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DOUBLE TROUBLE
DOUBLE TROUBLE
烏丸千弦
ミステリーサスペンス
2025年05月01日
公開日
1.3万字
連載中
【ZDV series #9】 世界的な人気を誇るロックバンド、ジー・デヴィール。そのフロントマンであるルカは、学生の頃から恋人関係にあるバンドメイトのテディと、そろそろ結婚しようと考えていた。 あらためてプロポーズをしたルカは、この機会にと過去のあやまちををテディに打ち明ける。ルカの誠実さにうたれたテディも、ずっと秘密にしていたあることを話す。しかしルカは何故云わなかったとテディを責め、プロポーズを撤回して姿を眩ませてしまう。 その話を聞き、ルカに憤りテディに寄り添おうとするユーリと、ルカの気持ちもわかるというドリューが言い争いから取っ組み合いの大喧嘩を始め、解散宣言までとびだす始末に。 ヨーロピアンツアーが始まっても、ずっとルカとテディの仲は冷えきったまま。そのうえ、プラハで自宅と事務所に何者かが侵入するという事件が。その後また楽屋が荒らされ、鏡には脅迫文のようなメッセージが残される。 いったいなにが起こっているのか。途惑いながらもツアーを続けるジー・デヴィールだったが、更に恐ろしい事件が起こり―― ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ZDVシリーズ、四作めの長篇です。 他作品についてはこちら↙でご案内しております。 碧柘榴庵 -aozakuro an- ≫ https://karasumachizuru.tumblr.com 作中に登場するアリーナなどは、実際にコンサートで使用される現存する施設です。一部、物語の設定である二〇一五年当時の名称を使用しているため、今とは違っているところもあります。 一ヶ所だけ、凶事が起こる場所のみ架空の施設名をつけています。 ※【カクヨム】【pixiv】でも公開しています。 ※ 作者は未熟です。加筆修正については随時、気づいた折々に断りなく行います。が、もちろんそれによって物語の展開が変わるようなことはありません。 ※ この物語はフィクションです。作中に登場する実在の人物・団体等と一切関係はなく、描かれているのは作者のリアリティのある夢に過ぎません。 ※ この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

Intro. 追われている女と囲まれていた男

 女は背後を気にしながら、石畳の細い路地を足早に歩いていた。


 不規則に入り組んだ雑然としたみちは、連なる路上駐車で窮屈に狭まっている。反対側には露店が並び、観光客が立ち止まっては往き交う人の流れを妨げる。女は額を伝う汗を感じながら肩からかけたバッグにそっと手を入れ、硬く冷たい感触を確かめるように握りこんだ。

 人混みのなかを縫うように進んでいく。ひたすらに進める足は我知らず、徐々に速度を増している。だが自分を追ってくるその気配は、だんだんと距離を縮めてきていた。気づけば土産物屋や飲食店の看板は減り、落書きの目立つ古い建物の壁ばかりが前方に見えている。振り返ればいつの間にか、足止めと目隠しになっていた観光客の姿もかなり少なくなっていた。

 このまま人気ひとけのないほうへと進むのは危険だ。

 女は振り返って辺りを見まわし、バッグから手を出した。キリル文字の記されたポスターが貼られている塀を身軽に乗り越え、街路樹が涼しげに影を落としている広場を抜ける。その先は古代ローマ時代の競技場遺跡がある観光スポットで、カメラやスマートフォンを手にした旅行者らしき人々で溢れかえっていた。

 そのなかでも、特に人の集まっている一角が目についた。俳優かなにかなのだろうか――ラフに着熟したスーツが映える長身、くるくると畝るソフトブラウンの長い髪。サングラスをかけていてもひと目でハンサムとわかるオーラを纏った若い男が、大勢の女性たちに囲まれている。

 女は汗ばんだ手をぎゅっと握りしめながら近づき、その人の輪のなかに紛れこんだ。


「――ルカ! ひとりなの? テディは? バンドの皆は来ていないの?」

「プロヴディフへはどうして? 休暇? それとも映画かなにかのロケ?」

「ずっとファンなんだ、サインを……いや、かまわなければ一緒に写真をおねがいしたいんですけど……」

「ああ、いいよ。じゃあみんなで競技場跡をバックに並んで撮ろう。……あはは、そんなにくっつかなくてもちゃんと写るよ――おっと!」

「ごめんなさい」

 やはり有名人だったらしい。ぶつかったことを謝りながら女はその人集りを通り抜け、さらに人や車が多く往き来する広い道路のほうへと走りだした。


 背後に足音が続く。走る車を躱して道路を渡る。追手の目を晦ませるために入った路地はまた細く、人通りも少なかった。この辺りはまるで迷路のようで、本当に厄介だ。念を押すようにさらに路を折れるが、そこにはもうまったく人影がなかった。

 女は唇を噛んだ。逃げきれないかもしれない。路上に駐められた車の陰に隠れ、バッグから拳銃ハンドガンを取りだす。こんなところで、なるべくなら撃ち合いなどしたくない――なんとかやり過ごせていればいいのだが。

 スライドを引いて装填し、そっと来た路のほうを覗う。追手の姿は見えなかった。撒けたのだろうか? ずらりと路肩に並ぶ車、街路樹、大きなダンプスター。身を隠しているとすればあの辺りかと、女は銃を構えたままゆっくりと立ちあがり、視点をずらしていった。

 その瞬間。銃声が路地内で反響すると同時に、灼けるような熱さを肩に感じた。撃たれた。反撃しようとする手に力が入らず、銃を取り落とす。そして視線を上げたと同時にはっとする――銃口が真っ直ぐ自分に向けられていた。万事休すだ。

 轟いた音とともに噴きだす血が弧を描き、女の躰は仰向けになって石畳に倒れこんだ。澄んだ水色の空と白い雲が、みるみる灰色を濃くして無になってゆく。

 しかしその瞬間、女はふっと笑みを浮かべた。


 ――彼なら、きっとみつけてくれる。


 近づいてくる足音を聞きながら、女は霞んでゆく目をゆっくりと閉じた。

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