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第24話 愚痴をつまみに…

愚痴をつまみに…


 夏休み後半。再び合流した倉子と真子は、温泉地へ向かうべく駅前で顔を合わせた。


「いぇーい!」


 高々と掲げた手をハイタッチ。再会を祝うように笑顔が弾ける。


 電車に乗り込み、指定席に腰を落ち着けたふたりは、さっそく旅行モードに突入。  缶ビールとコンビニで仕入れたおつまみを並べ、乾杯の音が小さく響いた。


「さて、温泉につかって鋭気を養って……二学期に備えようか」


「そうっすね。二学期入ったら、すぐ文化祭。しかも今回は運営委員会側っすよ」


「……それって完全に“業務外”だろう?」


「いや、一応“澪お嬢様”が生徒会長だから、護衛の一環と言えなくもない……っすかね?」


「……それを言い訳に押しつけてるだけじゃないのか?」


「まったく、その通りっす」


 列車は緩やかに山間を抜け、窓の外に緑と川の風景が流れていく。


「……にしても、なんで私らに“生徒会選挙”で投票するかな?」


「“制服で表彰されたSPが副会長!”って、そりゃ目立ちますよ……」


「目立ちたくてやったわけじゃないのに……」


 ビールをちびちびやりながら、愚痴と笑いが交互にこぼれる。


「……あれ、でも今考えると、うちらって夏休み入ってから……」


「バカンス→東京→即売会→温泉……贅沢三昧っすね」


「それでまた二学期から地獄、っと……」


「文化祭運営に生徒会業務、あと“制服のまま取材対応”とか……また来るかもしれないっすよ?」


「……今それを言うな。ビールがまずくなる」


 冗談混じりのぼやきが列車の中にこだまする。


 かくして、“愚痴をつまみに”旅するSPコンビの、次なる癒やしの地へ向かう道中が始まった。


温泉旅館


 列車は午後の光を背に、ゆるやかに山間の駅へ滑り込んだ。

 ホームに降り立った倉子と真子の顔に、自然と笑みがこぼれる。


「……うわぁ、空気が全然違う」

「澄んでるっす。深呼吸するだけでリフレッシュできるっす」


 駅前には小さな温泉街が広がっていた。

 古風な木造の商店、湯気の立ち昇る足湯、浴衣姿の観光客。

 都会の喧騒とは無縁の、どこか懐かしさを感じる光景だった。


「今回の旅館、口コミでも評価高かったんだよね」

「うっす。部屋に露天風呂つき、夕食は部屋出しの懐石コースっす」

「さすが、よく調べてるな……」


 二人が向かったのは、駅から徒歩十分ほどの老舗旅館『花霞荘』。

 のれんをくぐると、木の香り漂う玄関と丁寧なお辞儀で迎える仲居さんが待っていた。


「ようこそお越しくださいました。服部様、真田様、当館へは初めてのご宿泊ですね?」

「は、はい……」


 旅館らしい静けさと丁寧な対応に、思わず背筋が伸びるふたり。

 案内された部屋は広々とした和室で、縁側からは緑深い渓流と山の風景が一望できた。


「……まさか、自分がこういう部屋に泊まる日が来るとは……」

「SPって肩書き、今だけ脱ぎたいっす」


 部屋着の浴衣に着替え、畳の上にごろんと転がる。


「ふー……最高」


 続けて縁側の先にある専用露天風呂も確認。


「え、ちょっ、これ、マジっすか……? 檜風呂で星空見えるやつっすよ……!」

「日本酒持ち込み、確定だな」


 その後、部屋に運ばれてきた夕食。

 旬の山の幸と海の幸をふんだんに使った懐石料理に、ふたりのテンションは最高潮。


「……私、もうここに住んでもいい」

「SP辞めて、湯守になりたいっす……」


 こうして、制服も任務もすべて脱ぎ捨てた、癒やしのひとときが始まった。


 だがこの静けさも、また長くは続かないのだった。







館内探検


 夕食を終えたあと、倉子と真子は浴衣姿のまま、湯上がりの余韻にひたりながら旅館の館内を歩いていた。


「なんか、こんなに満腹なのにまだ動けるって……すごいっすね」


「たぶん、空気が美味しいからだと思う……あと、気持ちが軽いせいもあるかも」


 館内には静かなBGMが流れ、廊下には控えめな間接照明。  歩いているだけで、心が洗われるようだった。


 まず立ち寄ったのは、貸切風呂の案内板の前。


「うわ、檜風呂、岩風呂、薬湯風呂、選べるんだ……」


「しかも予約表見たら、明日の朝イチ空いてるっす。先輩、岩風呂行きません?」


「朝風呂……いい響きだ。予約、しとこ」


 さらに歩いていくと、小さな休憩スペースに出た。


 そこには無料で楽しめる漫画本コーナーや、マッサージチェア、囲炉裏風のテーブルが並んでいた。


「なんか……泊まるというより住める……」


「しかも、ほら、これ見てくださいっす。冷蔵庫に地元限定アイス詰め放題っすよ!?」


「それはもう……つめるしかないだろう」


 アイスを手に取り、囲炉裏の横に腰を下ろす。


 しばらくまったりとアイスを食べながら、他の宿泊客のいない静かな夜を楽しんだ。


「こういう旅館って、昔の人が『湯治』とかで長逗留してたって聞くけど……わかるわ……」


「明日、チェックアウトしたくないっす」


 ふたりの“館内探検”は、どこか修学旅行を思い出させるような楽しさと、社会人としての癒しの融合だった。


 時計の針は静かに夜の深まりを告げていたが、ふたりはまだ、夢の中を歩いているような気分だった。




深夜の迷惑客


 夜も更け、そろそろ布団に入ろうかという頃。

 静寂に包まれた旅館の廊下に、突然大きな声が響き渡った。


「……酔っ払いかな?」


「っぽいっすね……」


 遠くから聞こえる、荒れた口調と怒鳴り声。


「羽目を外しすぎたか……」


「完全に迷惑客っす」


 二人は顔を見合わせる。

 そして、言葉を交わすまでもなく、同時に立ち上がっていた。


「……職業病かな」


「全くっす」


 浴衣姿のまま廊下に出ると、目の前にいたのは酔い潰れかけた中年男性。

 その前で、女将らしき女性が困り顔でなだめていた。


「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので……」


「飲み足りねえんだよ……もっと酒持ってこいって……」


「おじさん、おかみさんに迷惑かけたらだめっすよ」


「そうです。他のお客様の迷惑です。もう遅いので、お部屋に戻っておやすみください」


 その口調は完全に“業務モード”。  休暇中とは思えぬほどキレのある動きで、二人はがっちり男の両脇を固める。


「このお客様のお部屋は?」


「302号室です……」


「了解っす。はい、おじさん、行きましょう。お部屋まで送りまーす」


 男をずるずると引きずりながら廊下を進む。


「飲みたりないなら、私らが付き合いますよ。水で、ですけどね」


 ようやく302号室の前に辿り着くと、男はその場でばったりと倒れ込むように布団へ。


「……寝たっす」


「寝たな……まあ、明日は記憶がないだろうし、いい薬だ」


 二人はそっと襖を閉め、静かに部屋を後にした。


 旅館の廊下に再び静けさが戻る。


「……この人もストレス、溜まってたんだろうね」


「うちらも、部屋に戻って寝るっす。起きたら、朝風呂ですし!」


 再び部屋に戻り、布団に潜り込む。  星空のもと、ようやく再び休息の時間が訪れた。






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