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15:初風

二班の班員三人はマネージャーへ連絡を済ませると護衛対象の美船 葵へ近寄る。


「今日は、もう帰宅しても良いようです。ここからは僕らの仕事の本領を発揮する番です。今度はしっかりがっちりお守りします。」


葵は三人を見て湿った服を握りうなずく。とりあえず、ここにいては目立つかもしれないと海辺は荷物を持ち歩き出す。


「とにかく、今日のところは帰りましょう。自宅までの帰路案内お願いします。」


「わかりました。」


葵は海辺に続き歩き出す。そして、三人へ帰路の案内を始める。その間、海辺は班長の四夜華へ通信を取る。


「こちら、海辺。ただいま、護衛対象の自宅に一緒に向かってます。」


『了解~こっちはこっちで面倒ごとができたからそれを片付け次第向かうね。』


「了解。こちらは初風班員に付いてもらいます。」


『おっけ~い。んじゃ、指示とかの権限を海斗ちんに渡すからボクが来るまでよろしくね~』


「はぁ、またそんな簡単に権限なんか渡して……後で起こられても知りませんよ?」


『はは~ダイジョブだよ~それじゃ、あとは頼んだよ~』


通信を切ると、陸丸と初風の二人は海辺へ視線を送る。海辺は二人を見ると軽くため息をつきながら、班長の伝言を伝える。


「班長はやることができたらしいから一度班長権限は僕が持つことになった。」


「ケッ!どうせ本部で何かやらかしたんだろ。とりあえず、行こうや。」


陸丸が小石を蹴りながら歩きだす。その後ろを無言で初風がついて行く。海辺はそんな二人の背中に微笑みを浮かべ、葵を見つめた。


「では、改めて案内お願いします。」


「はい……」


葵は少し不安そうな顔をしながら前を歩いて行った二人へ追いつき前を歩き、帰路を案内する。


「さて、僕も行こうかな…」


数十分後、満干内の高級住宅街へ入り、隣り合う家々を追い越していき一軒家に着く。玄関へ入ると陸丸が一言。


「普通、こういうのって高級だが、マンションとかの集合住宅がお決まりじゃなんか……」


海辺がその言葉を聞いて微笑みながら言う。


「東京あたりだとそんな感じだけど、満干は窪地だからねマンションとかは立てにくいでしょ。」


「そんなもんか?まぁ、いいや……」


頭を掻きながら陸丸は後ろにくっついている初風を前に出す。


「え、ちょ、え……」


困惑した初風に陸丸は言い放つ。


「こっからはお前の役目だろ?会議でも言ってたろ?」


初風は思い出したように絶望する。その様子に陸丸はため息をつき、肩に手を置く。


「お前にしかできんことだからな。頼むぞ。」


そして、玄関へ向かう陸丸の背を見て海辺は初風に近寄る。


「それじゃ、お願いね。僕と陸丸は交代まで近くのホテルにいるから何か緊急なことが起こったと思ったら通信してね……」


背を見せ玄関へ向かおうとした海辺が何か思い出したようにまた初風へ近寄る。


「そうそう、緊急事態の基準は初風ちゃんがパニックになったらでいいから。」


初風は不安そうな顔をするもうなずく。


「わ、分かりました……それでは……」


「うん、頑張って。」


男性が玄関を閉めると、初風と葵の間に沈黙が流れる。初風は緊張から葵の方を向けずにいた。そんな緊張を悟った葵は物怖じせず声をかけた。


「それじゃ、行きましょうか。初風さん。」


「は、はひ!」


緊張したまま初風は葵へついて行き、葵鄭を案内してもらう。葵は一通り紹介し、初風の手を取る。


「それじゃ、初風さん、一緒にお風呂入りましょう。」


「え?な、なんでですか?」


戸惑う初風の手を引き、葵はいいからいいからと言ってお風呂へ引っ張っていく初風も少し足を踏ん張って抵抗する。あまりにも抵抗をするので葵は一旦、力を緩め初風と目を合わせる。


