ほっと胸を撫でおろしていると、後ろから知らない腕が伸びてきた。
「折角、面白いお誘いなんだから、入ってあげれば? ノエル」
ユリウスがノエルの肩を抱いていた。
「ひぃっ……。どこから湧いて出たんですか!」
本気の悲鳴を上げてしまった。
皆も呆気に取られている。気配を全く感じなかった。
「クラブなら顧問が必要だよね。僕が就いてあげてもいいよ」
ニコニコするユリウスに一番の警戒を示したのはウィリアムだった。
顔には出さないように努めているが、眉がピクピクしている。
(ウィリアムはユリウス苦手設定だからな。属性魔法の性格的に合わないだろう)
この国において、光魔法と闇魔法は対極の扱いをされる。
また、光魔術師は数として多くないが、王族を始め国の重要機関の要職に就いているのは、ほとんどが光魔術師だ。
闇魔術師は、光魔術師より更に希少だ。
しかし、魔法の性質上、光魔術師の中には闇魔法を毛嫌いする者も多い。
「ユリウス先生が顧問に就いてくれるのは、有難いんじゃない? ノエルの『呪い』の解析もしている訳だし」
最初の賛同者はロキだった。
ロキは自然属性だから、毛嫌い感は薄いのかもしれない。
ノエルにとって意外だったのは、ロキの意見に頷いたのがレイリーだったことだ。
「呪いの正体は闇魔術なんだろう? 闇魔術の研究家であるユリウス先生に御助力いただけるのは、またとないチャンスだ」
(実家関連で闇魔術師と関わるの嫌がるかと思っていたけど、そうでもないんだな)
偏見なく本人の資質や実力を正しく評価する目を持っている。
だからこそ、フレイヤの剣の後継者候補と目されるのだろう。
「いいよ。その代わり、ノエルがクラブに入ることが条件」
とんでもない発言に、後ろのユリウスを睨む。
ユリウスがノエルの耳元で囁いた。
「君にとっても、利はあるよ。一人で何かするより、ずっといいと思うな」
軽く息が掛かって、がっつり避ける。
首をがくん、と反対側に倒した。
(私が一人で何かしようとしていることに、気付いたのかな。放っておいてくれたらいいのに)
全体的な流れが、メインキャラと関われと言っているように感じる。これも世界観補正なのだろうか。死んでいるはずのノエルが関わっても、物語が壊れるだけのように思うのだが。
(どうするのが正解かわからなくなってきた。もういっそ流れに乗って、メインキャラたちの傍で動きを監視するほうが良いのか……)
変な影響を与えてしまうことを懸念していたが、近くで情報を小出しにすることで行動を誘導するほうが確実かもしれない、と思えてきた。
ふと、ウィリアムとアイザックの視線を感じた。
二人は、ノエルの答えを待っているように見える。
(私の返事如何で態度を決めるつもりか? 攻略対象ともあろう存在が、情けない)
決断くらい自分でしてほしいものである。
愛の鞭、ということで、わざと決断を振った。
「ウィリアム様とアイザック様は、どうしたいですか?」
二人が顔を見合わせる。
「俺は先生に顧問をお願いしたいし、ノエルにも協力してほしい。だが、レイリーの言う通り、ノエルに無理強いはできないと思っている。『呪い』はあくまで、俺自身の問題だ。安易に巻き込めない」
なるほど、アイザックはノエルを慮ってくれていたらしい。
では、ウィリアムは? と視線を向ける。苦渋の表情を隠すように片手で顔を隠している。
(嘘ぉ、そんなにユリウスのこと嫌いなの? さすがにそこまでの設定にはしてないよ。原作者的に、ちょっとショックなんだけど)
あくまで魔法属性的な苦手設定しか設けていない。
ウィリアムの今の顔は、なんというか、ユリウス自身を毛嫌いしているように見えなくもない。
