冷えた床の硬さで目が覚め、そして、腹部の傷の痛みで意識が覚醒する。確か、蜘蛛男と遭遇して、そして、戦ったが、隙を突かれてお腹を……ダメだ、出血のせいで頭が回らない。
体を起こそうと腕に力を込めるが、なかなか起き上がれない。そんな時に、足音が近づいてくる。蜘蛛男が戻ってきたのか、あるいは新手の敵か、運がよくて味方か……。だんだんと近づく足音に目線を向ける。足との正体は夢希ちゃんだった。慌てた様子で私を心配している。
「彩虹寺さん!しっかりしてください!」
「夢希ちゃ…ん?
「蜘蛛はあの少年が変身して…」
あいつ、今戦っているのか…?なぜ、ここに来ることが分かって…いや、そんなのは今どうでもいい。私は体を起こし、晴山の方へ向かおうとするが力が、入らない。
「彩虹寺さん!無理です!左の腹部の損傷が激しくて出血も止まってないんですよ!?」
「あいつに戦わせるわけには行かないんだ。一般人を守るのが私たちの使命だから…だから…私が行かないと…!」
くらむ視界に夢希が入ってくる。だが、私は夢希をどけようとするが、夢希は私を支えようと視界に無理やり入ってきた。
正直に言おう。邪魔だ。
万全の状態であれば、夢希はおろか、蜘蛛男だって私は倒せる。私よりみんな弱いのに、なぜ、私を助けようとするのだろうか。こんな怪我はかすり傷に過ぎない。
過ぎないのだ……
炎の魔力を右手に込める。もうろうとする意識の中の小さな恐怖心。だんだんと大きく怖くなっていく。だが、その大きくなっていく恐怖心を嚙み殺すように奥歯に力を入れて強く食いしばり、右手を左腹部へと当てようと震える手を必死に抑えながら当てようとする。
「彩虹寺さん!!やめてください!ここはおとなしくしてください!」
それに気づいた夢希は私の手を掴むがその高温故、思わず手を離し、私は床へ放り出される。その衝撃で完全に覚醒できた意識の中、再び大きくなる恐怖を押さえつけて再び高温の右手を左腹部へと当てようとしたとき、私の背後から足音が聞こえてきた。
殺気ではない違和感。
その違和感が全体を包み込む。
違和感の正体に視線を向けると、そこには少年?青年?がいた。白髪で右目を隠した赤い瞳。凹凸のある整った顔立ちで外国人風の男。ボロボロの白い七分袖のシャツに黒のダぼついた長ズボンの格好だが、どこか”普通””一般”と括るに括れない存在感の男。
「だ……」
一言を発しようと口を開くが、その唇を人差し指で軽く抑えられる。夢希はその存在感のせいか固まっている。
「ストップ。それ以上は傷口を広げる…痛いのが嫌なら、黙ってろ。」
言動と私の感覚でだが、この人は私よりもはるかに年上だと確信した。
男はそのまま私と視線を合わせたまま損傷した左腹部へと手を当てる。この人の目を見ていると意識がはっきりとてきた。
「これで大丈夫だ。」
そう言われて腹部を確認すると損傷はおろか、出血もすべて治っていた。魔力、ましてや、詠唱もないのにわたしの怪我が治るはありえない。
「あなたは?」
「企業秘密。そして、それ以上の詮索もなし。無償で完治の代償なら、これくらいが丁度いいんじゃないか?」
男は、そのまま立ち上がると、廃校の割れた窓に指を差す。
「俺よりも、向こうの
視線を指差された方向を見ると、校庭で蜘蛛男と鎧の戦士……晴山 優吾が戦っているのが見えた。そして、視線を男の方へ向けると男の姿はすでになかった。
「な、何だったんだ……」
「それより、彩虹寺さん。行きましょう。」
「あ、あぁ……行こうか。」
私は勝手に気まずくなりながら、急いで階段を降りて晴山 優吾の戦闘の場へと急いだ。
────────────
こいつは許さない。
恐らく、漫画やアニメの主人公はこんな気持ちで憎い相手と戦っていたのだろう。
痛い、怖い、苦しい。そんな気持ちは微塵もない。今はただ、「この目の前の自分の正義に酔った愚か者を分からせる」そんな気持ちで拳を握っている。
打撃が入るたびに蜘蛛男の体からは肉が叩かれる音と骨のきしむ音が耳に入る。
耳障りが悪いこと極まりない。
こんなに、こいつを殺したほど恨んでいるのに。
こんなに、殺意を抱いているのに。
こんなに、怖い気持ちを。
こんなに、苦しい気持ちを。
抑えているのに。
こいつの痛そうな顔を見るたび、こいつの苦しむ顔を見るたび、俺は「戦士」から「人間」へと戻っていってしまう。殴られる痛みが分かるから。肉が裂けて血が出る恐怖が分かるから。
だが、こいつを許すわけには行かない。
「うぉら!!」
蜘蛛男は俺の打撃を受けては苦しそうな顔をするが、勝ち誇ったような顔で俺を見下してくる。
こんなに、ひどい顔ができるのに。
俺は、こいつにも何か悩みとか、恨みつらみがあってこんなことをしているのではないかと。勘ぐってしまう。
