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第3話 置換(リプレイス)

クソっ、やっぱりダメか!


トカゲ怪物の一匹が、素早い動きで飛びかかってきた。

俺は咄嗟に鉄パイプで薙ぎ払うが、硬い鱗に阻まれ、浅い傷しか与えられない。

怪物は怯むことなく、さらに距離を詰めてくる。


「陽太、後ろ!」


美羽の叫び声。

振り返る間もなく、別の怪物が俺の背後から襲いかかろうとしていた。

鉄パイプを持つ腕が痺れる。

三対一では、どう考えても勝ち目がない。


「きゃっ!」


美羽が、一番近くにいた怪物に角材で殴りかかった。

怪物は一瞬怯んだが、すぐに怒りの形相で美羽に狙いを定める。


まずい、美羽が危ない!


その瞬間、俺の頭の中で何かが弾けた。

美羽に襲いかかろうとする怪物と、すぐ近くに転がっていた瓦礫の山。

二つのイメージが重なる。


(入れ替われっ!!)


意識が、まるで細い糸を手繰り寄せるように、二つの対象に集中する。

次の瞬間、目の前の光景が歪んだ。


美羽に飛びかかろうとしていたトカゲ怪物が、忽然と姿を消した。

代わりに、その場所に、大量の瓦礫が降り注ぎ、ガシャガシャと音を立てて崩れ落ちる。

そして、消えた怪物は、数メートル離れた瓦礫の山があった場所に、突然出現していた。

何が起きたのか分からず混乱している怪物の頭上から、さらに不安定になっていたビルの外壁の一部が、タイミングよく崩落してきた。


グシャッ!


鈍い音と共に、怪物は瓦礫の下敷きになった。

動かない。

やったのか…?


「陽太…!」


美羽が俺の腕にしがみつく。

残りの怪物二匹は、仲間がやられたのを見て、一瞬動きを止めた。

チャンスだ!


「美羽、走るぞ!」


俺たちは、怪物がいる方向とは逆へ、全力で走り出した。

背後で怪物の怒りの咆哮が聞こえたが、幸い追ってくる気配はなかった。


どれくらい走っただろうか。

息が切れ、足がもつれそうになった頃、俺たちは小さな商店だったと思われる廃墟に転がり込んだ。

ショーウィンドウは割れ、商品はほとんどが略奪されたのか、床に散乱している。

それでも、壁があるだけマシだった。


「はぁ…はぁ…助かった…」


俺は壁に背中を預け、ずるずると座り込んだ。

美羽も隣に座り込み、荒い息を繰り返している。


「陽太、さっきの…あれ、なに…?」


美羽が、怯えと好奇の入り混じった目で俺を見た。

もう、隠している場合じゃない。


「…俺にも、よく分からないんだ。

でも、地震の後から、時々…物を、入れ替えられるみたいなんだ」


俺は正直に話した。

ビルでコンクリート塊と消火器を入れ替えたこと。

さっき、瓦礫と怪物を入れ替えたこと。


「物を…入れ替える…?」


美羽は信じられないという顔をしている。

当然だ。

俺だって、まだ半信半疑だ。


「うん…。

でも、うまくコントロールできない。

さっきみたいに、美羽が危ないって思った時とか、強く念じると、たまに発動するみたいだけど…」


俺は自分の右手のひらを見つめた。

この奇妙な力。

いったい何なんだ。


「入れ替える…置換、するってこと?」


美羽が呟く。


「置換…そうか、そういうことか」


物を、空間的に入れ替える。

まさに「置換」だ。

しっくりくる言葉が見つかった気がした。


「なんか、ゲームみたいだね。

スキル名、みたいな」


美羽が少しだけ、緊張を解いて言った。


「スキル名、か…。

じゃあ、俺のは『置換』だな」


言葉にすることで、この得体の知れない力が、少しだけ自分のものになったような気がした。


「置換…英語だと、リプレイス、かな?」


「リプレイス…」


俺は口の中でその言葉を繰り返した。


「よし、決めた。

俺のこの能力は、『置換(リプレイス)』だ」


そう宣言すると、不思議と力が湧いてくるような気がした。

まだ不安定で、ろくに使いこなせてもいないけれど、これは俺の力なんだ。


「でも、なんで陽太にだけ、そんな力が…?」


「さあな…。

ラジオじゃ、他の奴にも能力が出てるって言ってたけど」


「もしかしたら、私にも…?」


美羽は自分の両手を見つめたが、特に何も起こらなかった。


「まだ分からないことだらけだな。

とにかく、今は生き延びないと」


俺たちは、リュックからペットボトルの水を取り出し、少しずつ飲んだ。

乾いた喉に、水が染み渡る。

少し落ち着いてから、俺は再びラジオのスイッチを入れた。

ノイズ混じりだが、今度はもう少し長く、安定した放送を捉えることができた。


『…依然として、都心部および周辺地域では、正体不明の大型生物、通称「異形(いぎょう)」による被害が拡大しています。

自衛隊および警察も出動していますが、通常の火器が効きにくい個体も確認されており、苦戦している模様です…』


異形。

そして、俺の「置換(リプレイス)」。

世界は確実に変わってしまった。


『…また、各地で、異能力、あるいは「スキル」と呼ばれる特殊な能力に目覚めた市民が確認されています。

救助活動や異形との戦闘で活躍する者もいる一方、この混乱に乗じて、能力を悪用し、略奪や暴行などの犯罪行為を行う者、集団も報告されています。

特に、渋谷、新宿などの繁華街では、一部の能力者グループが暴徒化し、無法地帯と化しているとの情報も…』


暴徒化。

能力を持った人間が、牙を剥き始めている。

俺のこの力も、使い方を間違えれば…。

いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


『…交通網は寸断されており、政府からの正式な避難指示なども届きにくい状況です。

市民の皆様は、可能な限り安全な場所に留まり、むやみに移動することは避けてください。

繰り返します…』


ラジオから流れてくる情報は、絶望的なものばかりだった。

安全な場所なんて、どこにある?

この「置換(リプレイス)」も、怪物や悪意を持った能力者に通用するのか?


「…やっぱり、行くしかないんだ」


俺は呟いた。


「九州に…?」


美羽が不安そうな顔で俺を見る。


「ああ。

ここにいても、ジリ貧だ。

それに、もしかしたら…九州なら、まだマシかもしれない」


何の保証もない。

これから先の道のりは、今日以上に危険なものになるだろう。

異形だけじゃない。

人間も信じられないかもしれない。


「俺のこの『置換(リプレイス)』…まだ全然ダメだけど、無いよりはマシだ。

これで、なんとか…」


俺は自分の右手を握りしめた。

この力で、美羽を守る。

そして、二人で生き延びるんだ。


「うん…わかった。

行こう、陽太」


美羽は、俺の目を見て、しっかりと頷いた。

その瞳には、もう怯えだけではない、強い光が宿っていた。

俺たちは、一人じゃない。


「よし。

とりあえず、日が暮れる前に、もう少しだけ進もう。

まずは、この先の大きな川を渡る方法を探さないと」


俺たちは地図を持っていなかったが、なんとなくの方向は分かる。

まずは、多摩川か荒川か、どちらかの大きな川を越えなければ、西へは進めないはずだ。


短い休息を終え、俺たちは再び立ち上がった。

リュックを背負い直し、武器を握りしめる。

廃墟となった商店を出て、夕暮れが迫る、静まり返った、しかし危険に満ちた街へと、再び足を踏み出した。

名付けたばかりの「置換(リプレイス)」を頼りに、俺は美羽を守りながら、西を目指す。

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