帰り際、早速、彩虹寺が俺の後ろをついてきている。それはもちろん俺の監視のためだが、もう一人彩虹寺の隣を一緒に歩くピアスの人がいる。茶髪、成人にしては少し低めの背に女性とも男性とも取れる顔立ち。俺は思わず立ち止まりその人へ振り返る。
「どしたの~?」
「いや…ピアスさんは監視役じゃないのになんでついてくるんだろうなぁ…と。」
「気になる?」
「まぁ、それなりに…」
ピアスさんこと 天々望 四夜華は優吾へ近寄り、顔をジッと見た後体の隅から隅を観察する。優吾はその態度に四夜華の後頭部を目で追う。
「あの…?」
「ん~?あぁ…ごめんね?本当に魔力の流れが感じないなぁって思って観察しちゃった。」
優吾のことは魔法術対策機関内で「魔力を持たない謎の鎧を纏って戦う一般人」として話題になってはいる。最初は半信半疑の者も一班の班員たちの話を聞いて興味を持ち始めていたのだ。
彩虹寺は観察を続けようとする四夜華から優吾を離す。
「天々望さんやめてください。」
「いやぁ~ごめんね~?でも気になってさ~…こんな陽キャと陰キャの狭間の人間見るのも久しぶりだかさ~魔力もないのにここまでどう戦ってきたのかも気になるし~」
「それでもやめてください。一応彼は一般人なので。」
「いやぁ、魔力がないのに二度も魔族と戦ってこうやって生きてるんだからさ。」
優吾は知っている。この人は今、自分に向かって喧嘩を売っていることを。魔力がないことを気にしていることを何度もこちらへバカにするような視線でぶつけてくる。もちろん、ここで喧嘩を買ったら誓約違反になるかもしれないことも知っている。わざとかもしれない。
優吾はもちろん無視する。今までも魔力がないのをバカにしてきた輩はいっぱいいた。その都度、殴り合いの喧嘩をしてしまっては体がもたない。だから、ここは無視をすることを選ぶ。
「いやぁ、運が良かっただけですよ…」
「それでは、私たちはこれで…」
優吾と彩虹寺はそのまま踵を返し本部をあとにしようと歩き出すが、四夜華は鼻で嗤い、優吾に聞こえるように発する。
「聖人ぶっちゃって…父親に似たのかなぁ?」
優吾は足を止めて四夜華へ向き直る。
「何がいいたんですか?」
「いやぁ?父親に似て聖人面がうまいなって思ってさ…」
この人も父 大介のことを知っている人なのかと優吾は再び四夜華に近づく。だが、それはそれとして今の発言は何だと言わんばかりにわかりやすく優吾は眉間にしわを寄せる。
「どういうことですか?聖人”面”って」
「文字通りさ。聖人気取って考古学者やって、結局息子のキミを戦いに巻き込んで……愚の骨頂…いや、君のようなガキにはバカだって言った方が伝わるかな?」
「父がバカって言いたいんですか?」
四夜華は罠に喰いついたと言わんばかりにその釣り針を上げ始める。
「だから、さっきからそういってじゃん~君の父親は平和に生きてほしい君にわざわざ戦闘の道具を渡した”バカ”ってさ。」
感情的になりそうながらも頭の隅っこでなぜわざと喧嘩を売ってくるのだろうと混乱もしている。
「なぜ、父をバカにするんですか…というか、さっきからなんで俺に喧嘩を売ってくるんですか…互いにメリットはないはずです。」
四夜華は近寄ってきた優吾をまた鼻で嗤う、
「メリットデメリットじゃないんだよ。ボクがただ単に君と戦いたいだけさ。」
聞いていた彩虹寺が割って入る。
「ちょっと待ってください。天々望さんさっきも言いましたよね?彼は一般人なので戦闘させないために私が監視しているんです。それを我々が破るのは大いに矛盾しています。」
彩虹寺の言葉を聞くが四夜華はもはや優吾との戦闘にしか興味がないようでほぼ彩虹寺の言葉は耳に入っていない。
