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第8話 夏休みは学生だけ



8-1:夏休みと“休めない人たち”




 7月下旬。

 久遠女子高等学校では、終業式が無事に終わり、生徒たちは待ちに待った夏休みを迎えていた。




 「あーっ、やっと自由だー!」

 「補習もないし、海行くし、祭り行くし、寝まくる!」

 「夏って感じ~!」




 教室に残った数名の女子たちは、笑い声を弾ませながら制服を脱ぎ捨てるような勢いでカバンを手にする。

 青春のきらめきと解放感が、校舎中に充満していた。




 だが、その片隅――。




 「……夏休み。甘美な響きね」

 冷静な顔でそう呟くのは、服部倉子(24)。




 「……でも私らに関係ないスね、それ」

 となりで机に突っ伏しているのは、真田真子(24)。




 制服姿だが、中身はどちらも民間警備会社“セキュリティ・アテナ”所属の現役SP。

 護衛対象であるお嬢様・氷室澪の護衛任務のため、なぜか女子高生として学園に潜入中である。




 夏休みに入ったことで、護衛任務も一時休止――




 などと甘い展開があるはずもなかった。




 ピロン、と鳴るスマホの通知。




 【件名:新任務のお知らせ】

 【内容:ブリテン王国 第三王子 エドワード殿下の来日警護】

 【期間:即日~1週間程度(予定)】

 【場所:京都・関西圏】

 【服装:現地にて指定(同行資料参照)】




 「……あー、来た。地獄の通知、来たっス……」




 「“期間:予定”が嫌なフレーズね……予備日って絶対、伸びるフラグじゃない……?」




 真子はスマホの画面をタップして、添付された同行資料を開く。




 「えーっと、服装指定って……これ、なにこれ……」




 そこに添付されていたのは、クラシック英国調のメイド服の画像。

 白のフリルエプロンに、黒いロングスカート、ヘッドドレス付き。




 「……は?」




 「…………なんで“警護任務”にこれが出てくるの?」




 添えられた備考欄にはこう書かれていた。




 「殿下のご希望により、“観光中は日本のメイドスタイルにて警護”をお願いしたく存じます」




 ふたりは沈黙し、目を合わせた。




 「…………先輩。夏休み、どう思います?」




 「幻想だったわね。幻覚。ファンタジー。」




* * *




 その日の夜、ふたりは本社でブリーフィングを受けていた。




 「安心してください。エドワード殿下は、前評判通りの常識人で礼儀正しいお方です」




 担当マネージャーはそう断言した。




 「今回の任務はあくまで“外遊中の文化交流を円滑に行うための支援”です。政治的な圧力も、トラブルもございません」




 「……メイド服を着てる時点でトラブルでは……?」




 「いえいえ、彼は紳士ですから。ただ、**“日本ではメイド文化が一般的と認識されている”**と大変興味をお持ちでして」




 「誰だそんな嘘を教えたのはッス……!?」




 「しかもそのきっかけが――**“例のSNS騒動で拡散されたメイドSP写真”**とのことで……」




 倉子と真子、同時に顔を覆った。




 「あの呪い、まだ生きてたんだ……」




 「トラブル大統領……まじで呪う……」




* * *




 翌朝。


 ふたりは支給されたメイド服をスーツケースに詰め、再び出張任務へ。




 移動先は京都。

 王族御用達の旅館が手配され、警護も非武装で目立たぬ形が求められていた。




 真子が電車のなかでぼそっと呟く。




 「先輩、メイド服で歩く京都って……現地の修学旅行生とかの視線、絶対ヤバいっスよ」




 「私たち、もう人間としての恥の耐性、どこまで鍛えるのかしらね……」




 真子はスマホの画面をスワイプする。




 【トラブル大統領の過去ツイート】

 「Japan has Maid-Bodyguards! They protect with Kawaii and Honor!」




