あれは、今から数年前……。
うだるような暑さと照りつける日差しが煩わしかったのを覚えている。そんな暑さに我慢の限界を感じて、授業が終わった小休憩に校内の自販機へ向かった時のこと。何名かが、体育館裏へと消えていくのを見てそのあとを追い、影から見るでもなく、コソコソするでもなく、僕はその光景を見た。
スクラムを組むように六人が一人を囲み、何かをしているように見えた。その中からはたなびく煙が一本。風向きが変わりその煙の匂いがこちらの鼻孔を通過する。煙たい匂いと独特な香り。間違いなく煙草の臭いだった。そして、その中心からはさらに静かに苦しむ声だった。よく目を凝らして見ると、同じクラスの
「何をしている!!」
その声に気付いた集団は、視線が一斉にこちらへ集中する。だが、すぐに林堂の方へ視線を直した不良共は僕など最初からいなかったように林堂への暴力を再開する。込み上げる怒りを抑え、早歩きで集団から林堂を連れ出す。
「てめぇ、なんだぁ?」
「『てめぇ』ではない。僕にもちゃんと名前はある。君らもこんなところで遊んでないで教室へ戻ったらどうだい?」
「はぁ、ウザ。しらけたわ。」
男子生徒たちは何をするわけでもなく、ただただ散っていった。その中に残った生徒が一人。不良たちの中で一番目鼻立ちの整った生徒が一人。この高校で有名なイケメンで校長の孫の
「はぁぁ…ははっ、おもちゃ取られちゃった。」
七瀬くんは爽やかに笑うと煙草を捨てて男子生徒たちのあとを追う。そして、僕は林堂くんへ声をかける。
「林堂くん大丈夫だったかい?」
林堂くんはおどおどしながらも軽く会釈してボロボロのまま教室へ戻ろうとしている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ…怪我の手当てをしに保健室へ行こうよ。」
「あ、はい…」
僕は林堂くんを連れて保健室へと向かう。養護教諭さんの前に来ると慌てた様子で林堂くんの手当てをしてくれた。
「さて、なぜ、君はあの場所でいじめられていたんだい?」
林堂くんは数分動かないまま息が少し荒くなり目からは大粒の涙をためている。状況は結構申告かもしれない。その後、落ち着いた林堂くんは口を開く。
「じ、実は……」
林堂くんの言うには、嫌がる女子に迫っていた七瀬くんを注意したところ後日体育館裏に呼び出され今に至るらしい。お金をせびられたり、自腹で七瀬君とその取り巻きの昼食を買わされてリしたそうだ。その際にお金が渡せなかったり、足りなかったり、昼食を買うのを指定した時間に間に合わなかった場合、殴られたり、タバコの火を背中に押し付けられたり、ひどいときは裸の写真や動画を撮られたりしたそうだ。
「なんと……」
しかも、それを相談しても七瀬君は校長の孫ということもあり、他の先生達は七瀬君に強くいうことができないので誰にも相談できないでいたようだ。
何が、校長の孫だ。そんなの関係ない。無知でもわかる腐りきった”悪”を僕は許しはしない。絶対に許さない。
「林堂くん。僕が来たからにはもう安心していい。」
林堂くんは僕のその言葉にさらに涙を流す。僕はそんな林堂くんを強く抱き、七瀬君を倒すことを決意した。
が、それが、その決意自体が過ちで、悲劇の始まりであることを青二才の”オレ”はまだ知らなかった。
──────後日、放課後の体育館裏──────
いつも通り、林堂くんは七瀬君達に体育裏へ呼ばれたらしい。
「僕が代わりに行く。彼らには少し痛い目にあってもらう。」
林堂くんは僕を止めたが、僕は七瀬君がどうしても許せない……いや、この時の”オレ”はただ、自分に酔っていただけかもしれない。
体育館裏へ着くと七瀬君が取り巻き達と一緒にタバコの煙をふかしているところだった。
「また、タバコか…」
こちらへ気づいた七瀬君は爽やかに笑顔を作ると座っていた腰を上げて、タバコの火を消す。
「あれぇ?リンドーくんはぁ?」
「彼は来ないよ。僕が彼を助けるからね。」
七瀬君は爽やかな笑顔を崩さない。
