【二学期】
九月――新学期の始まり。
制服に袖を通し、再び“業務モード”に戻った倉子と真子。 温泉旅行でたっぷりリフレッシュした二人は、いつもより少し軽やかな足取りで登校していた。
校門で待っていたのは、生徒会長であり護衛対象でもある澪だった。
「おかえりなさいませ、お二人とも」
「ただいま戻りました」
「お疲れさまでしたっす」
そして、早速のお土産披露タイム。
「よかったら、食べてください。お土産です」
倉子が手渡したのは、丁寧に包まれた菓子折り。
「ありがとうございます、これは何でしょう?」
「温泉まんじゅうです」
「温泉まんじゅう? 普通のおまんじゅうとは違うのでしょうか?」
「えっと……温泉の蒸気で蒸し上げたとか、まんじゅうの皮を練り上げるのに温泉水を使ってるとか言われてますけど、明確な定義はなくて、要は“温泉地で作って売ってる普通のまんじゅう”です」
「そうなんですね。でも、温泉まんじゅうなんて初めてです。楽しみです」
「喜んでもらえて嬉しい」
続いて真子が差し出すのは、別のパッケージ。
「これは、私からっす」
「これも温泉まんじゅうですか?」
「温泉プリンっす。詳しい説明は以下同文ですが、こっちはおまんじゅうと違って、あまり日持ちしないっす。冷蔵庫入れて、早めに食べてくださいっす」
「ありがとうございます。私の知らないものが、こんなにあるなんて驚きです」
倉子と真子は、顔を見合わせて微笑んだ。 長いようで短かった夏休みが、思い出としてゆっくりと澪の手の中に渡されていく。
そして、制服の夏が終わり―― 再び“学園SP”の二学期が幕を開けるのだった。
【恐るべし井上先輩】
午前の業務がひと段落し、昼休みに入った頃。倉子と真子は校舎裏の木陰でのんびりとベンチに座っていた。
「ところで先輩、うちらが休んでる間、日米首脳会談があったらしいっすよ」
「知ってる……けど、呼び出されなくてほんっとうによかったわ」
「社長が“完全休養”って言ったの、ちゃんと守ってくれたんすね」
「奇跡よ。あの社長が約束を守るなんて」
「でも実は、その間の護衛、うちの社にも要請が来てたらしいっす」
「……え? ってことは……」
「しかも、メイド服指定で」
「……そんなの誰が引き受けるのよ。私達以外に……!」
「それが……井上先輩が、嬉々として引き受けたらしいっす」
「あっ……」
倉子の背中に寒気が走る。
「で、大丈夫だったの?」
「それが……井上先輩のマイペースっぷりに、さすがのトラブル大統領も頭を抱えたらしく……滞在中、一歩もホテルから外出しなかったらしいっす」
「……恐るべし、井上先輩……」
「もうトラブル大統領専任でお願いしたいっす」
「異議なし!」
二人は、深く深く頷いた。
【スーツでのお仕事 澪誕生17歳パーティー】
九月某日。
名門・四条家の邸宅では、澪の17歳の誕生パーティーが盛大に開催されていた。
普段は制服で警護をしている倉子と真子も、この日ばかりは黒スーツに身を包み、会場の空気に溶け込むように立っていた。
「……しかし、去年も思ったっすけど……お嬢様の誕生日パーティーって、大変っすよね」
真子が控えめに漏らす。
「経済界のお歴々や政治家まで呼ぶなんて……。本人にとってはあんまり嬉しくない招待客もいそうだけど」
「そんなこと、ございませんわ」
いつの間にか背後に現れた澪が、にこやかに答える。
「おじ様方とお話するのも楽しいですし、ためになる話もたくさん聞けます。それに、去年から倉子さんや真子さんも来てくださって……とても楽しみにしていたのですよ」
「……先輩、澪お嬢様って……ほんと、いい子ですね」
真子がしみじみと呟く。
「全くだ。しっかり護衛しよう」
「了解っす!」
華やかな会場の隅で、二人のSPは誓いを新たにする。 任務とはいえ、こうして大切に思ってくれる人のために働けることが、誇らしかった。