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13:記憶

水面に映る影を下から覗く。


「ここは……?」


水中の浮遊感。体にのしかかる水圧。そのすべてが心地の良いものだ。


確か、飲み物を自販機で買って、それから、彩虹寺の飲み物も買って、で、本部に戻って二人でゆっくりできる場所を探して仕方がないから彩虹寺に一班の会議室兼待機室に案内されて、ソファで話してら、眠ったのか?俺は。


それなら、早く目覚めないと彩虹寺にまた迷惑をかけているかもしれん。


起きよう起きようと覚醒へ意識を集中させる。


起きれない。いや、起きられない?


数分粘って、浮遊感の中、俺は一旦諦めることにした。幸い、覚醒はできないが、立ち上がることは可能のようだ。ここは精神世界なのか、夢なのか、確かめたい。


浮遊感に心地よさを抱きつつ、水中を歩く。実際の水の中ではないのでスタスタと陸上で歩く速さで歩くことができる。数分歩き、この水中には何もないことを確認すると、ふと疑問が浮かぶ。


「水中なら、上に浮上できるのか?」


足を踏ん張り、膝を曲げる。そして、思い切り膝を伸ばすと不思議なことに水中と同じようにゆっくりと浮上し始めた。だんだんと陽の光が近くなり、やがて、俺は水面に顔を出すことができた。これまた不思議で水面に出した顔は全く濡れていない。やっと水面に顔出せて、辺りの景色を確認する。落ち葉が舞い降り、水面に波紋が広がる。さらに周りを見ると、鉄の柵に、ベンチ、参道を歩くウェア姿の人や歩くご老人。


「公園……か?」


見覚えのない公園だ。満干にはこんな大きな公園はない。俺はさらに水面から上がろうと足をばたつかせて、鉄の柵に手を掻ける。手も体も俺が濡れている箇所は一つもない。

そして、もう一つ異様なのは、突然俺が水面から上がっても誰も俺に注目しない。俺はちゃんと陸に足をつけ、辺りを見る。誰も俺のことなど見えないかのように通り過ぎる。俺は気にせず、公園内を散策する。散歩コースを回ったり、遊具で遊んでみたり、そんなことが数時間続き、どう帰ろうかと悩み始めた頃、また、違和感に気づく。


今は、昼下がりだよな?


数時間遊んで、日の位置が変わっていない……


なんでだ?

時間は止まっているわけでもない。ずっと、動いている。人も走っているし、魚も泳いでいる。


ザザ……


急に、耳にノイズが走る。中に水でも入っているかのようなノイズ。ノイズが激しく鳴り、額に汗が浮かび始める。


「な、なんだ急に……」


だが、いつもの石の頭痛とは違いそこまで痛くはない。俺は頭痛を抱えたまま再度公園内を散策する。行ったことのない場所にもいき、外にも出てみる。そして、一か所だけノイズがなくなる場所を見つけた。噴水の広場の近くにある休憩所だ。そこには女の子が二人楽しそうに歌っている。一人は黒髪で葵さんに似ている少女。もう一人は白髪に碧眼の白い肌の少女。二人はおしゃべりをしながら、たまに歌ったりを繰り返していた。


白鳴しろなちゃん、大きくなったら一緒に舞台で歌おうよ!』


『でも、私、体が弱いからなぁ…』


『じゃ、私が歌も上手なお医者さんになる。そして、白鳴ちゃんの病気を治して一緒に歌うの!』


『それ、いいね!それじゃ、私も病気に負けないように葵ちゃんがお医者になるまで待ってるよ!』


『約束ね!』


二人の少女は小指を絡めて指切りげんまんをする。


そして、時間がやっと進んだ。いや、飛んだといった方が適格だ。場面ごと一気に切り替わったのだ。


薬品の匂いが強い病室に俺はいた。ベッドには横たわる先ほどの白鳴という少女がいる。

少女は俺に気づいている様子もなく、窓の外を寂しそうに見つめる。そして、独り言をつぶやく。


『神様、あと数十年、私の体を守ってください。友達が絶対に私の病気を治しに来るので……』


布団を力強く握る手は震えていた。


そして、場面はまたいきなり変わる。夜の病室。寝ている白鳴に顔にもやのかかった男性が横に来る。


『新しい先生なの?』


『そうだよ、前の先生がちょっと怪我しちゃってしばらくは私が君のことを診ることになったんだ。さっそくだけど、この点滴をしようか。きっとすぐに良くなるはずだ……』


そこで俺の目の前は一気に暗転した。


静かになった暗闇の中、いきなりノイズが頭に響く。


頭の割れそうな、もしかしたら石の頭痛よりも痛い頭痛が俺を襲う。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”頭”が割”れ”る”」


