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剣の名

「ようやく勝てたか……。はあ~……。腹減ったぁ~!!」

 雪の上に体を投げ出し、両手足をばたつかせるウォル。


 英雄の剣を強化している間も戦い続け、僕たちがやってきた後も共に戦ってくれたのだから、疲労は並の物ではないだろう。

 早いところ彼を休ませてあげたいが、まずは負傷している人たちの治療と飛空艇へ運び込むことを優先しなければ。


「リッカ様、おケガはありませんか?」

「うむ、何ともない。レイカやそなたが守ってくれたおかげじゃ。感謝するぞ」

「お力になれたようで光栄です。レイカも大丈夫かい?」

「うん、元気いっぱいだよ。私もみんなのお手伝いに行ってくるね!」

 僕とリッカ様を置き、レイカは駆け足で治療を受ける人たちの元へ向かう。


 僕も彼女の後を追いかけ、手伝いをしようと思ったところで。


「これで……終わったのじゃな。何というか、実感が湧かぬのう……」

「僕も、勝利したという感覚はあまりないですね……。剣の能力に導かれるがごとくヒュドラを倒してしまいましたから……。そういう意味では、英雄の剣の勝利といったところかもしれませんね」

 今回の戦いは、英雄の剣を扱いきれず、剣の能力に頼る形で結果的に勝利を得たに過ぎない。


 ヒュドラを倒せたこと自体は嬉しいが、課題もまた多数生まれてしまったことは受け入れていかなければ。


「では僕も傷病人の手当てをしようと思います。また後程――」

「わらわも行く。兵たちは立派に務めを果たしてくれたというのに、王だからと胡坐をかくわけにはいかんしの。良ければ治療の仕方を教えてくれぬか?」

 リッカ様と共に傷の治療を受ける人たちの元へ向かい、手当てを開始する。


 大きな傷を持つ者を優先的に飛空艇に運び込み、比較的軽症な者は包帯を巻く等の応急手当で済ませる。

 こうしておけば、後はナナたちが傷の程度に応じて回復魔法を使ってくれることだろう。


 それらを何度か繰り返し続けているうちに、雪の上で倒れているのはヒュドラだけとなる。

 僕たちはその遺骸に近寄り、解体作業をすることにした。


「鱗も甲殻もボロボロだな……。まあ、あんだけ爆発してたらしょうがねぇよな」

「全部が全部使えないってわけじゃないみたいだけど、長い時を生きてきたドラゴンの素材がほとんど使えなくなっちゃったのは痛いな……。強力な武器や防具になってくれたはずなのに……」

 牙は本体以外の首から採取できそうだが、それ以外の素材は尻尾付近以外からは取れそうになさそうだ。


 外面より酷いことになってはいたが、念のために内側の解体も進めていると。


「あれ? 何かにぶつかったような? なんだろう」

 解体用のナイフの先に、肉以外の物体が接触したような感覚がある。


 石や金属のように固いわけではないようだが、これは――


「英雄の剣の鞘……。そっか、爆発のエネルギーは魔力だもんね。吸収できたから無事だったんだ……」

 多少の損傷はあるものの、鞘は形を失うことなくヒュドラの体内に残されていた。


 それを手に取り、胸に抱いて謝罪と感謝の言葉を心で発する。

 喰わせたあの時から戦い続けてくれたこと、僕の元へこうして戻ってきてくれたことに対して。


「ソラよ、良ければ鞘を見せてもらっても良いか?」

「あ、はい。分かりました」

 そばにやって来たリッカ様に鞘を見せる。


 さすがに体内から出てきたばかりの物を触らせることは気が退けたため、僕が手に持ち続ける形ではあるが。


「……これくらいならば、鞘の修復は可能ではないか? 丁度よいところに鞘の材料もあることじゃしのう」

「鞘の材料って……。まさか、ヒュドラの皮や甲殻を利用する気ですか!?」

 ヒュドラは多くの白竜王たちを苦しめた存在であり、その亡骸は現白竜王であるリッカ様が所有するべき物。


 いくら僕たちが倒したとはいえ、貰ってしまうのはさすがに――


「その剣は周囲の魔力を吸ってしまうのじゃろう? ならば、いつまでも抜き身のままにしておくのは危険じゃ。ふいに誰かが触ってしまうとも限らんぞ?」

「それはまあ、確かに……。よろしいのですか?」

 コクリとうなずくリッカ様を見て、ヒュドラの素材を頂くことにした。


 とはいえ全て貰うようなことはせずに必要な部分だけを取り分け、後はホワイトドラゴンたちに使ってもらうとしよう。


「鞘の修理もまた、我々が担当すると致しましょう。英雄の剣の図面もあることですし、強化も可能ですよ」

「そのままの形で修理しても鞘に剣が収まりませんしね。よろしくお願いします」

 そんなこんなでヒュドラの素材も回収しきり、傷病者たちの手当てもある程度終わった。


 雪都へと帰り、つかの間の休息を堪能するとしよう。


「忘れておりました。ソラ殿、英雄の剣に名前を付けるのはいかがでしょうか?」

「名前? 英雄の剣のままでもよいのでは?」

「確かに問題はありません。ですが、それは過去の姿だったから成り立つこと。いまはあなたの手に渡り、あなた方が望む形へと変化した。いつまでも過去の名を呼び続けるのもどうかと思いまして」

 全くと言っていい程に扱いきれていないが、この剣の現在の所有者はこの僕だ。


 違う呼び名を付けるのも良いかもしれない。


「英雄の剣……。僕たちは、様々な知識を獲得しながらこれの素材を求めて探し回って来た。そしていま、更なる世界へと僕たちを連れて行こうとしてくれている。なら、この剣の名前は――」

 剣を頭上に掲げ、夜空に輝く星の煌めきを剣身に宿す。


「スターシーカー。探究者という意味を与えようと思います」

 新生英雄の剣、その名もスターシーカー。


 この剣の煌めきが、探究への道標となりますように。

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