【本気のバカンス】
「青い空!」
「青い海っす!」
「白い砂浜!」
「そして――」
「そして――」
「「スクール水着じゃない!!」」
歓喜の叫びと共に、倉子と真子はビーチへ向かって全力疾走した。
照りつける太陽。眩しい波の輝き。どこまでも広がる空の下――
夏休みに突入した二人は、念願の南国リゾートへとやって来たのだった。
制服も、任務も、トラブル大統領も、何もかも脱ぎ捨てて。
今、彼女たちは完全な“オフ”を満喫していた。
「……こんなの、いつ以来だろう?」
波打ち際で転がりながら倉子がぽつりと呟く。
「リアル女子高生だった時以来っすよ……」
「……私もだわ。就職してからは、休みは全部寝溜めに消えてた」
「私は撮りためたアニメか、ネトゲのレイド周回っすね」
「お互い、だいぶ不健康だったのね……」
「そんなの考えるのやめましょう! 今は、楽しまないと損っす!」
そう言って真子が、ぱしゃっと海水を倉子にかける。
「やったなー!」
倉子も応戦。水飛沫がキラキラと宙に舞い、二人の笑い声がビーチに響く。
ビーチバレーにスイカ割り、アイスの食べ比べに、浮き輪での漂流ごっこ。
夕暮れまで、全力で遊び倒した二人は、浜辺に座って夕陽を眺めながらごろりと寝転んだ。
「……なんか、こういうの……夢みたいね」
「いや、夢じゃないっす。スク水じゃないっすし」
「たしかに」
笑いながら、波の音に身を委ねる。
何も追われない、何も守らなくていい、ほんのひとときの休暇。
だが、この静けさが長く続かないことを、二人はまだ知らない。
【リゾートホテル】
宿泊先は、南国リゾートの海辺に立つ高級ホテル。 二人は奮発してスイートルームを予約していた。
「……豪華だな」
「本当っす。トラブル大統領の部屋、思い出すっす」
「その名前を出すな」
「先輩、トラウマになってるっすね?」
「当然だ。感謝の表彰より、振り回された記憶しか残ってない……」
「今は忘れましょう」
「そうだな。何もかも忘れよう」
ふたりは部屋の中を“探検”しながら、日常と任務の残り香を洗い流す。
「先輩! ジャグジーの露天風呂があるっす! しかも、夕焼けの海が見えるっすよ!」
「おぉ~~! これ、日本酒片手に入るべきやつじゃない?」
「それは後でっす! まずは、ディナーっす!」
「そうだな、腹が減っては戦……いや、遊びもできぬ!」
二人はドレスに着替え、ホテル最上階のレストランへと向かう。
「こういう場に来るときって、いつもスーツだったな……」
「私も。仕事で来ることしかなかった……」
「……なんか切ないっすね」
「せっかく仕事を忘れようとしてるのに、つい引きずってしまうな」
「普段の仕事が激務すぎるのが悪いっす」
エレベーターを降り、豪華なレストランの扉をくぐる。 店員が優雅にエスコートし、椅子を引いてくれた。
「れ、レディ扱い……生まれて初めてっす」
「私も……正直、感激してしまうな……」
コース料理が次々に運ばれ、華やかな空間の中で時間がゆっくりと流れる。 この上なく贅沢で、夢のようなひとときだった。
だが――
そんな二人の前に、一人の男が歩み寄ってきた。
「すみません、お楽しみ中のところ恐縮ですが……これにサインをいただけないでしょうか?」
「「……はい?」」
男が差し出したのは、某ニュース雑誌。 表紙には、制服姿でトラブル大統領と並ぶ倉子と真子の写真がデカデカと載っていた。
「有名なメイドSPさんですよね? ずっとファンで……」
楽園から現実へ、急降下。
「……申し訳ありません。私たちはプライベート中ですし、芸能人ではないので……サインはできません」
静かに、けれどハッキリと断る。
男は少し残念そうに頭を下げ、席へと戻っていった。
「……先輩、現実はいつでも追いかけてくるっすね……」
「せめて、デザートまでは夢を見させてくれ……」
スプーンにすくったティラミスを見つめながら、ふたりは小さくため息をついた。
【星空ジャグジー】
夜。リゾートホテルの露天ジャグジー。 湯けむりの立ち昇る湯船に身を沈めながら、倉子と真子はそれぞれ日本酒のグラスを片手に、頭上の満天の星を見上げていた。
「……生きててよかった」
「ほんとっす……こんな日が来るなんて、夢にも思わなかったっす」
「真面目に仕事してれば……ご褒美もあるもんなんだな」
「恥辱に耐え、制服でラーメン食わされ続けた甲斐があったっす」
「……生きてりゃ、いいこともあるんだね」
ぽつりぽつりと、しみじみとした声が湯面に溶けていく。
「……星、綺麗だな……」
「東京じゃこんなに見れないっすよね」
「東京じゃ……そもそも空を見上げる余裕なんてなかった」
ぽかんと空を仰ぎながら、二人の顔に浮かぶのは、心からの安堵と穏やかな微笑。
肩を並べて湯に浸かりながら、二人はただ黙って星空を眺めていた。
どんな任務よりも、この時間こそが自分たちにとって“必要だったもの”なのだと、胸の奥に静かに刻み込まれていく。
「……先輩、明日も、何も起こらないといいですね」
「うん。お願いだから、せめて明日ぐらいは……ね」
夜風がそっと頬を撫で、湯気と共に流れるように空へと昇っていく。
南国の静かな夜。 制服SPのふたりが“ただの女の子”に戻れる、かけがえのないひとときだった。
第24章-3「星空ジャグジー」を反映しました。
過酷な日常を乗り越えた二人が、満天の星空と湯けむりの中でようやく心から安らぐ、静かで美しい一夜を描いています。
続けて第24章-4(帰路の途中での出来事など)へ進めますか?それともバカンスのままさらに続けますか?
【夢の続き】
南国リゾートでの極上のバカンスを終え、倉子と真子は東京へと向かう列車に乗っていた。
だが、それは“終わり”ではない。彼女たちの休暇――いや、“夢の時間”はまだ終わらない。
「このまま東京で数日過ごしたら、次は温泉っすよね」
「うん。夏の温泉も悪くない……静かで、のんびりできる場所にしたいな」
列車の中、指定席の窓際。 二人は缶ビールとおつまみを広げ、すっかり“リラックスモード”。
「女子高生の修学旅行じゃ、こうやって酒なんて飲めないからね。これが“本当の列車旅”ってもんよ」
「これが“大人の自由っす”ね。サイコーっす」
笑いながら缶を軽くぶつける。
「東京では何か予定あるの?」
「私は、同人誌即売会に行くっす。冬のリストが伸びてて……夏で一気に補完する予定っす」
「相変わらずの“積み”癖だな」
「“薄い本”を積んで“厚く”する。それが即売会っす」
楽しそうに高笑いする真子に、倉子もつられて笑う。
「私も東京で少し買い物して、映画でも観ようかな」
そんな穏やかな時間が、なにより贅沢だった。
そして、東京駅。
「じゃあ、また温泉地でね」
「うっす、8月の温泉、楽しみにしてるっす」
駅の改札で、ふたりは手を軽く振って別れる。
それぞれの“個人休暇”へ。 でも、またすぐ再会すると分かっている気安さが、別れを重くしない。
制服も、警備任務も、しばし置いて――
夏の自由を、彼女たちはまだまだ謳歌していた。