そして、ノイズがだんだんと小さくなっていった。


肩で呼吸して玉の汗をぬぐっていると目の前に女性が現れる。白鳴という少女に似た女性だ。


「あなたは……」


白鳴さんと思しき女性は無言で俺を見つめるだけだった。


意識が薄れる。いや、これは覚醒に向かっている?


俺は慌てて、白鳴さんへ手を伸ばす


「し、白鳴さん!!こっちへ!!早く!!」


だが、白鳴さんは首を横に振るだけで無言のままだ。必死に、もがき最初とは真逆に意識を隠せさせまいと持ちこたえるが、耳に彩虹寺の声が聞こえてくる。


「起きろ~晴山~琉聖さん達が帰ってきたぞ~」


やめろ、今は、目の前の人から事情を聴かないと……


すると、白鳴さんは口を動かした。


わたしはまぞくになった


は?


そこで意識は覚醒した。


勢いよく起き上がると待ち構えていた彩虹寺とぶつかる。


「いっ!?」


「くぁ……!?」


悶絶。二人一緒に数分間痛みと戦い、ようやく俺ははっきりと意識を覚醒させることができた。


「いきなりなんだ!」


「いやぁ、わりぃ……それよりも……」


俺は息を整えて琉聖さんと目を合わせる。琉聖さんは無言で目を合わせて小さくうなずく。

一班班員を背に俺は琉聖さんと対面する。


「さて、まずは、こちらの独断で君へ監視を付けていたことを申し訳ない。これはまず謝らせてくれ。」


俺は無言でうなずく。琉聖さんは俺と目を合わせ、話を次に進める。


「そして、今回の件だけど、勝手ながら言わせてもらうけど君は一般人だ。これは理解しているね?」


「はい。」


「それで、君の持っているその石だが、魔法でも魔術でもないもしくはそのどちらも持ち合わせている異様な物。君は父の形見だと言っていたね?そして、父は僕の恩師の大介さん……」


ここまでの確認、まとめを俺に伝える。俺はそれに無言で首を縦に振る。そして、話は本題へ入る。


「さて、本題だ。君は今回も一般人ながら魔族と戦闘したそうだね。」


「はい……」


俺はその日のこと、戦闘のことをなるべく覚えている範囲で話す。途中、瀕死になりそうな話で琉聖は眉を動かしたり口を手で覆ったりして話を聞いていた。


「……で、今に至ります。」


「そうか……」


琉聖さんは額に手を置き天井を見上げ、数分無言になる。そして、琉聖は口を開いた。


「……そうだな、単刀直入に言おうか……優吾くん、君は”最重要監視対象”として彩虹寺さんと行動をしてもらう。」


内容は簡単だ。彩虹寺が俺の家に泊まり風呂やトイレ以外のプライベートな時間はともに過ごしてもらうということだ。これはもちろん、彩虹寺も不服ながら賛成しており俺を睨む。


「えっと…これは一週間とか?」


「いや、もちろん毎日だ。君が戦闘に参加しなくなるまでずっとだ。」


いや、何となくわかっていた。恐らく前の蜘蛛男の件で一度出ていた案を今回の件で実行ということだろう。俺は何の反論もせずに目の前に出された誓約書に目を通す。


──────

魔法術対策機関

代表 遊馬 冬至 年 月 日


       誓約書


以下の者は最重要監視対象とする


       晴山 優吾


なお、対象は以下の事項を厳守次第、すぐに監視対象から外すことをここに誓う


         記


1.日常的に男女で問題がある生物的現象(排泄、入浴)以外は監視役と共に過ごす


2.対象が監視役を振り切った場合、対象が戦闘、その他に使用した物品は没収とし、対象への返却はない


3.監視役が異性の場合、その異性への介入詮索を禁ずる詮索介入が見られた場合は対象の一番大切なものを没収し、返却はない


               本人 印


───────────



「大丈夫かな?」


「はい…問題ないです。」


俺は誓約書にサインをした。

しかし、1週間後にこの制約の2番を発動されることになる。


13:了

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