「俺のじいちゃんが誰か知ってんの?」
「知っているとも、だからどうしたんだ?」
七瀬君はため息をつくと取り巻きの一人の肩に手を置き、耳打ちで何かを話している。
「さて…やっていいよ。最近暴れたりないでしょ?」
「いいのかよ?」
「いいよいいよ。じいちゃんにはうまく言っとくからさ。」
取り巻きの一人は高校生とは思えぬ巨漢で僕よりもはるかにマッシブだ。その顔は以前どこかで見たことがある。そんな顔も思い出せないまま取り巻きは殴り掛かってくる。が、僕はその拳を掴み、受け流しながら投げ飛ばす。
「は?」
宙へ舞う巨漢はそのまま背中から落ちる。僕の家では代々護身術として合気道をさせられる。そして、僕は吹き飛んだ巨漢の顔と七瀬君の残りの取り巻きの顔も思い出す。
「君、元空手部の狭間田君だね?そして、君は元サッカー部の三木君。君は元野球部の錦田。」
次々に名前を呼ばれる不良たちは少し驚いたような表情で僕を見るが、そんなこと関係ないと言わんばかりに殴り掛かってくる。僕はそれらをすべて受け流したり、投げたりして、制圧する。投げられた六人はいずれも元スポーツ部で過去に何かしら問題を起こし退部させられている輩だった。
「なんで、君は七瀬君の取り巻きに?」
「そんなの、楽だからに決まってんだろ…タバコふかしても、問題起こしても七瀬さんが全部もみ消してくれる……しかもボディーガード代で金ももらえる……こんなにいいことはねぇ…」
金、タバコ、そして、自分たちの保守…くだらない。
「さて、あとは七瀬君…君だけだ…」
「そうだね。だから?俺も投げるの?」
「殴り掛かってくるのなら。」
七瀬君はため息をつきながら、拳を構えて、ステップを踏む……ボクシング、か…
そのまま、七瀬君はステップを踏みながら僕へ迫ってくる。そして、拳を繰り出す。その一発は先ほどの空手部の彼よりも重く、鋭い。右フック、左ストレート、その拳を受け流すとすかさず左のジャブ、そして、右のストレートを打ってくる。僕はそれを冷静に見極めて受け流しながら、投げ飛ばした。七瀬君も他と同様に背中から地に落ちる。
「これに懲りたら、もう、林堂くんをいじめないと約束してくれ。」
七瀬君はため息をつきながら、立ち上がる。他の不良たちも立ち上がり、それぞれ、その辺の棒きれなどで武装する。そして、再び僕へ振りかぶってきた。もちろん何度やっても同じことだ。先ほどよりも早く制圧すると、七瀬君はもう、ため息を付けないほどに疲弊している。
「わかったよ……もう、あいつはいじめない。お望みなら仲良くする。もちろん、いじめ的な意味じゃなくて普通の意味で、だ。ほら、これで満足だろ?」
「そうか、それならいい。なら、ほら、早く保健室へ行くぞ」
その後は七瀬君と取り巻きを連れて保健室へ行き、手当てをして、これはこれでおしまい、かと思われた……
──────その日の帰路──────
家の門前が騒がしく人だかりを作っており、僕は何があったのかと少々急ぎ気味で人ごみをかき分けて家の敷地へ足を踏み入れる。
「……!……父さん!!」
そこには頭から血を流して倒れる父がいた。救急車のサイレンと共に辺りは一層騒がしくなる。そして僕は母のことが気になり、家の中へ急いで入る。家中探しても母は見つからない。いや、まだ探していないところがある……いやな予感が外れてほしいと思いつつも僕は二階の父と母の共同の寝室へと足を踏み入れようとドアノブをひねる。瞬間、熱気と何とも言えぬ匂いが僕の鼻孔と頬を撫でる。そこにはあられもない姿の母がいた。無理やりされて気絶している。
恐怖
怒り
吐き気
嫌悪
僕はそのすべてが込み上げてその場でうずくまり、喉の奥から這い出てきた液体を床へぶちまける。そのころにはパトカーのサイレンも聞こえており、警官の一人がうずくまる僕と壊された母の姿を見つけ、すぐに他の警察官を呼び、そして、母はすぐに毛布にくるまれ、僕は警察官に肩を抱かれ階段を降りる。
なぜ、こんなことに?誰が?どのような経緯で?