「いいんですか?お風呂で魔族に襲われるかもしてませんよ?」


初風もかたまり葵と目を合わせたまま沈黙の状態になる。葵はもう一押しだと考え、さらに畳みかける。


「あぁ~不安だな~護衛対象って言われてるのに~一緒にお風呂に入ってくれないなんて~これはお仲間さんにも伝えないといけないかな~?」


「あ、あの、い、一緒に入るので、ほう、報告だけは……」


葵は少し口角を上げ、冗談ですと一言いって初風をお風呂へ連れ込む。一糸まとわぬ姿になると初風の制服も脱がしていく。初風は途中でじ、自分で脱げますと言ってお風呂に入る恰好になる。浴室へ入りそれぞれ順番に体を洗ったり、髪を洗ったりして二人で湯船へつかる。対面で座ると気持ち狭い湯船に二人は背中で合わせて入る。そして、数分が経ち葵が鼻歌を奏でる。自分の歌っている曲を少し緩やかにした感じの音程で奏でる。そして、初風の肩へ後頭部を乗せる。初風は少し驚きながらも無言でそれを受け入れる。


「ねぇ、初風さんはなんでこの仕事してるの?」


突然の初風は少し戸惑いながらも答える。


「え、えっと、私の家…一応、魔法使の名家なんですよ……」


「ふぅん、それで家業で、みたいな感じ?」


初風は首を横に振り答える。


「いいえ、逆です。私、魔力量が人より少なくて思うように魔法を使えないんです。だから、家族に迷惑かけちゃって、それで魔法術対策機関に引き取られたんです……」


沈黙が数秒続き葵は後頭部を上げ、初風に向き直る。


「ごめん。」


なぜ謝られたかわからない初風は戸惑い頭を下げる葵の前であたふたとする。


「え、あ、いや、いいですよ。迷惑かけた私が悪いんですから……」


「そんなことない。そんなことないよ。」


葵はその眼差しを優しく初風へ向ける。初風はその眼差しを受けると湯船から立ち上がり浴室を後にした。葵は初風の古傷まみれの背中を見てその背を追った。

お風呂から上がった二人はリビングへと移動する。葵の家はいわゆるリビングダイニングという設計になっており、ダイニングから食卓が見えるレイアウトになっている。葵がダイニングへ立つと食事の準備を始める。待つ間、初風は食卓でモジモジ、ソワソワとしている。その様子に葵は微笑ましく思いながらフライパンを取り出す。


「すぐにできるので待っていてくださいね。」


その言葉に、初風は葵を見ながら何かを言いたげにモジモジしている。葵はそんな初風の様子に手を止める。


「どうしました?」


「あ、あの、わ、わたし、他人ひとの作った料理を食べられなくて……すみません……」


どういうことだと思いながら葵は初風を目で追う。そして、初風は自身が着けているポシェットを手に取る。黒色で年季の入ったポシェット。そのポシェットのジッパーが開くと中からはプレーン味のバランス栄養食の箱が現れる。一袋二つの二組一箱クッキー生地の食品。初風は箱の封を開け、袋を開ける。その光景に葵は背筋に悪寒が走り慌てて初風へ近寄る。


「ま、待って待って……えっと……それが夕食なの?」


「はい…夕飯だけじゃなくて朝も昼もこれで何とかなっています。」


驚きの食生活に葵はさらに悲鳴を上げそうな顔で肩を掴んでしまう。


「食生活のアレコレは私は細かくは言えないけど、これは、ちょっと偏り過ぎだよ!?体調不良とか大病とか大丈夫なの?!」


初風はおびえながらも首を横へ振る。つまり、旋風寺 初風は今までバランス栄養食で体調も崩さず、大病にもかからなかったということである。葵は肩を落とし、初風の対面に座る。


「ごめんね。でも、聞かせて、初風ちゃんのこと…背中の古傷もそんなに周りを警戒するのも関係あるんでしょ?」


初風は首を縦に振った。


15:了

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