「これが現代の技術で強化した英雄の剣なんだね……。持った感じはどう? お兄ちゃん」
「握りやすさも持ちやすさも最高だよ。でも、何というか不思議な感覚があるんだよね……」
普段使いの剣と同じく、ゴブリンとドワーフの技術を用いて強化されているため、握る、振るといった動作をする際の違和感は生じていない。
だが、この新生英雄の剣には、まだ何かがあるのではないかという、物足りなさに似た感覚が胸中に存在していた。
いや、剣そのものにあるというより、僕自身にあるような?
「……その感覚は後で考えるとして、ヒュドラの元へ行こう。みんなが待ってるからね」
抜き身のままの英雄の剣を手に、鍛冶工房の外に出る。
日はまさに沈む寸前であり、黒色の雲に覆われた空から白い粉が舞い散りだしていた。
いま頃、仲間たちはヒュドラとの戦いを進めているはずだ。
飛空艇がないので、最速でたどり着くにはレイカの圧縮移動を利用するしかない。
「プラナムさん、ダイアさん、ゴウセツさん。剣を元通りにするどころか強化していただき、ありがとうございました。皆さんはこの場に残り、休息ともしもの時の準備を」
「ええ、そうさせていただきますわ……。ただでさえ集中力を要する作業だというのに、全力をもって進めてしまったので……。まともに動くことすらできませんわ……」
僕に続いて鍛冶工房から出てきたプラナムさんは、ダイアさんの手助けが無ければ足元がおぼつかないほどに疲労困憊となっていた。
可能ならば彼女を労う等したいところだが、そうは時間が許してくれない。
「もしもなんて言わないで欲しいな~。ボクたちが頑張って作ったその剣を最大限利用して、ヒュドラをギッタンギッタンにやっつけちゃってよ~。プラナムのことは任せてもらうけどね~」
「……ええ、分かりました。ゴウセツさん、レイカのことお借りします」
「ああ、しっかり守ってやってくれ。レイカもソラの手助けができるように頑張るのだぞ」
「うん! まっかせて!」
ヒュドラが封印されていた地と雪都はかなり離れている。
奴もこちらに向かってきているらしいが、それでもかなりの距離を移動する必要があるはずだ。
一度だけではなく、複数に分けて圧縮移動を行うようレイカに伝えていると。
「間に合った……! まだ雪都におったようじゃな!」
「リッカ様? どうしてこのような場に……?」
息を切らせたような声に振り返ると、そこにはお面を外して大きく呼吸をしているリッカ様の姿があった。
走ってきたようだが、周りにお付きの方々がいない。
急ぎの用事だとしても、彼女が一人だけでやってくるとはただ事ではなさそうだ。
「ソラ、お主に頼みがある。わらわもヒュドラとの戦いの場に連れて行ってはくれぬか?」
「……! お気持ちは分かりますが、既に戦いが行われているはずです。最悪を想定して封印の準備もしておきたいと仰せられるのでしたら――」
「違う! 確かに最悪を想定するのは大切なことじゃが、わらわに一つ策があるのじゃ!」
僕の発言を遮ったリッカ様の表情は、不安や絶望に包まれた物ではなく、ヒュドラとの戦いに勝つための秘策を思いついたとでも言いたげな、自信に満ち溢れたものだった。
少なくとも、自ら命を散らすような行為をするつもりではないらしい。
僕は悩みつつも、彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「結論から言おう。わらわは戦いの場にたどり着くと同時に邪竜封じの舞を演じる。さすればヒュドラの力を大きく減らすことができるはずじゃ」
「邪竜封じの舞……。で、ですがそれって、ヒュドラに食べられる必要があるってことじゃ……?」
レイカの反論の通り、リッカ様の結論を聞く限りではこれまでと何も変わらないように思えてしまう。
一体彼女は、どのような作戦を考えたのだろうか。
「邪竜封じの舞と名はついているが、実際の所は対象者の持つ魔力を奪い、衰弱させる舞。されど大きな弱点があり、お主らも知っての通り最接近しなければ効果が薄いのじゃ」
「それがヒュドラに喰われねばならなかった理由ですね。今回の場合は体外で、かつ離れた場所からでも効果が出る可能性があると?」
リッカ様はコクリとうなずき、自信に満ち溢れた顔で続きを口にする。
「いま奴の体内には、わらわの舞と同じく、魔力を奪う物体があるのじゃろう? それとの相乗効果を狙えば、奴の力をより早く、より大きく削ぐことができるはずじゃ」
「魔力を奪う物体……? そっか! 英雄の剣の鞘! お兄ちゃんが食べさせてたよね!」
まさか苦し紛れ同然に放った鞘が、時間稼ぎになるだけでなく討滅に至る一手にもなり得るとは。
しかし、既に消化されている可能性はないのだろうか。