「ははっ…そんなん後でボクが始末書何枚でも書くよ。」
こうして、急遽、優吾と四夜華の模擬戦が行われることになった。三人は監視カメラがあるにも関わらず、本部の地下にある実践ルームなるところに移動した。
「班長と代表に何と説明しよう……」
頭を抱える彩虹寺をよそに四夜華は特殊合金でできたフィールドに優吾と入る。広さにしてテニスコート三個分ほどの広さ。思ったよりも大きな部屋に優吾は圧倒される。四夜華の方を見ようと視線を移したが、そこに四夜華の姿はなく、フィールドの端でストレッチしていた。そして、優吾と目が合うと大きく手を振った。
「おーい!早く準備しなよ~!!」
優吾はすでに収まった怒りを抱えつつ内心どうしようと後悔しつつ四夜華とは反対の端へ歩いた。そして、彩虹寺は頭を抱えつつ、もうどうにもなれとやけくそに思いながら二人の間へ立つ。そして、離れた四夜華へ確認をするため通信をつなげる
「はぁ…で、私が見守り役兼審判兼見張りでいいですよね?」
『そうそう~とりあえず、今回はお互いに気絶するまでかな~』
「そんなガバガバルールでいいんですか?」
『ん~そうだね…ボクが彼を殺しそうだった止めてね~』
いつも冗談なのか本当なのかわからないことを言うので彩虹寺は少し不安を抱えながらも優吾にも渡した通信機へ通信をつなげる。
「聞こえているか?」
『おぉ!つながった…おう、聞こえてる聞こえてる。ルールはとりあえず気絶するまでだったっけ?』
「そうだ、それと、目の前にいるのは今までの魔族だと思うな。立てなくなるのは覚悟しろ。」
『お、おう…分かった。』
「それと……お前はとりあえず避ける事だけは意識しろ。」
「……?お、おう。」
優吾はどういうことだと思いながら返事する。そして、彩虹寺は二人に通信をつなげる。
「それでは、これより模擬戦を始める。ルールはどちらかが気絶するまで。そして、片方は一般人なのでもしこちらの天々望さんが優吾を殺しそうになった場合は強制終了……では、双方、準備はよいか。」
「いつでも~」
「ふぅ……よし、魔装!」
詠唱と共に、鉄の塊が宙を舞う。そして、優吾がストレッチのために体を動かすと鉄の塊は一斉に優吾に刺さり始める。全ての鉄塊が優吾に突き刺さりやがて鎧の形になり、白い狼の戦士が現れた。
「
優吾の魔装を見届けた彩虹寺は開始の合図をする。
「では、始め!」
彩虹寺の手が振り下ろされると同時に、優吾は四夜華へ目線をうつし一歩を踏み出そうと足を動かしたが、一瞬目の前が暗転する。暗転したかと思いきや次に見えたのはフィールドの天井だった。
「は?」
何が起こったのかわからず全身が宙へ浮かぶ感覚を体感しながら倒れる。そして、顔を覗き込んでくる四夜華がニヤニヤとしている
「おいおい~今のはあいさつ代わりだよ~?」
優吾は急いで立ち上がり拳を打ち出すが、その攻撃は当たらずに拳からまた上へと浮かぶ。
フィールドのライトに照らされ、打ち出した拳にキラキラとしたものが巻き付いているのがわかる。優吾は四夜華と対峙した時を思い出し、ワイヤーを使っていたことを思い出す。
「そうだった……この人ワイヤーを使ってた…」
浮かび上がる足をばたつかせながら、四夜華の位置を確認する。四夜華は優吾の真下で何か魔法の準備をしている。七色に灯る炎の球をジャグリングしているようにも見える。
「いっくよ~☆
優吾へ向けてその七色の玉を打ち出すと魚魔族が優吾の心臓を貫いた時と同じくらいの速さで迫ってきた。優吾はその火の弾に反応できず直撃する。優吾は攻撃を喰らいながらワイヤーを引きちぎり、降下する。その中で先ほど受けたジャグリングショットの弾けた炎が鎧の鬣に引火しているのに気づく。炎が目に入ると優吾は詠唱する。