 その投稿には、倉子と真子が秋葉原のメイド喫茶でメイド服を着て任務していた写真が――。

 世界中に拡散され、もはや国際的なミームと化していた。




 「……この案件が元で王子がメイド好きになったとか、なんのギャグっスか……」




 「このままじゃ……世界中の王族が私たちにメイドを求める未来が来るかもしれない……」




 8-2:京都観光、地獄のメイドツアー




 京都。

 日本屈指の歴史と文化の町。




 青い空、白い雲、灼けるような日差し。

 その中で――。




 完璧な英国式クラシックメイド服に身を包んだ女子高生(24)×2が、汗を浮かべながら仁王立ちしていた。




 「……先輩、これ、拷問っスよね……」




 「ええ。もはや文化交流じゃないわ、羞恥心との戦争よ。」




 服部倉子と真田真子。

 制服を脱ぎ捨て、今や彼女たちはメイド服姿で王族警護の真っ最中だった。




 護衛対象は、ブリテン王国第三王子――エドワード殿下(20歳)。




 彼は白のシャツにシンプルなジャケット、チノパンというラフなスタイル。

 顔立ちは端正で、立ち居振る舞いも文句なしに上品。




 ――だが、唯一にして最大の問題点が。




 「今日は、まず嵐山を散策し、次に清水寺を目指しましょう! もちろん、おふたりは常に私の隣で、メイドとして同行してくださいね!」




 その無邪気すぎる笑顔に、ふたりは地面に崩れ落ちそうになった。




 「……王子、絶対、自分がどれだけ私たちを地獄に突き落としてるかわかってないッスよね……」




 「ええ……むしろ悪意ゼロなのが余計にタチ悪いわ……」




* * *




 そして。




 メイド服のまま、京都観光地巡りが始まった。




 まずは嵐山。

 竹林の小径を、ゆっくり歩く王子と、その横に寄り添うメイドSPふたり。




 周囲の観光客たちは、最初こそ「あ、コスプレかな?」と微笑ましい視線を向けていたが、

 護衛としてのふたりの鋭い警戒動作に気づいた瞬間――。




 「……えっ、あのメイドたち、本物じゃね?」


 「いや、待て。護衛って……え、ガチSP!?」


 「ヤバいヤバい、映画の撮影じゃないの!?」




 ひそひそ声が、竹林に響き渡った。




 「先輩、空気がどんどんヤバくなってきてるっス……」




 「前回の“スク水+エプロン”に比べればマシよ。布面積があるだけマシよ……!」




 自分を必死で鼓舞しながら、倉子は王子の横にぴたりと付き従う。




 だが。




 灼熱の太陽と、湿気と、そして周囲からの好奇と畏怖の視線。




 羞恥は、着実にふたりのHPを削り続けていた。




* * *




 次は、祇園。




 古都の町並みを背景に、石畳の道を進む。

 その道中でも、外国人観光客に話しかけられること数十回。




 「Can I take a picture with you?!」

 (写真撮っていい?)




 「Sorry, working.」

 (すみません、勤務中です)




 と英語で即答しながら、営業スマイル+無表情でプロ対応するふたり。




 (……どこが休暇よ……どこがバカンスよ……)




 (社畜魂まで鍛えられてる気がするッス……)




 泣きそうな顔で、必死に耐える真子。




 そんなとき。




 「すみませーん、アニメのコスプレですか?」




 地元の中学生男子に声をかけられるという追い討ちが。




 「違うッス……リアルSPッス……」




 「えっ!? すげえ! 本物だ!」




 「お願いだから広めないで!!」




* * *




 清水寺では、さらにカオスが加速した。




 舞台から見下ろす景色――ではなく、観光客たちの注目は完全にふたりのメイドSPに集中していた。




 中にはスマホを向ける人も現れ、倉子は反射的に王子を庇うポジションを取る。




 「任務は任務……恥ずかしさに負けたらダメよ……!」




 「SPって、忍耐も試されるんスね……」




 倉子は涼しい顔を保ったまま心の中で叫んでいた。




 (制服着てSPしてた頃に戻りたい……!!!)




