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第11話

部下さんたちの関心もなくなったので、改めて明日の相談をする。


「明日は俺が車でひなを迎えに行くから」


「えっ、いいんですか」


ここまでわざわざ出てこないでいいのは助かるが、いいんだろうか。


「いい。

ここまで出てくるの、大変だろ」


「ありがとうございます!」


素直にお礼を言い、住んでいるマンションの住所を猪狩さんに教える。

お返しじゃないが彼も教えてくれた。


「寮じゃないんですね?」


なんとなく、独身の警察官って寮に住んでいるイメージがあるが、教えてもらった住所は普通のマンションっぽかった。


「結婚しないで長く居座ると、早く出ていけ!って言われるんだ」


おかしそうに笑う彼の隣のテーブルで部下さんたちが頷いている。


「そうなんだ」


「もう三十も後半に入って独身だと、なにかと肩身が狭いんだよ……」


はぁーっと憂鬱そうに彼がため息を落とし、思わず笑っていた。


私たちのほうは食事も話も終わったし、あまり遅くなると猪狩さんが私の帰りを心配するので部下さんたちよりも先に席を立つ。


「ん。

あまり飲み過ぎるなよ」


去り際、隣のテーブルに猪狩さんが一万円札を滑らせる。


「あざーすっ!」


それを見てふたりは顔を見あわせて次の瞬間、勢いよく頭を下げた。


「じゃ、お先ー」


私も軽く彼らに頭を下げ、猪狩さんと一緒に店を出る。


「猪狩さんがあんなに恐れられているなんて意外でした」


「まあ、仕事は仕方ないよ」


猪狩さんは苦笑いし、私を送って駅に向かって歩き出した。

彼が鬼と呼ばれるほど厳しくしないと危険のある職場だというのはなんとなく理解した。

それに、鬼隊長と言いながらも部下たちが彼を慕っているのも。


「気をつけて帰れよ。

帰り着いたらメッセ」


「はい」


心配性な彼に心の中で苦笑いした。

猪狩さんは絶対、私に帰り着いたらメッセージを送らせる。

無事に帰り着いたか心配なんだって。

一回、忘れていたら凄い血相で電話がかかってきた。

それからは必ず、忘れずにするようにしている。


「おやすみ、ひな」


きょろきょろと誰も見ていないか周囲を確認し、猪狩さんは素早く私の額に口づけを落とした。

毎回、そう。

妹だから額だと言っていたが、本当に恋人になると唇になるんだろうか。

ちょっと気になるところだ。


猪狩さんに見送られ、改札をくぐる。

今日も電車でガラスに映る私は嬉しそうな顔をしていた。

猪狩さんと会うのは楽しい。

子供の頃に戻った気楽さがあるしなにより、今までの男性とは違い彼は私を自分の思いどおりにしようとしないし、それどころか私の反応を面白がってくれた。


「肩身が狭い、か」


ずっとこのぬるま湯に浸っていたいけれど、そういうわけにもいかないのもわかっていた。




次の日は少しだけ、早起きをした。


「おかしくない、よね?」


ベージュのキレイめデザインのワンピースにしたけれど、変じゃないよね?

というか猪狩さんと出かけるだけなのに、なんでこんなに緊張しているんだろう?

ああ、あれか。

猪狩さんがデートとか言うから。


「うーっ」


部屋の中をうろうろしながらときどき鏡の前に立ち、前髪一本一本の流れや、マスカラがダマになっていないかとかチェックする。

そのうち、携帯が着信を告げた。


「はいはーい!」


聞こえないのに返事をし、携帯を手に取る。

相手は思ったとおり、猪狩さんだ。


「はい」


『おはよう。

下、着いたけど、出てこられるか』


「はい、大丈夫です」


『じゃあ、待ってる』


電話を切り、大急ぎでバッグを掴んで部屋を出る。

慌てる必要はないのはわかっていたが、それでも少しでも猪狩さんを待たせたくなかった。


マンションの玄関を出たところで黒色のミドルタイプSUVに寄りかかっている猪狩さんが見えた。

私に気づき、身体を起こす。


「おはよう、ひな」


眼鏡の下で目を細め、彼が柔らかく笑う。


「おはようございます」


今日の猪狩さんはいつもの白シャツではなく、カットソーにニットジャケットになっていた。

やっぱりデートだからキレイめにしてきたんだろうか。

私もいつもよりいい服にしたもんね。


「今日は一段と可愛いな」


うっとりとした目で彼は私を見ていて、そのせいで熱がじわじわと顔を赤く染めていく。


「えっ、揶揄わないでくださいよ!」


褒められて嬉しいような、恥ずかしいような気持ちに耐えられなくて、猪狩さんの背中をバンバン叩いていた。


「別に揶揄ってないけどな」


私に叩かれながらも猪狩さんは、おかしそうに笑っていた。

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