておる。そなただけが特別というわけではないぞ。それより気分はどうじゃ? 痛むところはないか?」

 大きくうなずきながら体を起こし、布団から這い出て姿勢を正す。


 休ませてもらったこと、皆に部屋を与えてもらったことを感謝し、ヒュドラ討滅後に起きたことについて話を行う。


「……そうですか、皆さん喜んでくださったと」

「ああ。しかし、ジュヒョウとカゲロウにはしこたま叱られてしまってのう……。少し前まで、わらわは命を差し出すことが決まっていたようなものであり、皆もそれを認めるしかなかったというのに」

 不満げに頬を膨らませるリッカ様。


 彼女視線から見れば、手のひら返しに思えて仕方がないことだろう。


「お二人は、未来のことも見据えたのでしょう。いまを喜ぶだけでなく、あなたがこの先で同じことをしないようにくぎを刺しておく。あなたのことが大好きで、心配しているからこその発言だと思いますよ」

「分かっておる! 分かっておるからこそ、なんか……こう、もやもやするのじゃ!」

 一人不満を吐き出し続けるお姿を見て、僕とナナは小さく笑ってしまう。


 人としてまだまだ成長の余地があるリッカ様。

 いま目の前で行われている歳相応の言動は、未来が明るくなっていく兆しのようだった。


「改めましてリッカ様。使命の達成――」

「それ以上申すな。そなたたちの助力が無ければ、わらわはヒュドラの腹の中。あり得たかもしれぬ未来を考えることもなく、一人この世を去ったことじゃろう。わらわの考えを改めてくれたことも含め、誠に感謝する」

 止める暇もなく、リッカ様は姿勢を正して頭を下げてしまう。


 慌てて頭を上げるようお願いしようとするのだが、強く握りしめられた彼女の手の甲に雫がこぼれ落ちたのを見て、言葉が詰まる。


「わらわは生きて良いのじゃな……? 更なる世界を見に行って良いのじゃな……?」

「……もちろんですよ。たくさん生きて、いっぱい知識を集めてください。世界もきっと、あなたが来るのを待ちわびていますよ」

 リッカ様は、声を出さずに静かに泣き出した。


 満足するまで、泣かせてあげるべきだろう。

 そう考えた僕は、彼女の美しい白い髪を、優しく、優しく撫でることにした。


 やがてある程度の時間が経った頃、突如としてふすまに隔てられた廊下がにわかに騒がしくなる。

 どうやら家族と仲間たちがやってきたようだ。


「グス……。すまぬな、ソラ、ナナ……。みっともない姿を見せてしまった……」

「構いませんよ。さあ、お顔を拭いてください。泣いた分だけ、今度は思いっきり笑いましょう」

 ごしごしと目元を拭ったリッカ様は、瞳を赤く腫らしたままながら笑みを浮かべてくれる。


 ホワイトドラゴンたちを人知れず包み続けていた悪夢。

 彼女の涙を流す姿から不器用な笑顔への変化は、それが終わりへと至り、不明瞭ながら新しい夢へ向かっていくと思わせるものだった。


「ソラー! 起きたって聞いたぞ! 平気かー!?」

 ふすまが開かれるのと同時に、ウォルの大きな声が聞こえてくる。


 振り返るとそこには僕の家族と仲間たちが勢ぞろいし、各々安心したような、嬉しそうな表情を浮かべていた。


「目覚めたてだってのに、大声出すんじゃないわよ……。それに、部屋にはリッカ様もおられるじゃない。不敬も良いところよ」

「ふふ、気にするでない。わらわとて、このような場で指摘をするほど野暮ではないぞ。むしろそなたたちと共に喜びたいくらいじゃ! 近く祭りもあることじゃしのう!」

「祭り! 祭りって言ったか!? そうか、そうだったよな! ヒュドラを倒したら、いつも以上に盛大な祭りにするって言ってたよな!? くぅ~! 楽しみだぜ!」

 リッカ様の発言に、ますます大きな声を発するウォル。


 喜んでいるところ悪いが、祭りに参加することはできないだろう。


「……! そうか、ティアマットとの戦いに向け、準備をせねばならなかったか……。確かに重要な話じゃが……。しかし――いや、だからと言って……」

 祭りには参加せず、『アヴァル大陸』に戻る必要があることを説明すると、リッカ様は酷く落胆した様子を浮かべだす。


 祭り、宴好きのウォルもまるで子どものように駄々をこねだし、アニサさんに思いっきり怒声を浴びせられていた。


「ソラ……。夢の中で人と会ってるだけって言ってたけど、本当に大丈夫なの? 顔色は悪くないように思えるけど、急に意識を失うところを見てると……」

「そうだよ。急いで『アヴァル大陸』に戻って準備をすることも大事だけど、頑張りっぱなしなんだし、少しは休まないと」

「ただ体を休めるだけじゃなく、心から楽しむことも休息の一つ」

 家族たちからは気遣う言葉をかけられ、心配されてしまう。


 だが、体調が悪くなっている感覚は微塵もない。

 アヴァ様と会話をしていただけなので、不調になる方がおかしい話ではあるが。


「参加するのは……難しいじゃろうか……?」

 寂しそうに、悲しそうに訴えかける声がリッカ様から発せられる。


 その声に心が激しく動揺してしまったが、こればかりはどうしようも――


「……ここしばらく、飛空艇にはメンテナンスが不十分な状態で連続稼働をさせてしまいましたからね。異変がないかチェックをしなければなりませんわ」

「だね~。ここからどこに行くにしても、整備不良のせいで空中から落下しました。なんて、笑い話にもならないよ~」

 プラナムさんとダイアさんが、わざとらしく飛空艇の整備をしようかと言い始める。


 空を飛ぶ機械である以上、こまめな整備は必要なこと。

 『アイラル大陸』の問題が解決したわけなので、一旦ここでそれをするのは理にかなっている話ではあるが。


「飛空艇の整備が終わるまで、私たちはこの地を離れることはできぬというわけですね。ちょうど催し物が開かれることですし、参加するのも良いかもしれません」

「シルバルさんまで……。ここまで言われてしまったら、断る方が無粋ですよね。リッカ様、お祭りに参加させていただいてもよろしいでしょうか?」

「……! うむ……! うむ! もちろんじゃ! 歓迎するぞ、皆の者!」

 とても無邪気に、嬉しそうにはしゃぐリッカ様のお姿を見て、自然と口角が上がっていく。


 彼女と同様にウォルもはしゃぎ出すのだが、あまりにも騒々しくしたせいでアニサさんに制裁を下され、彼にあてがわれた部屋へと連行されていった。


「祭りは明後日に行うよう各所に連絡しておる! 新たな祭り、征竜祭を楽しんでいくのじゃぞ!」

 竜封じ祭り改め征竜祭。


 すべきことばかりに頭が行き気付けなかったが、実際には想像以上に楽しみにしていたらしく、心が強く沸き立つのを感じる。

 この感情を抱えたまま、二日間という期間を無為に過ごすことはできない。


 スターシーカーを操る鍛錬や、飛空艇の整備を手伝うなどして時を過ごすと――


「ソラ、ソラ! そなたたちがしてきた旅について、もっと深く教えてくれぬか!? どのようなことでも構わぬぞ!」

「ぼ、僕たちの旅についてですか? 以前お話した各大陸のことと同じ部分もあると思いますが、よろしいでしょうか?」

 鍛錬に費やせそうな時間は、あまり多くはなさそうだ。


 少し残念に思いつつも、期待の眼差しを向けるリッカ様に僕たちの旅の記憶を伝えるのだった。

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