* * *




 そして――。




 夕方、旅館に帰るころには、ふたりの体力も精神力もほぼゼロに近かった。




 倉子はメイドキャップを外しながら、力なく呟く。




 「一日中、メイド服で京都歩いた記憶しかない……」




 真子も壁に頭を打ち付けながら言う。




 「SPって……ここまで精神削られる職業だったんスね……」




 王子はそんな彼女たちに、満面の笑みを向けた。




 「今日は本当に楽しかったです! 明日は、銀閣寺と、そして町屋カフェ巡りをしましょう!

 もちろん、おふたりも一緒に――メイド姿で!」




 ――その瞬間、ふたりは確信した。




 この王子、間違いなく“悪気のない拷問官”である。




* * *




 夜。


 ふたりのスマホには、社長からの短いメールが届いていた。




 【評判上々。引き続き、任務継続を期待しています。】




 「……あたしら、何を期待されてるんスか……?」




 「羞恥に耐える才能……?」




 畳の上で転がりながら、ふたりは静かに誓った。




 次の休暇は、絶対、洞窟にでも籠もってやる。




 ――京都の空は、今日も容赦なく、青かった。



8-4:本場SPメイド vs 日本SPメイド




 京都滞在、二日目の夜。

 王族御用達の老舗旅館の一室には、静かで、だが妙な緊張感が満ちていた。




 長い回廊。畳の軋む音。

 そして、障子の向こうから聞こえる紅茶の香りと、**カツ……カツ……**というヒールの足音。




 倉子と真子は、正座していた。背筋はぴんと伸びている。




 向かいの座卓に並んで座っているのは、

 エドワード王子に随行して日本入りした、本場英国SPチーム“ロイヤル・メイド・ガード”の女性たち。




 全員、完璧な黒のクラシックメイド服。

 凛とした姿勢。控えめな微笑み。絶対に破綻しない立ち居振る舞い。

 動作一つで“仕えてきた年月”の重みが伝わってくる。




 「……これが、“本場のメイドSP”ってやつッスか……」




 思わず真子が小声で呟く。




 「戦う前に心が折れるとはこういうことね……」

 倉子も苦笑まじりに答える。




 相手は計4名。全員がエリートSPでありながら、紅茶の淹れ方、礼儀作法、会話マナーまで完璧。




 なにより、見下し方が礼儀正しい。




 「……わたくしたちは、殿下に“真の格式”をお届けする者たちです。

 あまりに雑な演出がまかり通っては、英国の誇りが泣きますわ」




 金髪で長身のメイド・キャサリンが、冷たい紅茶をすする。




 「……あれって、完全に私たちの昨日の格好のこと言ってるッスよね……?」

 真子の目が泳ぐ。




 「“演出”じゃなくて“任務”だったのにね……」

 倉子は苦々しい声でつぶやく。




 別のメイド、黒髪ロングのマーガレットが続けた。




 「おふたりのお噂は、こちらにも届いておりますの。

 “日本にてメイド姿で任務にあたった”という……トラブル大統領のSNSが発端の例の件、ですが」




 「……あれ、こっちが被害者なんスけど……」




 「呪いますわよ……まったく」




 彼女たちの視線は冷たい。だが、嫌味を言うわけではない。

 ただ、“プロとして恥ずかしいと思わないのかしら”という空気を、圧で送ってくる。




 「……先輩、私たち、ナメられてません?」




 「ええ。羞恥芸人として認識されてるわね、完全に。」




* * *




 ――が。


 そこで黙って引き下がるほど、倉子と真子もやわではなかった。




 「では、紅茶でもご一緒にいかがですか?」




 ふいに倉子が立ち上がると、自らポットとティーカップを用意し始めた。




 「あら、ご自分で?」




 キャサリンが涼しい笑みを浮かべた。




 「もちろん。おもてなしは“心”ですから」

 倉子は手慣れた手つきで茶葉を計量し、ティーポットに注ぐ。




 紅茶は英国式ではなく、日本の煎茶のように静かで丁寧な所作。




 香りを立たせ、湯の温度を下げ、時間を測り、蒸らす。

 やがて、ほんのり金色に輝くアールグレイがカップに注がれた。




 「どうぞ。日本流、いわば“和式英国茶”です」




 キャサリンがひと口飲み、ピクリと眉を上げた。




 「……香りが、澄んでいるわ……」




 さらに、真子がすっと手を伸ばし、何かを差し出した。




 「……今日の観光中に買った、八つ橋です。うちの殿下に出すなら、紅茶よりこっちと合いますよ」




 「ふふ……庶民的な菓子ですのね」




 「味で勝負ッス」

 真子は珍しくキリッとした顔で言い放った。




 キャサリンたちは一瞬視線を交わし、無言で八つ橋を口に含んだ。




 しばらくして、最年長と思しき銀髪のメイド・ロザリーがポツリと言った。




 「……意外と……悪くない……ですわね」




 「……なんか、さっきまでより会話が柔らかくなったような気が……」




 「ええ。でも、たぶん勝手に“侮れない庶民枠”扱いされたんだと思うわ」




* * *




 その夜、旅館の庭で――。




 殿下主催の夜のお茶会にて、

 王子の隣に立つ本場SPメイド4名と、対面に立つ日本SPメイド(仮)ふたり。




 王子はうれしそうに語っていた。




 「メイドは文化を超えて通じ合う存在だと、私は信じています。

 日本と英国、違いはあれど、おふたりの心はとても温かい」




 それを聞いた英国メイドたちは、微妙に引きつった笑みで頷いた。




 (……恥ずかしげもなく、あの姿で笑ってたのが“温かい心”と受け止められた……)




 (この王子、**ほんとに悪意ゼロなのが厄介ッス……)