「
引火した炎が優吾の胸の石へ吸い込まれると鎧が一気に燃え上がりその色を真紅に変える。
その様子をみて四夜華は目を輝かせる。
「ははっ!でたらめなモノを使うねぇ……!!!」
落下し、土煙が舞い上がるフィールド内から燃え上がった狼を模した鎧が出てくる。
「
土煙を払い、四夜華と対峙する。そして、動かない四夜華にそのまま接近戦へ持ち込もうと次は素早く距離を取る。近づいてくる優吾に四夜華は避ける様子もなくただ立って待つ。優吾はそのまま拳を打ち出す準備にかかり、そしてある程度の距離に来ると跳躍し四夜華へ殴り掛かるが優吾は宙で制止する。
「な、んだ?これ……」
そのまま止まる優吾に対して四夜華は人差し指を立てる。それと同時に優吾に絡まったワイヤーがきつく閉まっていく。
「また、ワイヤーかよ……!」
「優吾ちんも甘いね~☆ボクの行動に無意味なことなんてないんだゾ☆」
絡まり、締まるワイヤーを優吾はまた引きちぎり降りる。
「くっ……そが……」
そのまま優吾はまだ避ける姿勢を見せない四夜華に拳を繰り出す。だが、その拳すらもワイヤーがかかり優吾の動きを止める。優吾は拳を引っ込めようとワイヤーを引きちぎろうとするが今までのワイヤーと違い固く簡単に引きちぎれなくなっていた。ワイヤーのことで躍起になっている優吾の背後にはワイヤーで大鎌を生成し振りかぶっていた。
「戦闘において……どれだけ靴の紐がほどけようが、それだけ歯に食べかすが詰まっていようが……」
「しまった……」
優吾が四夜華に反応した時にはもう時すでに遅し、大鎌が振り下ろされる直後だった。
「相手に背を向けることはナンセンスだよ…………
大鎌が優吾の背中へ振り下ろされる。その切っ先へ炎の球が命中する。四夜華が視線を移せば、そこには火炎弾を打ったあとであろう彩虹寺がいた。
「そこまで!!」
その合図とともに、二人は殺気を振り払う。鎧を解いた優吾は姿勢を直し、大鎌を持っていた四夜華は魔法術を解除する。
「ふぃ~終わった終わった~」
四夜華はそのまま歩いて模擬戦ルームを出ようとする。その背中を彩虹寺は呼び止める。
「四夜華さん!!」
「な~に~?」
「本当に誤魔化せるんですよね?」
四夜華は数秒考えた後にただニコリと微笑み部屋を出ていった。そんな態度の四夜華に彩虹寺は首を傾げつつ優吾へ駆け寄る。
「晴山、大丈夫か?」
優吾は無言のまま立ち上がり、彩虹寺を見るとこちらも微笑み行こうと一言いうと歩き出す。彩虹寺は訳が分からずそのまま優吾の後を追った。静まり返ったルーム内に代表 遊馬冬至と星々 琉聖が現れる。
「今のは大丈夫なのかね?琉聖第一班長。」
星々は少し困り気味に答える。
「いや~これは……まぁ、天々望第二班長が始末書を書くということで……」
冬至は微笑みながらため息をついた。
「はぁ、全く、君らは昔から変わらんね。生真面目な君が、知識欲があふれる天々望とやる気のない熱翔原の尻を叩き引っ張っていく……時には彼らの尻拭いもしながら……」
「やめてくださいよ冬至さん……はぁ、班長になったのに手のかかる奴らですよ本当……これで大介さんがいればいいですけどね……」
「さぁ、行こう……予言だが……例の優吾君はどのみち魔族騒動に首を突っ込むと思うのだが……本当に次の戦闘に参加したら石を没収するのかい?」
星々は冬至の質問について少し考える。そして、首を横に振り答える。
「もちろんです。天々望との戦闘は彼女の始末書で処理しますが、魔族との戦闘は誓約書通りに石の没収をします。」
二人は模擬戦ルームを後にした。
14:了