いや、僕には思い当たることがあった。
あいつだ。
あいつらだ。
七瀬だ。
そうに違いない。
僕はそう思い、すぐに警察官の手を振り払い、階段を降り、家を飛び出した。
「七瀬ぇ!!!」
僕は喉から血が出るのもいとわず叫びながら七瀬を探した。そして、町内の誰も寄り付かない廃工場。そこに入ると、七瀬たち不良グループがタバコと酒をダラダラと飲みながらだべっていた。その内容はもちろん僕の今の状態のことだった。
「あいつの家族、今どうなってると思う?」
「そりゃ、父親は死んで、母親はよくて精神崩壊くらいだろ……っと、七瀬さん噂をすりゃ、怒り心頭の伊織くんが来ましたよ。」
七瀬君は僕と目が合うとニンマリと歯を見せながら笑顔を見せてきた。
「やぁ、何かあったかい?」
「貴様らぁ!!!」
殴り掛かろうと僕が走り出した瞬間、後頭部に衝撃と痛みが走る。倒れる瞬間、人数が足りないのに気づく。
「しまった……。」
「ハハッ……ドンマイ……あとは、お前らでボコッてねぇ俺、ちょっとじいちゃんにお話ししてくるからさ。」
言わずもがな、その後僕は鉄パイプで武装した取り巻きに気を失ってもボコボコに殴られた……
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痛みと共に目が覚める。ふらりと上半身を起こす。まだ頭がぼうっとする。額を触ると大量に出血しており、体中は青あざになっている。顔や打たれてダメなところは無意識にガードしていたためか重症にはなっていない。そのまま痛みを引きずるように立ち上がり歩き出そうとしたとき、僕の方へ向かってくる黒い影が一つ。七瀬の取り巻きかと少し警戒しながら待つ。だが、そういった様子はなく、ゆっくりと僕の方へ近づいてきた。影は影らしく全身黒ずくめで顔はフードのせいで見えない。
「そんなにボロボロでどうしたのかな?」
声でやっと男性だと判断でき、その異様な雰囲気に僕は少し気おされていた。。
「いえ、ただ、ちょっと殴られまして……」
「それは、また理由がありそうですね。」
僕はなぜか、その男性に事の経緯と今の現状を話した。
「なるほど…それはひどい……そうだ…私はね。こんなものをうって生活しているんだ。」
男が出してきたのは緑色の液体が入った注射器。軽く振るとドロリと中でゆっくり混ざる。
「こ、これは?」
「これはね……───だよ……」
ノイズでその言葉が聞こえずに僕は聞き返そうと耳を傾けた瞬間、右腕にその注射器を刺され、中の液体を全て注入されてしまった。痛みと驚きで僕は思わず男性を両手で押してしまうが、手ごたえがない。そう、僕が一瞬、目を閉じ男性を突き飛ばそうとしたときには男性の姿は見えなくなっていたのだ。
「何が……起こった……」
僕は辺りを見渡すが、男はどこにもいなかった。そして、刺された箇所を確認しようと腕に目をやると信じられないことが起こっていた。刺された箇所はおろか、先ほどの傷やあざがなくなっていたのだ。頭の出血も収まり傷も完全にふさがっていた。
「な、なんだこれ……」
何か悪い夢でも見たのだろうと僕は痛いつもりの体を引きずっているつもりで家へと帰った。家では警察の人がおり、母のことを見てくれいてた。
「君!ここの息子さんだろ!なんで家族をほっていなくなるんだ!」
「すみません。こうなった理由に心当たりがありまして……」
警察の人もどうやら目星がついていたらしく、胸元から写真を一枚出してきた。そこには僕の学校の校長の姿が見えた。だが、ようがおかしい。学校では見たことのない顔に傷の入った大人と何か話している様子だった。
「これは…」
「君らの学校の校長で、その隣は指定暴力団の会長だ。」
「なぜ、校長が暴力団なんかと話を……」
「さぁな…俺らも今探ってるところだ。そして、キミの母親のことだが、頑張って証言してくれて、この辺では有名なチンピラだということが分かったからね。そこから洗い出してみるさ。」
「あ、あの…ち、父は…」
「そこも安心してくれ、命に別状はないそうだ。まだ意識は回復していないが、心配は無用だそうだ……そうだ……君にも心当たりがあると言っていたが……」
僕は先ほどまでのことを話す。
「そりゃ、いけねぇ……俺は署に戻って色々準備する。君は…一応明日からいつも通りに学校へいきなさい。だが、その七瀬とやらにはもうかかわらない方がいいな。」