 そして、王子の一言がとどめを刺す。




 「明日も一緒に街を歩きましょう。できれば、和洋折衷の新しいメイド服とか着てみたいですね!」




 「また衣装増えるのかあああああああ!!!」




 ふたりは、静かに叫び声を飲み込んだ。




 羞恥地獄、日本代表としてのプライド。

 そして、本場SPメイドの圧。




 戦いは、まだまだ終わらない――。



---


8-4:京都アニメスタジオ、地獄の聖地巡礼




 午後三時。

 王子主催の“文化視察スケジュール”は、一日中ギチギチに詰め込まれていた。




 その日の予定は、昼過ぎまで祇園・清水寺の観光だったはずだ。

 だが、倉子は旅館に戻るバスの中で、何気なく配布資料を開いて絶句する。




 「……あの、これ……私の見間違いじゃなければ……」




 スマホ画面を真子に見せる。




 【15:30~17:00 京都アニメスタジオ見学(伏見)】




 「え? 京都アニメ……見学?」




 真子の表情が固まる。




 「……そんな予定、昨日までなかったスよね?」




 倉子はそっと同行スタッフに尋ねた。




 「失礼ですが、この“アニメスタジオ見学”というのは……?」




 すかさず返ってきたのは、完璧に訓練された口調。




 「はい、殿下のご希望により、今朝急遽追加されました。

 伏見にある老舗アニメ制作スタジオとのことで、現地とはすでに調整済みです」




 言ってることは完璧。

 だが――その本場英国メイドSPの表情は、0.5秒だけ歪んだ。




 「……真子、今、笑顔で死んだ人の顔したわよね、今の人」




 「先輩、これ、嫌な予感しかしないっス……」




 「フラグを立てないで。せめて、静かに見学して帰れることを祈りましょう……」




* * *




 そして、伏見のとあるアニメスタジオに到着。




 入口では、アポ済みの案内スタッフが頭を下げて出迎え、

 王子とSP一行は、礼儀正しく社内へと通された。




 案内された先は、作画ルームのガラス越しの見学通路。




 王子は熱心に説明を聞き、絵コンテや原画に目を輝かせていた。

 本場SPたちも、礼儀正しく静かに警戒に徹している。




 そして――最初の事件は、唐突だった。




 ひとりの若い男性アニメーターが、作画台から立ち上がり、ガラス越しにこちらを指差した。




 「――あのっ、すみません!! そちらの方々……もしかして、例のメイドSPのお二人……ですよね!?」




 倉子と真子、即座に目をそらす。




 「……ちがいます、似てるだけッス……通りすがりの別人ッス……」




 だが、言葉は虚しく。




 スタジオ内のスタッフたちがざわざわと集まり始めた。




 「ホントだ、SNSでバズってた写真の……! リアルだよ! 本物だよ!」

 「しかも隣の方々、英国メイドSPじゃない!?」

 「えっ、今のカット止めて撮影していい!?」

 「うちのキャラデザ班、泣いて喜ぶってば!!」




 ガラスドアが開けられ、ディレクターらしき人物が深々と頭を下げてきた。




 「撮影の許可をいただけないでしょうか!? 資料として……いえ、魂の糧として!」




 そして次の瞬間。




 スタジオ内のアニメーター十数人が、カメラとスケッチブックを持って殺到した。




 「ちょ、ま――ッ!? ここって“文化視察”じゃ……!!」




 「先輩、目がマジっス! この人たち、取材じゃなくて描く気マンマンっス!!」




* * *




 撮影会は、その後15分以上続いた。




 倉子と真子、整列してポーズ。