「なんで!こんな!ことをする!」
俺は拳を緩め、蜘蛛男を突き放し距離を取る。蜘蛛男はよろめいて膝を突き、鼻に溜った血塊を出す。そして、鼻血を拭うと蜘蛛男はうつむきながら肩を震わせる。
「そんなの決まっている。この世界に「本当の正義」がないからだ。だから、オレが正義の執行人になるのだ…」
あぁ、そうだ、こいつは出会った時から曲げていなかった。援〇していた男性に対しては、命を三つ奪ったことを……ここに来ていた男子生徒達にはいじめとそのいじめられていた男子生徒……そして、それを邪魔した彩虹寺たち……すべて机上、理論上、に考えれば、蜘蛛男が正しいかもなんて俺も考えた……
「でも、それは、お前の勝手なエゴだ。」
「そうだ。それの何が悪い?オレがやらなきゃ、小さな命は奪われ続ける。オレがやらなきゃ、いじめという名の犯罪は増え、弱き者が増える「悪」が増える!伝染する!」
「それは、お前がやりたかったことなんだろうな……でも、そりゃ、ちげぇぜ……命を奪うこと、立場の強いものが弱いものを虐げる。その弱さすらも「悪」とするなら……悲しいぜそんな世の中……でも、それを暴力で法外の行いで押さえつける方がもっと悲しい。お前も本当は、こんなことしたくないだろ!?それとも……おまえは……」
続けようと口を開いたが、蜘蛛男は今までよりも早く俺の間合いに踏み込み、拳を突き出す。鎧で守られているとは言え、痛みがないわけではない。拳の衝撃、そして、宙を舞った俺は背中を強打する。その痛みも体中に響く。
「がぁ!?」
「それ以上、口を開くな…いいから黙って、僕を殴れ!!!」
はっきりしてきた足取りで体勢を立て直し、俺は蜘蛛男に視線を向ける。あちらも俺の攻撃を待っているように身構える。
「何が、お前の正義感を歪めちまったんだ。」
「僕の本質を突いた君にならわかるはずだ。言わなくても……」
こいつも、正義感の被害者かもしくはその逆か…真実は分からない。でも、彼が今、改心したくてもできなくなった立場なのは何となく理解した。正直戦いたくない。罪を償えるのならばなぜしないのか……なぜ、そんなに死に急ぐのか…分からないが、こいつは自分で自分を自分なりに止めようとしているのか……?俺は黙って拳を構えてそのまま男の間合いに一歩を踏み入れて殴る。
「止めてみろォ!オレをォ!」
ヤル気を見せた途端、蜘蛛男も本気で俺に詰め寄ってくる……そして、そこからは互いに殴る避ける当たるの、徒手空拳の応戦。互いが互いを殺そうと必死になる。
「こんな!!ものでは!!ないだろォ!!!」
「うぉらぁ!!!」
障害物の多い校舎裏から開けた校庭へと場所を移し、さらに俺たちの殴り合いは勢いを増していった。そして、蜘蛛男は自分のすべてを出すように、幾度目の俺の拳を掴むと合気道の足運びで俺の勢いを利用して投げ飛ばしてきた。そして、俺が背中から落ちた直後、爆破魔術につかっていた札を大量に落としてきた。
「爆ぜろ!
白く膨張した紙たちはすぐに橙色になり爆発する。俺は視界を取り戻すため煙の中から勢いよく抜け出す。それを予想してか、蜘蛛男は次の魔術を発動させる。
「囲め赤よ!咎人を煉獄の檻へ閉じ込めろ!!
円状に炎上した俺と蜘蛛男の周り、炎の勢いは前の比ではなく今にも円内の二人とも丸焦げになりそうだ。
「こんな小細工しなくても、俺は逃げねぇよ。」
「だが、最終決戦にしては上出来だろ?」
勢いが増す炎はそのまま俺らのいる円内を燃やしていく。蜘蛛男は背中の突起に引火しているにも関わらず俺に攻撃を仕掛けてくる。その引火した突起を俺にむかって打ち出してくる。俺は痛みと暑さで攻撃が出せずにいる。
「ぐっ!!」
「どうした!その程度か!」
次第に鎧にまで引火し、鎧の中は熱したフライパン状態だ。鎧は熱に耐えられずに白から茶色に変色している。このままじゃ、こいつを倒すどころじゃねぇ……俺だって魔法や魔術が使えたら……
『自分の手札を呪ってる場合じゃねぇだろ…』
暑さと熱の中、男の声が聞こえてきた。
誰だ。
『前、言ってただろ……そのイシは託されてきたものだって……』
まさか、そのうちの継承者とかか?
『半分正解。でも半分大はずれ……外れ割合は……と今は悠長にしてられないな。こんな熱い戦い。お互いフェアじゃねぇと…な?』
何を言って……
『俺に続いて
鎧の中、俺は男の声の通りに詠唱する。
──────志、気炎万丈が如く。
欲深き魂、この拳で鎮めん──────
『
燃え盛る
「
蜘蛛男は俺の姿に驚きつつも少々の笑みを浮かべながら拳を構えなおす。
「さて、最終ラウンドと行こうか…」
俺は拳を握り直し、構えを直す。しっかりと拳を前に出せるように……
「行くぞ!!」
5:了