この忠告をきちんと守っていれば、僕は”オレ”は今も人間として生きていれたのだろうか…
後日、俺は大事件を起こすことになる。
──────後日──────
母は傷心ながら弁当を準備してくれて見送りまでしてくれた。
「いってらっしゃい。」
「いってきます。」
そして、いつも通りに僕は登校して、いつも通りに授業を受けている時だった。
教室の戸がスライドされる。そこには、七瀬と取り巻きが僕の方を見ながらニヤニヤと笑っている。
「は、八尺、行ってやれ、単位には響かないから……」
怯えた様子で先生は僕が教室から出るのをよしとした。
終わりの序曲。
そして、僕が呼び出されたのは運動場の真ん中だった。そこにはいつもの取り巻きとは別に見知らぬ顔もいた。そもそも高校生ではない人たちだ。
「こいつか?七瀬くんをいじめた奴は。」
「そうそう、俺いつもこいつに金撮られて、パシられてんだよ~兄貴たちお願いしますよ~」
七瀬はバットで武装した大人たちにわざとらしい涙声でそう訴えてる。大人たちは鼻からそんなことはどうでもよくて、恐らく七瀬に金で買収やらを持ち掛けられているのだろう。大人たちはそのままバット片手で遊ばせながら僕に近寄る。
「よぉー君がハッシャクくん?まぁ、名前なんてどうでもいいけどさ……いじめはよくないよねぇ?」
「いえ、いじめをしていたのは、七瀬の方です。僕は彼にいじめられている子を助けただKで……っ!」
その瞬間後頭部にバットが振り下ろされる。僕はまた、地に伏せ大勢にボコボコにされる。
その様子に生徒や先生たちは気づいているようだったが、誰も気にせず、自分は関係ないと言いたげな顔で授業をしている。
「おい!謝れや!!七瀬君かわいそうだろ!!」
ボコボコに殴られる中、ついには魔法を使うものまで現れる。火炎魔法であぶったバットを背中に押し当てたり、僕を的に火炎弾をぶつける奴も出てきた。
そして、また、地に伏せると、チンピラどもは僕の顔を覗き込みにやにやとしている。
あーあ。
このまま死のうかな。
もう誰か殺してくれないか?
青い空の下。最後に顔を合わせたのは、昨日のローブの男。
幻覚か、幻聴か、男は僕を指さし、そして、言葉を送ってきた。
『今のキミにならそんなゴミクズども一瞬だろう?何をためらっているんだ?』
『誰も助けてくれないだろう?』
『彼も彼女も、あの人も。誰一人見て見ぬふりをしている。』
『キミが一人でやるしかない。この場の正義はすべて暴力にあるのだから。』
一本の蛛糸が見えたような気がした。
地獄の底に垂れる一本の蜘蛛の糸。
罪人はそれに手を伸ばし、そして、つかんだ。
悪ハ伝染スル前二根絶ヤシ二スル。
いじめられる弱者は「悪」
色欲に溺れる者も「悪」
見て見ぬふりをする傍観者も「悪」
恩を返さない者も「悪」
一人に対して大勢での暴力をする者も「悪」
ここに確定した。
この世は「悪」だらけだと。
オレ以外に正義はない。
ならば、今この場で正義を持つオレが粛清する。
「あ”あ”あa”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」
その場にいた者は、オレから離れる。そして、その異様さに気づく。自分でも感じる。力が湧き出てくるような感じだ。体のつくりも変わるのがわかる。
「な、なんだよお前……」
そして、その場の七瀬を覗いた全員の首が垂直に離れて綺麗な鮮血の噴水を噴出させる。
その様子を見ていた生徒の一人が先生へと報告する。そして、その様子を見ようと生徒が次々に窓から頭を出した瞬間。糸を操り首を跳ね、校舎の壁面を赤く染める。そして、静まった校庭に血の噴水を浴びて腰を抜かした七瀬と目が合う。
「わ、悪かった……そ、そうだよな?いじめていたのは俺の方でお前は何も悪くないよな……」
「それで?」
「いや、だ、だから謝るから、い、命だけは助けてくれないk……」
七瀬を細切れにし、その肉片を踏みつけ、オレは学校に残っている先生や生徒を一人余すことなく殺した。
そして、魔法術対策機関の連中が来る頃にはその学校はすでに血の海と化していた。
和気あいあいとした声がこだましていたであろう学び舎は墓場になった。
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