「みんなボロボロだね……」
雪の上で倒れるホワイトドラゴンの兵士たちに、少し離れた場で膝をついて呼吸を荒げるシルバルさん。
ナナやレン、アニサさんが傷ついた者たちの治療を行ってくれてはいるが、継続して戦わせることは不可能に近いだろう。
「まずはその首たちを落とさせてもらう! エンチャント・ファイア!」
内に宿った怒りを力に変えつつ、英雄の剣に炎を纏わせる。
ヒュドラもまた僕を標的にしたらしく、こちらを見つめながら五本の首をゆらり、ゆらりと動かす。
先ほどは不意打ちができたがために容易に首を落とすことができたが、次の首からは簡単にはいかなさそうだ。
「プラナムさん、ダイアさん、早速使わせていただきます! はああ!」
プラナムさんたちによって取り付けられた機構を起動させつつ、風の刃を飛ばすように狙いを付けたヒュドラの首めがけて剣を振る。
英雄の剣に蓄えられた魔力は、纏わせていた炎と共に無事放出されたのだが。
「な!? でっか……!」
空を飛ぶ炎の刃は放出された魔力を取り込み、巨大な斬撃となってヒュドラの首たちに襲い掛かる。
一本、また一本とそれを斬り落とし、英雄の剣は同時に二本もの首を落とすことに成功した。
戦闘の場に直接出るのは初めてだというのに、これはあまりにも異常な戦績だ。
「これは想像以上だ……! もう少し加減を――」
「おい、ソラ! ボーっとすんな! 攻撃が来んぞ!」
ウォルの声にハッとし、英雄の剣から目を離して正面に視線を向ける。
ヒュドラの首が、僕を喰らおうと襲い掛かる様子が見えた。
「プロテクション!」
剣の機構を解放しつつ防御魔法を発動する
青白い防御壁は僕を覆い、確かに守ってくれたのだが。
「僕を守るどころか、ヒュドラを……!?」
魔法は僕の想像以上に大きく広がり、攻撃を仕掛けてきたヒュドラを押し返してしまった。
魔法や攻撃が強化されるのはありがたいが、ありとあらゆる行動の規模が巨大化しすぎている。
剣の強さに魅了され、無遠慮に振り回すようになってしまうのはあまりにも危険。
この絶大な力に揺るがず、正しく振るえることも英雄の証の一つなのだろうか。
「僕が喰えないからって、今度はレイカたちに注意を向けたか。プロテクション!」
再び防御魔法を使用し、レイカと彼女の背後で舞を演じていたリッカ様に防御壁を張る。
今度はヒュドラを押し飛ばすほどに広がることはなかったが、逆にレイカだけを包む程度で拡大が止まってしまった。
狙われたのがリッカ様ではなくレイカだったのは僥倖だが、もしも逆だったとしたら非常に危険な状態となっていただろう。
ただ、頑強さには問題がないところを見るに、その点では良い塩梅で防御壁を貼れたようだ。
「もう一度……! はあああ!」
再び剣に炎を纏わせ、斬撃を空中に放つ。
だが今回のそれは非常に細く小さいものになってしまい、ヒュドラの首に触れることなくかき消えてしまった。
「魔法を使った行動は、安定性がまだねぇみたいだな! だったら直接攻撃しかねぇよな!?」
「……そうだね。剣の切れ味も確認しておかないと!」
自身とウォルに強化魔法を付与し、ヒュドラの本体以外の首に飛び掛かる。
奴の攻撃を躱して長い首に向けて横なぎに剣を振ると、それは容易に断ち斬られ、雪の上へ落ちていった。
ウォルの方も同様に首の切断に成功したようだ。
「よっしゃ、残りは一つだな! それが一番の問題なわけだが――って、おいソラ。どうしたんだよ? 怪訝な顔で剣を見つめて」
「いや、ちょっとね……。何というか、剣が満ち足りたような感覚がして……」
ヒュドラの首を直接斬り落とした際、当然ながら英雄の剣は魔力を奴から吸い上げてくれたのだが、それが行われたのと同時に足りなかった物が埋まったような感覚に包まれた。
不足していたピースがはまった、料理に足りなかった調味料が分かったような感覚。
英雄の剣が、真の意味で完成したような充実感だ。
だというのに、まだ何か物足りない感覚がある。
僕とこの剣の間に、必要とされる何かがまだあるのだろうか。
