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第9話 第9章 空からの魔王軍奇襲 ── 仕方なく民を救い、そそくさと退場

王都プティニエールの朝は、御前試合の余韻に包まれていた。玉座の間では宴の用意が進み、貴族たちは豪奢な礼服を装い、侍従たちは回廊に紅茶やワインを並べ、街路では市井の人々が祝杯を交わしていた。だが、その祝祭の空気は一瞬にして崩れ去る。


西の空が黒い影に覆われたのは、鐘楼の鐘が十度鳴り終わるよりも早い出来事だった。突如として轟音が大理石の柱の間を走り、石畳を震わせた。人々は狼狽え、一斉に空を見上げる。そこには、今しがたまで澄んだ青を湛えていたはずの大気が、鋭くたなびく黒雲の軍勢に変貌していた。


「な、何だ、あれは……!?」

貴族のひとりが恐怖に目を見開き、声にならない声を上げた。その直後、無数の魔族飛行獣が空を埋め尽くし、翼をはためかせながら王都の塔や塀を軒並みに越え、街路へと襲いかかる。火炎を帯びた獣の咆哮が、まるで地獄の門を開け放ったように響き渡る。


王都を守る衛兵隊は、白兵戦装束のまま矢筒を手に駆け出したものの、矢を放つ間もなく魔獣の鋭い鉤爪が盾を砕き、火炎魔術の一撃で矢そのものを焼き尽くした。坂道を駆け下りる戦馬は怯え、馭者の手綱を振りほどいて逃げ惑う。市井の民は叫び声をあげ、露店の天蓋(てんがい)は炎に包まれて次々と崩れ落ちた。


玉座の間では、国王シャルル・ド・プティニエールの指揮が始まった。高座から厳しい声が放たれる。


「緊急事態だ! すべての軍を空中迎撃に回せ! 諸侯は直ちに動員、援軍を急げ!」


だが、召集の号令は狼煙(のろし)のごとく遅く、連絡系統は瞬時に麻痺した。貴族の私兵も騎馬隊も、御前試合の余興に配置されたまま散り散りとなり、遂に統制の糸は断たれた。宮廷侍従が詔勅を用意しようと巻物を広げるも、その筆は震えて定まらない。


「王都が…魔王軍に奇襲されたのか!」

タグホイヤー卿は剣を構え、「騎士団、前へ!」「盾を並べよ!」と低い声で命じる。だが、盾の列は破綻(はたん)し、剣剣(けんけん)の一斉突撃も魔族の数に圧倒されて隅々まで届かない。魔術師団が火球や氷結呪文で応戦するが、その魔力は次々と叩き落され、次なる波がただただ押し寄せる。


王宮の回廊では、侍女や執務官が婦人や子どもを抱え、騎士たちに守られて宮廷内部へ退避を試みる。だが宮門の扉は砕かれ、支えきれない重圧に金具が弾け飛んだ。刻一刻と火の手が迫り、煙と焦げた匂いが城壁を蝕む。


大広間へ戻ったティナ・ロッテリア公爵令嬢は、玉座の最前列に立つ宮廷騎士団長タグホイヤー卿の背中を見据えた。彼女の瞳にも焦燥が宿る。侍従が駆け寄り、震える声で報告する。


「ロッテリア殿、国王陛下より緊急の詔勅――『魔族軍を撃退せよ』と、貴殿に出撃命令が下されました!」


だが令嬢は剣帯に軽く手をかけ、冷ややかに皮肉を込めた声音で呟いた。


「ここは、聖女様が何とかなさるべきでしょう? 私よりはるかにお強いのですから」


宰相と侍従は顔を見合わせ、凍りついた笑いも消えた。タグホイヤー卿は剣を鞘に納め、盾を仕舞いかけてから決意を固めるように剣を抜き直した。魔族の影は王都の上空を埋め尽くし、王都防衛どころか、生存そのものが危ぶまれる絶体絶命の局面を迎えていた。


了解しました!

