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神の思い出

「ん……。あ、ここは……」

 眩しさで瞼を開くと、僕は夕暮れの海岸にいた。


 近くにビーチチェアやパラソルが置かれているところを見るに、ここは僕の心の内に作ったという、アヴァ様の領域のようだ。


「あれ? 体が動かない……。一体何が――って、なんだこれ!?」

 違和感を覚えて視線を下に向けると、身体の大半が砂に埋まっていることに気がつく。


 かろうじて両腕は脱出できたものの、全身を砂から出すのは容易ではなさそうだ。


「お? その声はソラだな? よく来たな!」

「あ、アヴァ様!? 出して下さ――って、なんで目元をタオルで覆っているんですか?」

 少し離れた場所に、白髪に白角を生やしたアヴァ様の姿が見える。


 水着姿となっているところから察するに、相も変わらず僕の心の中を楽しんでいるようだ。

 目元を覆うタオルを含め、彼の傍らにはそれなりに重量がありそうな木の棒があるが、何に使うのだろうか。


「過去の俺たちが、海に来たらやっていた遊びでもしようと思ってな。目元を隠した状態でとある物を殴りつけ、内容物が飛び散る様子を楽しむ猟奇的な遊びだ。うまく割れるとみんな喜ぶんだぜ?」

 そう言ってアヴァ様は木の棒を手に取り、それを肩に乗せながら僕の方へと近づいてくる。


 まさか、その棒で叩かれるのは――


「ままま待ってください! さすがにそんな物で叩いたら……! せ、せめて力加減を――」

「いいや、思いっきりぶっ叩く! じゃないと綺麗には割れないから……な!」

 のそりのそりと近寄って来たアヴァ様は、勢いよく木の棒を振り下ろす。


 痛みと衝撃の恐怖に怯えた僕は、攻撃が外れろと懸命に祈るのだった。

 瞼を下ろして体を震わせていると、内容物をたっぷりと詰め込まれた何かが破裂するような音が響く。


 同時に、僕の頬に液体らしきものがこびりついた。


「お、まあまあきれいに割れたな! お前もいつまでもそうしてないで、早く砂から出てこいよ! 冷たい内に食わないともったいないぞ!」

「え? あ、あれ……?」

 痛みが全くないどころか、叩かれた衝撃すらない。


 瞼を開いて周囲に視線を向けると、僕の左横辺りに赤い果肉をむき出しにした果実らしきものが見えた。

 アヴァ様が叩いた物は、僕の頭ではなくこれだったようだ。


「ひ、人騒がせな……。とりあえず砂の中から出ないと……」

 体の各部に力を込め、苦心しつつも砂の中から這い出ることに成功する。


 僕が苦労している中、アヴァ様はビーチチェアに背を預け、果実にかじりついているようだった。


「これなんて名前の果実だろ……。エルフの人たちに食べさせてもらった、エルメロンになんとなく似てる気がするけど……」

 綺麗に砂を振り払い、不揃いに割られてしまった果実の一つを手に取ってアヴァ様の元へ向かう。


 言いたいことは色々あるが、せっかくここに来たのだから質問の内容も考えておかなければ。


「あ~みゅ……。やっぱビーチといえばこれだよな! ほれ、ソラも食ってみろ!」

「わ、分かりました……。この赤い部分が可食部分でいいん……ですよね?」

 アヴァ様は僕の質問に答えず、ただ果実をかじる形で答えを示す。


 その行動に習い、警戒しながらそれを口に含む。

 歯が果肉に触れ、かじり取った瞬間、小気味よい音が口内から耳へと登っていった。


「……特別甘さが強いわけではないんですね。でも、こんな歯ごたえが良い果物は初めて食べました。ほのかな甘みとみずみずしさ、食べた後のこの爽快さ、病みつきになりそうです」

 二口目、三口目と果実を口に含む。


 赤の果肉の中にある黒い部分は種子だろうか。

 かみ砕くことはできたものの、さすがにこれは無理に食べる必要はなさそうだ。


「厳密に言うと、これは果実じゃなくて野菜なんだぜ? 樹木にはならずに草として生え、成長するからな。ま、俺たち食う側からすればどっちでもいい話だけどな! うまいから食う、そんだけだ!」