「そればかりは何とも言えん。じゃが、今回のヒュドラは暴れがかなり酷いらしい。腹が減っているだけとは思えん。何かしら暴れるための要因があり、それが剣の鞘ではないかと考えたのじゃ」
疑似的な形であろうとも、封印自体は成功していた。
その間の生体活動は完全に停止していた可能性は十分にあるので、剣の鞘が消化されずに体内に取り残されているのもあり得る話だ。
「ただし鞘があっても、舞の効果が完全に出るまでにはそれなりに時間がかかるじゃろう。その間ヒュドラの攻撃から守ってもらう必要があるわけじゃ。条件ばかり突き付けてしまっているが……。頼む、わらわを……!」
本来であれば御殿へと帰し、僕たちだけでヒュドラと戦うべきだろう。
だが、リッカ様の真剣な表情と懸命に訴える声に、奴との戦いを万全に期しておきたいという自身の思いに、彼女の願いを断ることはできそうになかった。
「……賭けてみる価値はありそうですね。分かりました、お連れ致しましょう。レイカ、移動を頼めるかい?」
「うん、任せて! それじゃあとりあえず、雪都の外に出よ!」
「……すまぬ! 心から感謝するぞ!」
リッカ様を一行に加え、雪都の入り口めがけて走り出す。
赤い門が見えてきた頃、突如として小さな疑問が胸中に湧き上がってきた。
それをはっきりさせようと、リッカ様に視線を向ける。
「リッカ様。確認なのですが、ヒュドラの元へ向かうことをジュヒョウ様やお付きの方々にご説明されているのですか?」
「む? そんなのするわけがないじゃろう。言ったらどこぞの部屋に監視付きで隔離されてしまうわ」
あっけらかんとした返答に頭を抱える。
どこかの部屋の中央に留められ、不満げな顔をするリッカ様の姿が頭の中に浮かんではきたが、後に禍根を残すようなことは避けてほしい。
「ヒュドラを退治した後のことはわらわに任せておけ。決してそなたらに問題をかぶせるようなことはせぬよ」
「いえ、そういうことではなくて……。まあ、問答をしている場合ではありませんし、急ぎましょうか……」
窘めることは後でもできるので、いまはやれることをやっていかなければ。
雪都から外に出た僕たちは、圧縮移動で封印の地方面へと進みだす。
二回、五回、十回と移動を繰り返すうちに、ようやく白煙が舞う様子が見えてきた。
「皆はあそこでヒュドラと戦っているようですね。リッカ様、怖くはないですか?」
「ヒュドラに喰われることを思えば、これくらいの恐怖などどうと言うことはない。覚悟もとうの昔にできておるぞ」
言葉とは裏腹に、リッカ様は僕の服をかなりの力を込めて握っていた。
ヒュドラと相対するのは、これまでに何度も強大なモンスターと戦った僕でも恐怖を覚えたほど。
あれに喰われる可能性が減ったとはいえ、怖いものは怖いはずだ。
「レイカも大丈夫かい?」
「本音を言えば大丈夫じゃない……かな。けど、みんなが戦ってるし、圧縮移動ができるのは私だけ。危なくなったらお兄ちゃんが守ってくれるはずだしね!」
怖がりつつも、戦う意思を見せてくれたレイカの頭を優しく撫でる。
戦う意思を一つにまとめた僕たちは、最後の圧縮移動を行う。
「それじゃ行くよ! 圧縮!」
景色が目まぐるしく変化していく中を通り過ぎると、僕たちの前に巨大な竜の姿とそれと戦う人たちの姿が見えた。
その竜には六本の首があり、その内の一つは甲殻に覆われている。
僕たちが焼き斬った首たちは再生してしまったようだ。
だが、本来であれば八本あるはず。
切断されたような跡がついているところを見るに、既にウォルたちが二本落としてくれたのだろう。
「うおおお!? やっべぇえええ!?」
「ウォル! レイカ、リッカ様のことを頼むよ!」
ヒュドラとやり合っていたウォルだが、とうとう攻撃を捌ききれずに空高く吹き飛ばされてしまう。
空中で無防備になっている彼に向け、六本あるうちの一本の首が大きく口を開ける。
あのまま落下すれば、彼は奴の体内に収められてしまうだろう。
「エンチャント・ファイア! はあああ!!」
通常の剣を左手に握り、素早く各種強化を終わらせてからウォルを狙う首めがけて飛びかかる。
空中で大きく体をねじり、勢いに任せて横なぎに剣を振ると、その首は地面めがけて落ちていった。
「ソラ! やっと来たか!」
「待ってたよ!」
「遅くなってゴメン! でも、倒すための準備はばっちりだよ!」
喜ぶ皆に返事をしつつ雪の上に着地し、改めて標的の姿を視認する。
一つの首を落とされながらも、恐怖を感じるほどの雄たけびを上げる五本首の竜。
されども心に浮かぶ不安は、七日前と比べれば遥かに小さかった。
「英雄の剣の試し斬り相手にはもってこい。さあ、やろうか」
通常の剣を鞘に戻す代わりに英雄の剣を両手に握り、戦いへの意思を滾らせていく。
リッカ様の未来を、ホワイトドラゴンたちを新たな世界へ羽ばたかせるために。
新たな剣を繰り、ヒュドラを討ち滅ぼすための戦いが始まるのだった。