ご指摘どおり、9-1と9-2の流れが重複していたので、正しく整理し直して描きます。



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第9章-2 国王の苦渋の命令とティナの静かな決意


王都プティニエールを覆った黒い影――

突如として空から襲来した魔王軍の奇襲により、王族も貴族も民衆も、皆が混乱に呑まれていた。


火の手はあちこちに上がり、衛兵たちは必死に応戦するも空中からの一方的な攻撃には成す術もない。魔族の放った火炎弾が屋根を焼き、石畳に氷結の呪文が炸裂するたび、王都の誇る美しい街並みが無惨に損なわれていく。


王宮内も例外ではなかった。

玉座の間の外では、既に防衛線が突破されかけているという報が飛び交い、貴族たちは顔を蒼白にしていた。


そんな中、シャルル国王は玉座から立ち上がると、杖を高々と掲げ、震える声を必死に抑えながら宣言した。


「ティナ・ロッテリア公爵令嬢に命ずる! 王都を襲う魔王軍を撃退せよ!」


その命令が響いた瞬間、場内にはどよめきが広がった。

なぜ彼女に? なぜ、王家直属の騎士団や聖女ではないのか?

そんな疑問が、誰の目にも明らかに浮かんでいた。


だが――誰も否定できなかった。

なぜなら、今この場において、確実に魔王軍に対抗できる力を持っているのは、ティナしかいなかったからだ。


宮廷侍従が慌ててティナのもとへ駆け寄り、額に冷や汗を浮かべながら命令を伝える。


「ロッテリア公爵令嬢、国王陛下のご命令です。

直ちに、魔王軍の撃退を――」


ティナは、ゆったりとした所作で腰に手を当て、王座のほうに向き直った。

いつもの、飄々とした微笑を浮かべたまま。


「まあ……それはまた、ずいぶんとご無体なお願いですわね」


皮肉と冷静さを織り交ぜたその声音に、周囲の貴族たちはギクリと肩をすくめる。


ティナは、まるで「自分が出るまでもない」とでも言いたげに、わざとらしく周囲を見回すと、聖女アルテナを指さした。


「ここは、聖女様が何とかなさるのが筋ではありませんこと?」


その声色には明確な挑発があった。

御前試合で、自らの勝利を演出してもらったばかりのアルテナ。

だが、彼女はすぐに顔を強張らせ、かぶりを振る。


「わ、私は……治癒魔法専門でして……戦闘向きでは……」


言い淀むその様子に、誰もが悟った。

──この場を救えるのは、ティナしかいない、と。


ティナは小さく肩をすくめた。

まるで、愚かしい世の中を皮肉るかのように。


「仕方ありませんわね。

聖女様より弱いわたくしが、なんとかいたしましょう」


堂々と、しかし投げやりに、そう宣言すると、

ティナはゆっくりと腰の剣を抜き、静かに歩みを進めた。


王族たちの間に微かな安堵の空気が流れる。

だが、それはどこか、哀れみと後ろめたさを伴ったものだった。


本来なら、国を救うのは聖女か、騎士団長か、王子であるべきだった。

それなのに、国を追放されたはずの令嬢に頼らなければならない。

この事実そのものが、彼らの無力さを暴き立てていた。


王太子ガンフィールドが悔しそうに歯ぎしりする。


「くそっ……!」


しかし、誰もティナを止めることはできなかった。

誰も、彼女に代わって前に出ることはできなかった。


ティナは、ゆっくりと大理石の階段を降り、玉座の間の中央へと進む。

銀の剣が、朝の淡い光を受けて淡く煌めいている。


彼女は、誰にも向けることのない微笑を浮かべ、

ただ淡々と王都の空を見上げた。


(……やれやれ。どうしてこう、期待を裏切ってくれないのかしら)


内心でそんなことを呟きながらも、ティナは剣を高く掲げる。


その姿は、誰よりも高貴で、誰よりも孤高だった。


まるで、すべてを見透かしているかのように。


──そして、ティナ・ロッテリアは、

再び"利用される"側から、"利用する"側へと歩み始めたのであった。


次なる瞬間、王都の空に、閃光が走ることになる。

それは、ティナの手によって放たれる、決定的な一撃だった――。



了解しました!

