木々のざわめきの音、肌寒い風が吹き抜ける中、眠りから目覚めた時のように私の意識が覚醒する。
そして、お兄さんと話した事を思い出した。
(そうだ、お兄さんと会わなければ。
同じ境遇で話せて頼りになるお兄さん。
……会いたいな)
目を開けると薄暗い中、目に前に直径10センチほどの白金に輝く球体が浮かんでいた。
その強烈な自己主張の存在に意識のすべてが向く。
よく見ると輪郭がハッキリ見えないし向こうが透けて見える。
(これがダンジョンコア?)
『はい、ダンジョンコアです』
頭の中に声が聞こえる。それに私は声を出して無い。
驚いてダンジョンコアを凝視する。
ダンジョンコアの声は、男の様な女の人の様な性別不詳で事務的な声。
コアに向かって話しかける。
「ダンジョンコアさんですか、あなたの名前は何ですか?」
『有りません』
「うーーむむ、呼ぶ名前が欲しい、名前を付けていいですか?」
『はい』
「名前、名前、うーーん、ダンジョンコア、ダン、いやダンジョンコアは女性っぽいから女性名がいい。
ダンジョンは迷宮、迷宮はラビリンス、よし!
ラビ、ラビリンスのラビでいい?」
『了解、今よりラビを固有名と設定します』
「私の名前はーー 覚えて無いよ!
困った…… ラビが何か良い名前を付けて」
『了解、そうですね……サクラはいかがでしょう?』
「サクラ! 何かとてもいい響き、懐かしいような。
ありがとうラビ、サクラを私の名前にします。
これからよろしくお願いします」
と言って白金の球体にむかって丁寧なお辞儀をするサクラ。
『はい、ダンジョンマスターのサポートが任務の一つです』
自己紹介も終わって心に余裕ができたので周りが気になりはじめた。
顔を上げて前や左右を見渡す、振り返って後ろも見る。
どこを見てもまばらな木々と丈の短い草が見える。
遠くを見ても木々が見えるだけだ、ここは林の中。
人も建物も何も無い。
ふと私の手を見ると向こうが透けて見える。
「ラ、ラビーー、手が、手が透けてる!」
『はい、まだ種族決定前なので実体が有りません』
半透明な私と光球のコア。
他人に見られたら「林の中に少女の幽霊と発光体を見た件」と事件になるよ。
想像したことに震え、不安でラビに問い詰める。
「ラビ! ここ何処?」
『北海道札幌にある森の奥』
うわー、死んだ地域に居るよ。
「街は近い?」
『数時間歩けば着きますが、今から町に行くのはお勧めできません。
ダンジョンコアが見つかると攻撃されます。
今のサクラは実態が無いので攻撃も防御もできません。
ダンジョンコアを守るのもマスターの義務です。
ダンジョンコアが攻撃されたら使命失敗となり、サクラを消去して次のマスターに代替わりします。
行きますか?』
今がとても危険な状態だと身震いする。
「いいえ、まだ消えたく無いです。ここは安全ですか?」
『はい、周囲10キロに敵性生命はいません』
ホット安心して続きを聞く。
『マスターの代替わり条件は重要です、覚えてください。
1、マスターが死亡して24時間後
2、コアが攻撃される
コアは実態がありません、したがって石でも木の棒でも魔法でも攻撃の意思を持ってコアに攻撃が触れた時。
3、マスターが人類に情報を出そうと決めた時。
常に意識を監視しているので話すことが制限され話せません。
話す以外の方法を行うと決断した時点で消去です。
緊急以外は事前に警告を行います。
4、後に説明するKPが0以下になり24時間後
24時間以内にKPを1以上にすれば回避
5、マスターの使命が不履行とラビが判断した時
緊急事態以外は事前通告して改善されない時です。
以上が代替わりの条件です』
サクラはウンウン唸りながら何度も条件を頭の中で繰り返す。
「了解、もしかして私は代替わりですか?」
『はい、ダンジョンが出来てから十数年後で、日本の157代目の予定です。
試験期間が終わらないと正式な代番号が振られません』
この答えに驚く、私が死んだのはダンジョン災害から数年後。まさか災害から十数年後にここに戻るとは、死んだのがつい数時間前で管理者の話が終わった後だと思ってた。
時間が飛びすぎている、何故?
それに、代番号が大きすぎるし、試験期間?