 シャクシャクと音を鳴らし、食事をするアヴァ様の表情には満面の笑みが浮かべられていた。


 それにつられて果実を口に含んでいたら、いつの間にかこの穏やかな時間を楽しんでいる自分が居ることに気付く。

 そばに置かれたいくつもの果実の皮に苦笑を浮かべつつ、彼と本題を話し始めることにした。


「そうだな。ここを使える時間も多いわけじゃねぇし、そろそろ質問を受け付けるとするか。んで? 何が聞きたい?」

「そうですね……。今回は二つといったところでしょうか。リヴァイアサン、スターシーカー――英雄の剣についてお聞きしたいことが」

 アヴァ様は口内をもにゅもにゅと動かしつつ、夕焼けに染まる空に視線を向ける。


 僕からされるであろう質問を、どこまで答えるべきか考えているのだろうか。


「……よし、最初は英雄の剣について答える――前に、思い出話をさせてもらうか。現代でスターシーカーという名前を与えられた英雄の剣は、俺たちの時代は別の名前を持ってたんだぜ? 何て名前だと思う?」

「あの剣に、僕たちが与えた以外にも他の名前が……。う~ん、世界に降りかかる天災を払うために作られた剣とお聞きしましたので、それに類する名前かな……」

 僕は強化するまでの過程を考えてスターシーカーという名前を与えたが、元々あれが製作された最大の目的は世界を守るためだ。


 名を与えるとしたら、世界や守るといった意味の言葉が与えられそうなものだが。


「なかなか良いとこ突くじゃないか。正解はワールドキーパー。名前を与えたのはお前と同じ、剣を握った英雄だ。響きが似たような名を与えたところを見るに、意外とお前と前任者は、似たところがあるのかもしれないな!」

 ワールドキーパー――確かに、世界を守るための剣としてはこれ以上ない名前だ。


 僕の前任者という人物は、どのような方だったのだろうか。


「んで、そのスターシーカーについての質問だったな? 聞きたいことはなんだ?」

「あの剣の強化が終わり、初めて握った時に物足りなさを感じたんです。ですが、敵と戦っている最中にその感覚は消え去った。もしやと思ったのですが、倒すべき敵の魔力を記憶することで、真に完成へと至るのですか?」

 ヒュドラとの戦いにおいて、最初は違和感のようなものがあったのだが、奴の首を直接斬りつけた瞬間にそれが消え去り、魔力を用いた攻撃が追尾するようになった。


 魔力の吸収以外にさせた行動はないはずなので、恐らく正解だと思うのだが。


「ああ、それで合っている。英雄の剣は魔力を用いて災いを払うことを目的として作られた武器。魔力の吸収だけでなく、相手を狙い続ける性質も元々有していた能力ってわけだ。吸収させないと何もしねぇのがちょいと欠点だけどな!」

 やはり最初は、剣に魔力を覚えさせる必要があると。


 だが、それをした後であれば遠距離攻撃が自動的に追尾するようになる。

 事前準備が必要なれど、この点は便利な武器になっていたようだ。


「ただ、魔力の自動調整みたいなことはできねぇ。いくらとんでもない量の魔力を貯めこんでいるとはいえ、でたらめに使えばいずれは枯渇する。ヒュドラに放った最後の一撃、あれはハッキリ言って無駄だぞ?」

「倒すだけでなく、雲まで吹き飛ばしてしまいましたからね……。その辺りは剣を振るう僕たち次第ということですか……」

 分かりきっていたことではあるが、スターシーカーの操作を物にするには鍛錬をかなり積む必要がありそうだ。


 今回は空に余波が向かったから良いものの、人や建物等に向かえば被害は確実に出ることになる。

 守るべきものを自ら破壊してしまうのでは、本末転倒もいいところだ。


「あくまで俺は過去の存在であり、現在を生きる人じゃない。現在の英雄の剣をどう使っていくのかはお前たちが考えてくれ」

「分かりました。とりあえずは元々持っている剣と使い分けて戦って行こうと思います」

 魔力の吸収ができるまでは元々持っている剣を、吸収後はスターシーカーを操る。


 使い分けという新たな行動を覚える必要はあるものの、いままでと大きくは変わらない戦闘スタイルでいられるので一安心だ。


「じゃあ次はリヴァイアサンについて質問を――彼の存在は『アヴァル大陸』を囲む『戻りの大渦』にいると知り得ました。どう会いに行けばいいか、あの広大な渦のどこにいるのか詳細な位置を知りたいのですが……」

