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第26話 文化祭準備委員会

【文化祭準備会議、戦場と化す】


 九月も半ば、文化祭を約一か月後に控えたある日。

 生徒会室では、準備委員会による第一回会議が行われていた。


 長机を囲んだのは、生徒会の面々と各部の代表者たち。

 和やかに始まったはずの会議だったが、ひとたび「出店配置案」が議題に上がると空気が一変した。


「軽音部は、中庭じゃなくて昇降口前がいいです。ライブもやるので人通りの多い場所が理想です!」


「それは困ります! 昇降口前は去年から新聞部が場所を確保してて、写真展示の設営準備が大変なんです!」


「何を言うんだ、去年の新聞部の展示は人通りが多すぎて、逆に読まれなかったって生徒アンケートに出てたぞ!」


「それは来場者の知性の問題です!」


 会議室の温度が急上昇する中、倉子は腕を組んで溜息をついた。


「……まるで場所取りの戦争だな」


「すでに“イベント警備”の域を超えてるっす」


 横で記録を取っていた真子がぼそっと呟く。


 一方、会長席の澪は、にこやかな笑顔を崩さないまま会議を見守っていた。


「皆さん、まずは落ち着いてください。決して相手を非難する場ではありません」


「でも! 軽音部の機材は搬入も大変で――」


「それなら、機材搬入の導線も考慮した配置にすればいいのではありませんか?」


 澪の冷静な指摘に、口を開きかけていた部長たちが一瞬で黙り込む。


「……さすが、生徒会長」


「お嬢様の威圧感……いや、カリスマ性っすね」


 ようやく空気が和らいだその瞬間。


「では、他に希望の配置場所がある部は?」


 手が一斉に上がった。


「まだ続くのか……」


「覚悟を決めましょう、先輩」


 文化祭準備――それは、学校行事という名の“地上戦”であった。




【ステージ割りは戦場の如く】


 会議二日目。

 前日の出店場所争いに引き続き、今日の議題は「ステージ発表の順番」だった。


 生徒会室には、すでに異様な緊張感が漂っていた。


「うちの演劇部は、照明と舞台装置の関係で、夕方の時間帯が理想です!」


「それは困ります! 軽音部も夕方がベストなんです! 客の盛り上がりを考えたら、トリじゃなきゃ意味がない!」


「合唱部は、音響の都合上、午後早めのほうが……」


「それを言ったら吹奏楽部だって、朝イチは音出しが間に合わないんです!」


「映画研究会としては、暗くなる夕方がベストですが……」


 口々に主張を展開する代表たち。

 その後ろでは、クラス発表として演劇やダンスを予定している生徒たち、有志のロックバンドメンバーまでもが待機していた。


「……もはや混沌……」


 倉子は頭を押さえながら、議事録を取る真子に呟いた。


「先輩、昨日よりカオスっすよ……」


 しかも今日は、マイクとホワイトボードまで持ち出され、完全に“公開バトル会議”の様相を呈していた。


 そんな中、ひとり落ち着いた澪が、いつもの微笑を浮かべて立ち上がる。


「皆さん。全員の希望をそのまま通すことは、難しいと理解しています。でも、それでも“文化祭を成功させたい”という気持ちは、全員に共通しているはずです」


 その静かな声に、騒がしかった空気が徐々に静まっていく。


「提案です。まず“演出に機材が必要な団体”と“人の集客が見込める団体”を分けましょう。そして、それぞれの希望時間をマッピングして、重ならないよう再構成するのです」


 ざわついていた代表者たちの間に、一瞬“合理性”の波が走った。


「……それなら、譲り合いの余地があるかも」


「うん……順番は譲れても、内容の準備には妥協できないし」


 議論は再びヒートアップしかけたが、今度は方向性のある前向きな調整に変わりつつあった。


「……さすが、お嬢様」


「俺たち、生徒会がいなかったら、この学校文化祭開催できてないと思うっす」


「それでも、うちらの立場は“あくまで護衛”……」


「業務外すぎて涙出るっす」


 そうして深夜まで続くかに思えた会議は、澪の手腕と、生徒たちの“文化祭への想い”によって、少しずつ収束へと向かっていったのだった。



【夜食と深夜巡回】


 時刻はすでに深夜一時。

 文化祭前日を控えた校舎内は、どこも静まり返り、生徒会室だけがぽつんと明かりを灯していた。


 倉子と真子、そして澪の三人は、生徒会室の机を囲んで夜食を広げていた。


「このおにぎり、コンビニのだけど、妙に美味しく感じるっす……」


「疲れてると何でもご馳走になるのよ……」


「このカップ味噌汁、身体に沁みますわ……」


 報告書の確認と巡回記録をまとめながら、ささやかな食事と雑談。


 しかし、ゆっくりもしていられない。  数分後には、最後の巡回が控えているのだ。


「では、最終巡回に出ましょう」


 立ち上がった澪が、淡々と告げる。


「はい。これは“徹夜作業組に睡眠をとるよう警告する最終巡回”です」


「もう職員みたいなセリフが自然に出てきてる……」


 三人は懐中電灯片手に校舎内を回り始めた。  体育館、特別教室棟、家庭科室、そして中庭。


「……やっぱり、静かになってるっすね。みんな素直に解散したみたいで」


「ならいいけど……念のため、美術室も確認しておこう」


 そう言って向かった先で、三人は異変に気づいた。


 扉の隙間から、かすかに漏れる明かり。


「……まさか」


 静かに扉を開けると、そこには……


 昼間、一度帰宅を確認したはずの有志演劇班が、こっそり戻って舞台装置の塗装作業を続けていた。


「……帰ったって言ったじゃないですか」


「す、すみませんっ!どうしても、これだけは仕上げたくて……」


「気持ちはわかりますが、ルールはルールです。許可なく校内に立ち入るのは禁止。万が一事故が起きたらどうするんです?」


 倉子の声は冷静だったが、その目は鋭く光っていた。


「明日、学校全体の安全を守るには、今日しっかり寝ておくことも含まれます。今すぐ片付けてください」


「……はい」


 しゅんとする生徒たちに、真子が優しく付け加える。


「努力はちゃんと伝わってるっす。でも、文化祭は明日からが本番っす。今は休むっす」


 渋々ながらも、生徒たちは道具を片付け始めた。


 澪は静かに見守りながら、小さく呟いた。


「責任を持って何かを成し遂げるって、難しいことですね」


「だからこそ、意味があるんだよ」


 夜の校舎に、足音が静かに響く。

 ラストスパート前夜――文化祭前の静かな緊張が、確かにそこにあった。







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