「ヒュドラはまだ生きてんぞ! 変なタイミングで満足――うおおっと!? ほら、やっこさんはまだまだやる気だぞ!」
首一つになろうとも、ヒュドラはその巨体を激しく揺らして攻撃を仕掛けてくる。
満足感と違和感の正体を知るよりも、まずは奴を倒すことが先決か。
攻撃を躱しきり、距離を取ったところで剣に炎を纏わせて攻撃姿勢を取る。
体をねじり、それを元に戻す勢いで剣を大きく振ると、纏わせた炎は剣を離れ、奴の本体である首めがけて飛んでいった。
「今度はちょうどいいサイズに……! 当たれ……!」
大きすぎず、小さすぎずのサイズで斬撃を放つことができたものの、ヒュドラが首を動かすことで攻撃を躱してしまう。
だが虚空めがけて飛んでいった斬撃は、突如として空中で方向転換し、奴の首後方に直撃した。
甲殻に阻まれて首を落とすことは敵わなかったものの、不意打ちとなったことで少ないながらダメージを与えられたようだ。
「さっきまでは追尾することもなかったのに……。一体どうして……?」
剣に起きた変化の理由が分からないものの、いまできることに思考を巡らせる。
ヒュドラの本体である首は甲殻に包まれているため、他の首たちのように通常の攻撃は通用しない。
もっと威力が高く、破壊力のある攻撃を直接ぶつけなければ、討ち滅ぼすことは不可能だろう。
「……違う方法を試してみよう。ウォル、時間稼ぎを頼めるかい!?」
「おう、任された! へっへっへ、首一本でオイラの動きについて来れるかな!?」
一人ヒュドラに立ち向かうウォルの後ろ姿を頼もしく思いつつ、離れた場所で舞を演じ続けているリッカ様に視線を向ける。
舞がどれほど進んだのかは分からない。
彼女のそれがヒュドラの力を削ぐことを信じながら、英雄の剣に向けて圧縮魔を使用する。
正しくは英雄の剣に取り付けられた、魔力を貯蔵するための機構。
その内に貯めこまれた魔力たちに向けて。
「うお!? いきなりなんだよ!? ソラ、そこから離れろ! やべぇぞ!」
僕の行動に危機感を抱いたのだろうか。
突如としてヒュドラはウォルとの戦いを中断し、こちらめがけて突進してきた。
圧縮が最初からになってしまうが、無理矢理行使した結果、攻撃を食らってしまっては意味がない。
回避さえしてしまえば、何度でも魔力を圧縮できるのだから安全策を取ろう。
そう考えた僕は、圧縮を止めて回避行動を取ろうとしたのだが。
「……!? なんだ? 急にヒュドラの動きが鈍ったぞ?」
突如としてヒュドラは苦しそうにうめき声を上げ、雪の上に崩れ落ち、呼吸を荒げ始めた。
もしやと思い、舞を演じているはずの人物に視線を向けると。
「待たせたのう、皆の者! これで仕舞じゃ!」
言葉と共にリッカ様は舞を終わらせ、最終段の姿勢のままじっとヒュドラを睨みつけていた。
その美しいたたずまいに感動を覚えつつ、魔力の圧縮を継続する。
やがて圧縮は完了へと至ったため、剣の機構を起動させる装置に指を置きつつ、奴めがけて走り出す。
「はあああ! いっけええええ!!」
ヒュドラの胴体へ剣をぶつけつつ、剣の機構を起動する。
弾力性に富んだ甲殻に阻まれ、剣は内側へと入りこめなかったが、圧縮されきった魔力が一気に開放された勢いで甲殻が傷つき、生じた隙間から奴の体内めがけて魔力が突き進んでいく。
体内へと潜り込んだそれは勢い良く膨張し、光と熱、爆音を発し始める。
「まだ……まだぁ!」
剣をヒュドラにぶつけた状態のまま大きく飛び上がる。
すると光も剣の後を追うように上昇し、本体の首をも傷つけていく。
光は傷ついた甲殻の隙間から漏れ出し、奴の身体を外側からも内側からも破壊する。
やがて内側を破壊し尽くしたのか、行き場を無くした奔流は奴の口から勢いよく飛び出し、激しい閃光となって大空高く舞い上がる。
昇っても、昇ってもその勢いは止まらず、とうとう空を覆い隠していたぶ厚い雲へと到達し――
「雲まで……消し飛ばしちゃった……」
頭上を覆う雲は消滅し、その背後にあった黒い夜空と星々が姿を現す。
七色に輝くそれらは、勝利に至った僕たちのことを祝福してくれているかのようだった。