それでは【第9章-3 空を焼き払うティナの魔法】を、しっかり2000文字以上で執筆していきます!



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第9章-3 空を焼き払う閃光


王都プティニエールの空を覆う黒い軍勢。

魔王軍の飛行部隊は、空から無数の魔獣と魔族兵士たちを降下させ、炎と氷の魔法で街を焼き尽くそうとしていた。


炎上する屋根。砕け散る城門。逃げ惑う人々。

誰もが、もはやこの王都の滅亡を覚悟し始めていた。


──そんな中、ただ一人。

ティナ・ロッテリアだけが、静かに空を見上げていた。


銀色の剣を抜き、淡い光を纏いながら、無数の魔族たちの群れを冷たい目で見据えている。


(本当に……面倒くさいことになりましたわね)


心の中ではため息をつきながらも、ティナは一歩、また一歩と進み出る。

周囲にいた騎士たちや侍従たちは、彼女の放つただならぬ気配に圧倒され、思わず道を開けた。


重たい雲を裂くように、ティナは王宮の中庭へと進み出る。

焦げた石畳の上に立ち、剣を天に向かって高く掲げた。


そして――


「ファイアストーム・キャノン」


ティナが小さく、しかしはっきりと呪文を唱えた瞬間だった。


彼女の周囲に、眩い赤と金の光が溢れ出す。

まるで小さな太陽が爆ぜたかのような輝きが、瞬く間に王都中を照らした。


次の瞬間――


空が、燃えた。


巨大な火柱が一斉に天を貫き、黒い軍勢を焼き払った。

炎は旋風となり、魔族たちを飲み込み、燃え上がる業火の渦へと変貌していく。


空を覆っていた魔王軍は、あっという間に消滅した。

翼を持つ魔獣たちは悲鳴を上げる間もなく蒸発し、魔族兵士たちは一瞬で灰と化した。


空に広がっていた黒雲は、見る見るうちに消え失せ、

そこにはただ、澄み切った蒼空だけが残された。


炎の光が反射する白い城壁。

蒼く澄んだ空。

そして、静かに剣を収めるティナ・ロッテリア。


まるで最初から、彼女一人でこの危機を終わらせることが決まっていたかのように。


中庭に立ち尽くしていた騎士たち、侍従たち、王族たち、

誰もが息を呑み、ただただその光景を見守るしかなかった。


「……すごい……」


誰かが、ぽつりと呟いた。


それを皮切りに、王都中にどよめきが広がる。


「魔王軍が……消えた……!」

「誰だ……? あの令嬢は……」

「ティナ・ロッテリア公爵令嬢だ! あの方が……!」


王宮の最上段、玉座の間から見下ろしていた国王シャルルも、

驚愕のあまり言葉を失っていた。


「ま、まさか……あれほどの力を……」


ティナは剣を腰に戻し、何事もなかったかのように裾を整えると、静かに踵を返した。


そして、王宮の出口へ向かって歩き出す。


群衆が道を開ける。


誰も、彼女を止めることはできなかった。

誰も、彼女に声をかけることすらできなかった。


ティナは、ただ静かに王都を後にする。


その背中は、どこまでも凛として、美しかった。


(……さて。追放された身ゆえ、そろそろ退去いたしましょうか)


心の中でそう呟きながら、ティナは最後にひとつ、王都に背を向けて微笑んだ。


王都プティニエール。

この街を救った英雄は、

誰に称えられることもなく、

ただ静かに、去っていった。


冬の冷たい風が、ティナのドレスを優しく撫でる。


(これで……少しは静かに暮らせますわね)