「ユリウス先生、ウィリアム皇子殿下に、何かしたんですか?」
こっそりと聞いてみる。
ユリウスは未だノエルの肩を抱いたまま、ノエルの髪を弄んでいた。
「別に何も。お仕置きで、ちょっと耳を食んだだけだよ」
(どういう状況⁉)
あまりにも驚いて言葉が出なかった。
口をあんぐりと開けて呆けるノエルに、ユリウスが笑いかける。
「病み上がりの君を勝手に連れ出したでしょ。だから、僕の許可を取ってねって伝えたんだよ。今日も勝手に連れ出されたから、またお仕置きが必要かなぁ」
(そういえば、二次創作のBLではユリウィル結構人気あったなぁ)
遠い目で、ぼんやり思い出す。
(これは、ウィリアムが嫌っても仕方ねぇわ)
曲がりなりにも乙女ゲのメインヒーローだ。男色の毛はないだろう。
ちらり、とユリウスを窺う。
(ユリウスは、何でも食いそうだけどな。同じゲームの攻略対象だけども)
呆れた視線を送る。
「僕に対して失礼なこと、考えているでしょ?」
「考えて、いません」
ノエルはユリウスの視線を流した。
二人がこそこそ話をしている間に、アイザックたち四人はウィリアムの説得を試みていたようだ。
「ユリウス先生」
決意した顔のウィリアムが振り返った。
「私は、知識も経験も豊富なノエルが欲しい。その為なら多少の我慢……、いえ、その為にも、ユリウス先生に是非顧問をお引き受けいただきたい」
頑張ったなぁと思いつつ、ウィリアムを眺める。
耳を食まれたのは、相当ショックだったようだ。決意の表情がありありと伝わる。
(私は特に経験豊富ではないけどな。一体、何の経験を求められているのだろうか)
「あげないよ」
ユリウスが即答した。
「ノエルは誰にもあげない。だから僕が顧問になるんだよ。これからも勝手に持って行かないように、気を付けてね」
ユリウスがノエルの耳を食んだ。
「ひぃゃ……」
おかしな悲鳴を出してしまった。
攻撃がこっちに向くとは思っていなかった。
(この雑食めっ。どういうつもりの発言なんだ。誤解されるじゃないか。私にばかり執着しすぎだ。一体、どうしてこうなった……)
よく考えたら、魔石に『呪い』、全属性適応者と、ユリウスがノエルに興味を持つ要素が満載だ。
モブのくせに主人公を上回って設定盛過ぎである。
(このままじゃ、
あってはならない状況に気が付いてしまい、愕然とする。
(アイザックルートに入っているから問題はないっちゃないけど。バッドエンドに転がる危険だってある。その場合はレイリーがフレイヤの剣を継承してくれる。だけど……)
このゲームは、主人公が攻略対象とどの程度、親密度を上げるかでフレイヤの剣を誰が継承するかが決まる。
どのエンドに進もうと、誰もフレイヤの剣を継承しなかった時点で、結界が崩壊し世界が破滅する。
(最も安全なのは、マリアが誰のルートに進もうと攻略対象とは全員、一定以上の親密度を保っておくこと。友情ルートにも入れるし、仮にマリアが剣を放棄しても、他のキャラがフレイヤの剣を継承してくれる)
つまりは
(ノエルがクラブに入ればユリウスが顧問になる。マリアと接触する機会も増えるはずだ。クラブに入れば……)
ノエルは頭を抱えた。
(でも、モブとしての立ち位置が……。私は原作者で黒子、しかもノエルは本来死んでいるはずのモブ。大筋に関わるべきではない。でも、このままじゃ親密度が。ユリウスの興味が。親密度か、モブか……ぐぬぬ)
かなりのジレンマの末、ノエルは決断した。
「皆様、これから、よろしくお願いいたします」
ノエルは深々と頭を下げた。
(今は何より、親密度だ)
かくして当初の予定は破綻し、ノエルはメインキャラとがっつり絡む羽目になった。