「どうって……。船しか方法はねぇだろ? 大渦に船を乗せる方法は確立されてるみたいだしな。詳細な位置は俺も知らん。水の『聖獣』の名を持つ通り、自由に泳ぎ回るのが好きだったからな」

 アヴァ様は口の中に入り込んだ種子を吐き出しつつ、ぶっきらぼうに答える。


 これまでに出会ってきた他の『聖獣』たち同様、巨大な身体を持っている可能性はあるが、広大かつ危険な海域から見つけだすのは至難の業だ。

 しかも横方向だけでなく下方向にも探さなければならないので、船で移動するだけでは決して見つけられないだろう。


「また思い出話をするか。アイツは人のことが好きでな、愛していたと言ってもいい。当時は未熟だったこともあって、水の上に船があることに気付いた時は、大喜びで船体に波をかけてくるんだ」

「あはは。成長しきった後でそれをされたら大変ですね。きっと、僕たちが出会った『聖獣』たちと同じくらいの大きさになっているから――」

 突然、頭の中に過去の記憶が呼び覚まされる。


 『アディア大陸』から『アヴァル大陸』へ帰還しようと、潜水艦に乗って移動をしていたあの時、艦が大きな揺れに襲われた瞬間があった。

 乗組員たちは、あの揺れを妙な海流に掴まったと表現していたはず。


 あの一連の出来事が、リヴァイアサンの仕業だとしたら?


「ハッハッハ! なるほど、確かにアイツならやりかねないな! 海の上だけでなく、海の中にまでやってくる人を見つけたら、とんでもなく喜んだことだろうよ!」

「笑い事じゃないですよ……。下手をしたら英雄の剣ごと海に沈んでたんですよ……?」

 水のことを知り尽くしている存在なので、沈没させるような真似はしないのだろうが、やられた側はたまったものではない。


 僕たちはまだしも、乗組員たちは各種機関の確認等に奔走していたので、彼らが感じたであろう心労はかなりのものになったはずだ。


「俺たち神々がいなくなり、人に対しても積極的な介入ができなくなっちまったから、こじらせてるかもな……。本当に、アイツらには悪いことをしたよ」

「僕たち人のことを、ずっと待ってくれていると……。なら、会いに行かないといけませんね」

 絶大な力を持つ『聖獣』が、僕たち人が会いに来てくれることを何よりも待ち望んでいる。


 長大な時間を待たせてしまったが、それに見合うだけの出会いにできるだろうか。


「問題点を挙げるとすると、海上に誘導する必要があるということですが……」

「海の中じゃ話すどころか生きることすらできねぇもんな。んじゃ、こっちはヒントをやるかな。アイツは人が作った、自身をかたどった物を特に好んでいたぜ。それを船で運べば寄ってくるんじゃねぇか?」

「自身を……。彫刻や絵画と言ったところでしょうか? それなら一つだけ心当たりがありますね」

 あの地にあるあれを『戻りの大渦』に運べば、きっとリヴァイアサンは現れる。


 かなりの重量があるために人力では難しいが、飛空艇を使えば容易なはずだ。


「そろそろ時間切れか……。俺たちの目的の成就まであと少し。また会おうな」

「目的の……成就……? それって……?」

 瞼を開くことすら困難に思えるほどの眠気が、突如として僕の体を包み込む。


 自身の呼吸が小さくなっていくのを感じる。

 すぐそばにいるはずのアヴァ様の気配を感じにくくなっていく。


「いまは気にすんな。次に出会った時にでも話してやるからさ」

「必ず……ですよ……? また、お会いしましょうね……?」

「ああ。またな、ソラ」

 それを最後に、僕の意識は闇へと沈む。


 現実世界で目覚めるまで、穏やかなこの空間で体を休めるのだった。

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