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2/26:落雷

最後に見た地面からの記憶がない。あの後どうなったんだろうか…拳を握って相殺しようとして前に突き出したところまでは覚えているが……結局俺は死んだのか?いやだが、こんなに思考ができていることが生死のアンサーだな。


『そんなくだらないことまだ考えているの?』


ギンロか。俺はどうなった?またフィジオと代わったのか?


『いや?君はまだ君のままだ。というか、あんだけのダメージで代われるわけないでしょ。』


……おまえ、よく俺の意識を奪わなかったな。


『ボクはね、見ているんだよ。君と君の周りの人間がどれだけ僕の知っている人間と違うか……』


何を言っているんだ?


『人間を魔族に変えることをやめるか悩んでいると言ったら分かるかな?』


……なるほど。いいぜ、たんと見ていけよ。人間の善面をよ。


『あぁ、そうさせてもらう。さて、そろそろ覚醒の時だよ。』


そうだな。だんだん体の感覚が戻ってきた。瞬間、石とのリンクが切れて体中に血液がめぐり始める。起きる前の予兆だ。そのまま目を開けて俺は全身打撲の体をゆっくりと起こして今まで眠っていたのがホテルのベッドの上だと気づいた。誰かいないかと辺りを見回すとすぐ隣で彩虹寺が椅子に腰かけて本を読んでいた。彩虹寺は俺に気づくと呆れた様子でため息を吐きながら立ち上がり部屋を出ようと踵を返して俺に背を向けた。前までは心配で目じりに涙を溜めていた可憐な彼女とは思えないほどの反応だ。俺は思わず彩虹寺の背中へ向かって呼び止めてしまった。


「さ、彩虹寺さぁん?」


「……なんだ?」


「いや、前までは結構リアクションしてくれたから今のノーリアクションは答えるなぁって……」


彩虹寺は肩を揺らしわざとらしく鼻で嗤うと俺の方へ振り向きドヤ顔で俺と視線を合わせた。


「私は約一年行方不明の君を待っていたんだ。これくらいじゃもう泣かないぞ?」


その顔に思わず心臓が跳ねる感覚が胸の奥を襲う。これは…俺じゃない男子だったら惚れてたな。彩虹寺は固まった俺の顔をそのままに部屋を出て他のメンバーを呼びに行った。ちなみにこの後、通信がつながった琉聖さんに酷く怒られたのは内緒だ。そして、メンバーが揃い、現在の状況を確認しながら作戦会議が始まった。


─────────────


落雷と百道のエキシビションマッチは、急な雷雨と百道の体調不良で一週間後に延期となった。落雷はホテル内で作戦概要を知っている海辺が一緒に部屋で護衛している。


「試合が延期になったんだ……残念」


「残念がっている場合ではないぞ。新情報だ。対戦相手の百道選手だが、すでに魔族細胞を打ち込まれて魔族になりかけているそうだ。」


「なんでそんなこと知ってんだ?」


「落雷選手からの情報提供だ。夕方ごろにスパークリングをしてボディへパンチを当てたら異常に頑丈だったことと、本人に確信をつくようなことを言ったら隠しもせずにゲボったそうだ。」


「女の子がゲボとか言うなよ……」


「私のことを女性として見てないくせに……」


「何か言ったか?」


「何も?……雪白、これからの作戦の説明を宜しく頼む。」


二人のやりとりを見ていた雪白は鼻で嗤いながら作戦概要を説明する。


「……やっと痴話げんかが終わりましたね。では説明を……落雷選手の保護は継続で、対戦相手の百道選手はエキシビションマッチ終了までにきちんと証拠を揃えてマッチ終了後に確保。そして、晴山特別班員は試合時間はアリーナ外で落雷選手を狙ってくるであろう銀色の使徒もしくは魔族の迎撃です。我々は百道選手の体液をなんとしても採取するためにアリーナスタッフに成り切ります。作戦概要は以上。では、私たちは明日に向けて休みます。お二人も早めに寝てください。」


雪白と焔と台地、旋風寺、覇々滝は部屋から出て行き、優吾の呼び止めにわざと反応しなかった。


「いや、二人って……」


「伝えてなかったな。私と君は同室だ。ま、ベッドは二つあるから問題ないだろう。」


「いやそれでも、お前、俺と一緒って、その嫌じゃないのか?」


「……さっきからなんだ?私と一緒は嫌か?小学生男児か君は。」


「は、はぁ?!何バカ言ってんの?女子と一緒でも問題ないし!俺、高校生男子だし!舐めんなし!」


「それは何キャラなんだ……まぁ、いい。私はそろそろお風呂に行ってくる。誰かさんが一向に目覚めなかったせいで最後から二番目になってしまったよ。」


「おう、そうか。俺はお前の後に入るわ。んじゃ上がったら起こして。」


何食わぬ顔で背を向けて眠った優吾に対して彩虹寺はムッとしながらも部屋についている浴室へ入ってシャワーを浴びようと入っていった。優吾はそのまま壁越しのシャワーの音を聞いて瞼を降ろした。


─────────────


落雷とは別のホテルの一室。百道 茜はドア越しにトレーナーの心配の声を聞きながら大量の汗を流して上がり続ける体温を下げるために部屋のシャワーで冷水を浴び続けていた。


「アカネ。大丈夫かい?やはりドクターを呼んだ方が……」


「大丈夫だよ。トレーナー。少し筋肉が熱を放っているだけだ。明日までには下げる……」


トレーナーは心配しつつも茜のために部屋からでて買出しに向かった。シャワーの音で聴覚はふさがれているはずだがシャワー室へ入ってきた足音が小瓶を渡してきた者だと直感してカーテンを開ける。そこにはサソリがおり微笑んでいる。茜は濡れた手でサソリに触れようと手を伸ばすが、サソリはその手を避け、茜はバスタブから前のめりで落ちる。体勢を直しながら茜はサソリへ質問をする。


「ボクの体に何が起こっているんだ?」


「現在、あなたの体は人間細胞から魔族細胞へ変換されているのです。ですが、安心してください。伸びた試合までには間に合いますよ。」


「それならいいんだ……あと一つだけ質問させてくれ……このまま体が対応できなかったらどうなるんだ?」


「ん~?そうですねぇ~理性を失った魔族になるか、魔族細胞と人間細胞が混在する肉塊になるかのどちらかですねぇ~……っと、あなたの関係者が帰ってきますねぇ……では、あなたが死なないためにこの麻痺毒を打っておきます。では……」


サソリはそういって熱の感覚を麻痺させる毒を打ち込み部屋から出て行った。


2/26:落雷

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