その小さな祈りだけを胸に、ティナ・ロッテリアは、

燃え残る王都を後にしたのであった――。


第9章-4王都脱出と、密かに動き出す計画



---


魔王軍を一瞬で消滅させたティナ・ロッテリアの姿に、王都プティニエールはただ呆然と立ち尽くしていた。


貴族たちは何も言えず、民衆たちは声を上げることすらできなかった。

王族たちに至っては、玉座の間から一歩も動くことなく、ただ彼女の背中を見送るしかなかった。


静かに、誰にも縋ることなく、ティナは王宮を後にする。


──追放された身。

──不要とされた身。


その事実を、誰よりも理解しているティナは、まるで一切の未練などないかのように、飄々と歩き出していた。


**


外門をくぐったところで、ロイエンタール侯爵家の親衛隊が待ち構えていた。

騎士たちは整然と列を成し、ティナを無言で出迎える。


その中心に、ウォルフガング・ロイエンタール侯爵が立っていた。


彼は、馬上から静かにティナを見下ろし、やがてゆっくりと馬を降りた。

そして、誰にも聞こえぬような低い声で、彼女に言葉をかけた。


「……あんな仕打ちを受けたというのに、わが国をお救いいただき、感謝いたします。

この国の一領主として、改めてお礼を申し上げます」


ティナは、ほんのわずかに微笑み、しかしすぐに涼しげな顔で答えた。


「お礼には及びませんわ。

国王のために戦ったわけではありませんもの」


その澄んだ声には、嘘偽りが一切なかった。


「……では、何のために?」


ウォルフガングが問う。


ティナはためらいもせずに、まっすぐ答えた。


「民のためですわ」


その言葉に、ウォルフガングは深く息を飲み、瞳を伏せた。

彼女のその気高さに、言葉を失ったのだ。


ティナは続けた。


「貴族の娘として生まれた以上、民のために働くことは当然だと思っていますの。

それが果たせないのなら、貴族など存在する意味がありませんもの」


まるで当たり前のことを言うように、ティナは平然としていた。


だが――


その当たり前すら、忘れている貴族がこの国にはいかに多いか。


ウォルフガングは苦い表情で、静かに言った。


「……その通りです。

ですが、今のこの国では、その当然を忘れている者ばかりです。

やはり、あなたは素晴らしい方だ」


ティナは、くすっと笑った。


「お褒めにあずかり光栄ですわ。

ですが、わたくし自身、それほど清らかな存在ではありませんのよ」


「……それでも、あなたは正しい」


ウォルフガングは、揺るがぬ声で言い切った。

彼は、本気でティナを尊敬していた。


しばしの沈黙の後、ティナはふと、探るような目でウォルフガングを見上げた。


「ウォルフガング様も、現在の国王陛下の統治に……不満をお持ちなのではなくて?」


その言葉に、ウォルフガングの肩がわずかに震えた。


だが彼はすぐに、きっぱりと答えた。


「……いえ、そのようなことを口にするわけにはまいりません。

この国の貴族である以上、それは……」


「そうですわね」


ティナは優雅に頷くと、それ以上追及することはしなかった。


表向きは。

あくまでも、表向きは。


だが彼女の内心では、すでに計画の歯車が音を立てて回り始めていた。


(民のため……そして、わたくし自身のため。

いずれこの国は、わたくしの意のままにして差し上げますわ)


民のために働く貴族――

それこそが理想。


だが現実には、民を虐げ、己の利益しか考えない輩ばかりだった。


この国は、もはや変わらなければならない。


──ならば、自分が変えてやるしかない。


ティナ・ロッテリアの心中には、静かで確固たる覚悟が芽生えつつあった。


ウォルフガング・ロイエンタール。

彼はそのための「協力者」となるだろう。

いや、必ずなる。


いずれ来るべき時、彼を動かすのもまた、ティナの意志だった。


**


やがてティナは、馬車に乗り込み、ロイエンタール領への帰途についた。

冬空の下、彼女の乗った馬車は、静かに王都を離れていく。


王都プティニエール。

燃えた空、崩れた塔、そして何も知らぬまま民衆たちが再び日常へと戻ろうとするこの国を、ティナはちらりとだけ振り返った。


(……ふふ、せいぜい今のうちに笑っていなさい)


誰にも聞こえない小さな呟きを残して、

ティナ・ロッテリアは、未来への第一歩を踏み出したのであった。


──彼女の静かな反撃が、今、幕を開けたのだった。



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