 横に英国SPメイド隊が並び、そちらも笑顔で応じる。




 「おい、マジで描きたい。キャラデザに組み込もう」

 「オリジナルアニメのメイドSPチームとかアリじゃない?」

 「てか“和洋混成メイド部隊”って設定、バズるぞ」




 「ちょ、勝手に原案にしようとしないでください……!」




 倉子、歯を食いしばる。




 「私たち、SPであって素材じゃないのよ!?」




 横でニコニコ微笑みながらも、英国SPキャサリンがぽつりと囁く。




 「……貴方がた、本当に恨みますわ……」




 マーガレットも、カメラを向けられながら微笑んで言う。




 「この屈辱、任務が終わったら一度精算しますわね……」




 「いや、こっちだって恨みたいくらいなんスけどッス……!」




* * *




 帰りのバスの中。


 倉子は完全に魂を抜かれて、窓の外を眺めていた。




 「……アニメスタジオにまで晒されるとか、予想外すぎる羞恥展開だったわ……」




 「一部スタッフ、スケッチしながら鼻血出してたスよ!? 本職の気迫、ヤバすぎるっス……」




 王子は満足げにスマホを眺めていた。




 「素晴らしかったですね……メイド文化とアニメの融合。あれはもはや、国際平和への第一歩です!」




 「なんでそんな“悟った目”してるんスか、王子……!」




 真子はブランケットをかぶって、そっと呟いた。




 「……ねえ先輩。私たち……アニメにされないかな……」




 「されるわよ。きっと、数年後に“現場リアル再現SPメイドアニメ”とか放送されるわよ……」




 「恥ずか死ぬ 3.0っスね……」




 京都の夕焼け空は、今日も容赦なかった。


8-5:メイドは世界を救わない




 旅館の広間は、清々しい朝の空気に包まれていた。

 畳の上には、海外の王族とは思えないほどカジュアルな格好のエドワード王子が座していた。




 その対面には、和洋折衷の――和風メイド服を着た倉子と真子の姿。




 「……先輩、この服、どうしてこうなったんスか」




 「着物の上にエプロンって、もう**“京都メイドカフェの罠”**でしょ……」




 昨夜の王子の「明日は和洋折衷メイドがいいですね!」という一言で、

 旅館の女将と英国SPメイド隊のコーディネートで爆誕した新装備である。




 赤い和柄のスカートに、白いエプロン。

 髪にはリボン代わりに組紐。

 ――そして倉子の表情は無だった。




 「先輩、それ、顔が“魂抜けたSP”になってますよ……」




 「……羞恥心が物理的に剥がれたのよ……もう一段、奥の地獄を見た感じ……」




* * *




 さて、地獄はまだ終わらない。




 その日の午後、王子は旅館の一室を使って**“国際メイド茶会”**なるものを催すと言い出した。




 「日本の皆様と、英国の伝統が交差する場を設けることは、非常に意義深いと思うのです」




 満面の笑み。言ってることは立派。




 だがその実態は――

 **“SPメイドたちが正装して、王子とその周囲を囲む羞恥パーティー”**だった。




 その場には、英国SPメイド隊4名。

 日本代表として、倉子と真子。

 そしてなぜか――




 「おふたりの勇姿、ぜひこの目で見たくて参りました」

 護衛対象であるはずの氷室澪(なぜか休暇中)まで来場していた。




 「……澪さん、なんでこのタイミングで……」




 「社長から“現地の空気を見ておくように”って言われたので」

 にっこり笑う。




 (あの社長、どこまで羞恥をエンタメに昇華させる気よ……!?)