「試験期間て何?」
『最初の4週間です。
試験期間を終了する前にノルマが果たせず、脱落する人が居ます』
「質問、他のダンジョンとマスターの場所とか名前わかる?」
『他のダンジョン及びマスターを特定する個別情報は開示できません、サクラが調べて下さい。
個を特定しない統計的情報なら開示可能な物も有ります』
゛お兄さん゛と聞いても分からないと思い、ダンジョン情報を聞くが無理だった。
すぐに会えないのを残念に思うが、分からないのは仕方がない。
会うためにも、探すためにも、生き続ける必要がある。
そのために使命を実行し結果を出す。
そう、人類の間引きである人を殺すことだ。
決意と共にラビは私に協力する人工知能(AI)として対応する。
敬語は不要ですね。
「ラビ、まず最初に何をすべき?」
『最初に、ダンジョンマスターであるサクラの種族を決めます。
人間種は指定できません』
「えっ、人間以外って何?」
『人間以外は、亜人やモンスター等のダンジョンコアが生成可能な多くの種族です』
「了解、次は?」
『次に、ダンジョンを作る必要があります。
ただし作る場所が重要です。
人の居ない場所に作ると、ノルマが果たせず代替わりします。
人が多くても見つかりやすい場所に作ると、すぐに発見され破壊されて代替わりします。
サクラの戦略に最適な位置で作るのが良いでしょう。
この二点が必要です』
「はい」
『次に、重要補足説明をします。
桜には現在ダンジョンポイントであるDPの初期値があります。
このDPを使用して、ダンジョン作成、改変、罠、モンスターの生成、マスターの初期種族生成、スキルや魔法習得、LvUP、各種装備品にアイテム等々など。
多種多様な事にDPを使用します。
DPで作った物はすべて魔素による疑似物資です。
後に説明するKPをDPに変換して補充します。
また、良い結果を出した時に報奨DPが貰えます。
この方法以外でDPの補充はありません。
ここまでは良いですか?』
「はい」
『KPとはキルポイント、殺した人の数です。
ダンジョンLVに応じてダンジョン維持費にKPが週間ごとに0時に引かれます。
今から7日後の日付が変わる時、その後7日ごとに引かれます。
KPはダンジョン維持費とDP変換の二つで消費されます。
KPがゼロ以下になると使命の損傷と判断し24時間後に代替わりします。
積極的にKPを稼がないとすぐに破綻して代替わりします。
現在のKPは1。
7日以内にダンジョン維持費又はノルマKP以上を稼がないと代替わりします。
ここまでは良いですか?』
1週間以内に人を殺せ…………
厳しい……普通の人が人殺しなんてすぐに出来ない。
脱落が多く出ても不思議は無い。
私は使命の厳しさに覚悟がまだまだ足りないと思った。
「はい……」
『ノルマとは一週間の間に追加するKP数です。
一週間の間で必要なノルマを稼がないと、使命を行う意思が無いと判断して代替わりします。
試験期間はお試し期間です。
1週間目5KP、2週間目10KP、3週間目を15KP、4週間目20KPとダンジョン維持費です。
以後は正規のダンジョンマスターになりノルマは大きく増えます。
ここまでは良いですか?』
「えっ…… 多過ぎませんか?」
『いいえ、全く持って少ないです。
1ダンジョンマスターが年間1000人殺したとして、1万ダンジョンマスター居ても年間1000万人しか減らせません。
60億を間引くには600年もかかり、とても待てません。
多くのダンジョンを作るか、ダンジョンマスターが多く殺すしかなく、試験期間は単に人を殺せる覚悟を試すだけです』
「そうですか……」
『よく聞いてください、これから全人口の9割、約60数億人を間引くのです。
一日に必要なKPは想像以上に多いです。
例えば、60億人を50年で殺す場合の概算。
6,000,000,000人÷50年÷365日=約33万人/日
これが世界全体で一日に必要なKPの概算です。
今後ノルマはどんどん増え、状況によってノルマが変化します。
また、ダンジョンもどんどん増えて行くでしょう。
強い覚悟が必要です。
よろしいですね?』
おかしい、こんなに多くの人を殺すのを普通に聞いている、私が行う事なのに。
悲しみや拒否感が少ない、何故?
「はい、ところで疑問が湧きました。
話を聞いて少し残念に思うだけの感情が異常です。
多く殺す作業が大変だと思ってしまう。
如何にしたら楽に可能なのか、その方法を既に考え始めている。
有り得ない。
絶対にその思考が有り得ない!
何か心や記憶を操作していますか?」
『はい。
管理者により個人情報の記憶消去と共に、殺人に対するモラルや常識、正義と悪、忌避感、悲しみ等、使命を行うために初期の浅い意識操作が入っています。
私の任務にマスターのサポートと監視、そしてある程度のマスターの精神誘導する権限を持っています。
管理者の操作が無ければ精神異常者以外大多数が脱落します。
精神異常者は元々選択されていません。
この処置でも人によっては時と共に殺人に対する罪悪感が溢れ精神が破綻する人や精神異常者が現れます。
その時は不適格と判断して代替わりします。
理想は、マスターの強い決意と覚悟で積極的に行動すること。
それが最も理想的な管理者の使徒になります。
ご理解下さい』
すでに精神すらも操作されていた……
それでも試験期間の脱落者がいる……
覚悟もあるが、この精神操作を最大限に受け入れて利用してやる、それが私の覚悟だ。
「理解しました。
ここで理解できないと言ったら、私は消えるのですね?」
『はい、使命を行なう意思が無いと判断して代替わりします』
私は思い出す。
あの場所に何万人居るか分からない程、多くの人が居た。
この使命と厳しい現実が有るから……
きっと脱落者の方が遥かに多い。
その替わりは死者、数百万人いても不思議はない。
ダンジョンが駆逐できないのも当然だ。
私は大きく深呼吸をする。
深く深く浅くそして深く、何度も、何度も。
聞かされた現実に、使命に、内容に、そこまでしなければ人類は滅亡を回避できないのかと。
何と人類は罪深いのだろう。
今を楽しみ、善を望み、慈悲を愛し、行き着くとこまで溢れ、そして滅亡する。
死を受け入れ、地球の上限に近い生存可能人口を否定して、永年に生存できる循環可能な少数の人口を受け入れ、その上で長い歴史と文化と技術。
そして管理者の望む星間国家へ。
管理者はすべてと言っていいほど9割を殺す事を選択をした。
それはもう変えられない事実と受け入れよう。
その尖兵として動くのを受け入れよう。
ただし日本の未来は守る!
これだけは変わらない事実。
考えよう、深く考えよう、私の目標を達成するために。
私の命をすべて使って、考え抜いて行動する。
決意と覚悟は決まった。