* * *




 茶会は、形式上は礼儀正しく進んでいた。


 紅茶が注がれ、英国製のスコーンと、日本製の干菓子が交互に出される。




 キャサリンたちは優雅に動き、マーガレットがピアノに合わせてハープを奏でる。

 一方、真子は急遽担当させられた“抹茶を点てる係”として、

 ガチで裏千家の型に近い手順で立ち回っていた。




 「真子、なんでそんな動き慣れてるの……」




 「昔、茶道サークルに潜入して任務したときの名残ッス……」




 倉子は、そっと和菓子を配置しながら、

 目の前で写真を撮りまくる英国王室スタッフにプレッシャーをかけていた。




 (頼むから、この写真、SNSに流さないで……!)




 だが。




 ――その願いは、あまりにも儚かった。




* * *




 茶会の終盤、王子が立ち上がる。




 「今回、日本の皆様には、心のこもったおもてなしと護衛に、心から感謝いたします。

 とりわけ、セキュリティ・アテナのふたり――君たちの忠義は、**真の“メイド魂”**に溢れていた」




 「“忠義”って言葉でSPを評するの、初めて聞いたッス……」

 真子が小声で泣きそうになる。




 「そこで私から、ひとつ……」




 王子が、スマートフォンを取り出す。




 「今日のこの素晴らしい茶会を、ぜひ世界の皆様にもご覧いただきたく……SNSに投稿いたします!」




 「「やめなさいいいいいいいい!!」」

 倉子と真子、反射的に絶叫。




 しかし――時すでに遅く。




 【投稿完了:"With the strongest maid-bodyguards in Kyoto. Tea, honor, and friendship!"】

 (京都にて、最強のメイドボディガードと共に。茶と名誉と友情を!)




 添えられた画像は――

 笑顔の王子の後ろで、メイド服のまま硬直した倉子と真子の姿だった。




 そして、わずか数分で通知音が鳴り止まなくなる。




 「……先輩、また世界にバラまかれました……」




 「これでアメリカ、英国に続いて、たぶん次はドイツ王室から依頼来るわね……」




 澪が小さく囁いた。




 「……おふたり、国際的にメイドSPとして確立しつつありますよ」




 「やめて! そんな称号、名乗りたくない!!」




* * *




 旅館の部屋。

 夜、スーツケースに和メイド服を詰めながら、真子がぽつりと呟いた。




 「……SPって、なんなんスかね」




 「命を守るために、メイド服を着るのよ……その道の果てに何があるのかは、誰にもわからないけど」




 「少なくとも、“世界的羞恥の象徴”にはなりたくなかったッス……」




 だが、スマホの画面には、既に数十万の「いいね」がついていた。




 “日本のメイドボディガード、誇りの象徴”




 ――その肩書きが、誰かにとっての憧れであるならば。




 彼女たちは、世界最前線の恥に立ち続けるしかない。




 「……次の任務、“宇宙空間”とかないかな……服着なくていいなら、まだマシかも」




 「そのうち、“水着宇宙服”とか言われそうで怖いわ……」




 こうして、第8章は幕を閉じる。




 ――そしてトラブル大統領のリツイートにより、さらなる悲劇が、静かに始まっていた。




 「次は、トラブル大統領再来日! メイドSPを見たい!」




 「恥ずか死ぬうううううううう!!」



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