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第6話 川岸の情報と新たな希望

朝日が昇り、夜の恐怖を洗い流していく。

とはいえ、街の惨状がより鮮明に見えるようになっただけで、安心できる状況には程遠い。


俺と美羽は、警戒しながらも、昨夜の恐怖から解放されたことに少しだけ安堵しつつ、再び多摩川の川岸を目指した。

あの廃ビル周辺には、幸い、異形の気配は感じられなかった。


「…誰もいないね」


昨夜、生存者グループが焚き火をしていた橋の袂にたどり着いたが、そこには彼らの姿はなかった。

燃え尽きた焚き火の跡と、いくつかの空き缶や包装紙が転がっているだけ。

争ったような痕跡は見当たらない。


彼らも、俺たちと同じように、夜明けと共に行動を開始したのだろう。

少しだけ、ほっとした。

同時に、あのライフルを持った男たちのことを思い出し、油断は禁物だと気を引き締める。


「さて、どうやって渡るか…」


俺は改めて、目の前の大きな川と、無残に崩落した橋を見つめた。

川の流れは、見た目にはそれほど速くない。

だが、泳いで渡るには距離がありすぎるし、水の中に何が潜んでいるか分からない。

対岸を見渡しても、都合よくボートが流れ着いている様子もなかった。


「陽太、『置換』は使えないの…?」


美羽が尋ねる。


「試してみるけど…」


俺は対岸にある手頃な大きさの岩と、こちら岸の瓦礫をイメージして『置換』を試みたが、やはり何の反応もない。

精神を集中させても、まるで分厚い壁に阻まれているような感覚だ。


「ダメだ…。

距離が遠すぎるか、あるいは川自体が何か邪魔してるのかも…」


能力の限界を改めて痛感する。

これでは、川を渡る切り札にはならない。

俺は視線を川岸に向けた。

地震と、その後の増水か何かで打ち上げられたのだろう、大小様々な流木や瓦礫が散乱している。


「…なあ、美羽。

筏(いかだ)、作れないかな?」


「筏?」


「ああ。

ああいう木を集めて、ロープか何かで縛って…」


しかし、言葉にしながらも、すぐにそれが非現実的だと気づいた。

二人だけで、十分な大きさの筏を作るのは途方もない時間がかかる。

それに、木材を縛るための丈夫なロープなんて、都合よく見つかるはずもない。


「…やっぱり、無理か」


俺たちは、再び途方に暮れかけた。

何か、何か方法はないのか…。


その時、少し離れた川岸で、人の声が聞こえた。

見ると、小さな子供を連れた夫婦らしき三人組と、若い男性が一人、身を寄せ合うようにして座り込んでいる。

彼らの手元には、小さなラジオがあった。


俺と美羽は顔を見合わせ、警戒しつつも、ゆっくりと彼らに近づいてみた。

情報が必要だった。


「あの…すみません」


俺が声をかけると、彼らは一様にびくりと体を震わせ、警戒の表情を浮かべた。

特に、若い男性は鋭い目つきでこちらを睨んでいる。

夫婦のうち、夫らしき男性がおずおずと口を開いた。


「…な、なんでしょうか…?」


「俺たちも、この川を渡りたくて来たんですが…何か情報を知りませんか?」


俺はできるだけ敵意がないことを示しながら尋ねた。

夫婦は顔を見合わせた後、妻らしき女性がラジオを指差した。


「ラジオで、断片的にですが…。

この辺りの橋は、ほとんどダメみたいです。

それに…」


女性は声を潜めた。


「少し下流の△△橋は、変な力を持った人たちが封鎖してるって…通ろうとした人が襲われたとか…」


やはり、能力者による危険な動きは現実になっているらしい。

△△橋がダメとなると、他の橋も似たような状況かもしれない。


ラジオからは、ノイズ混じりのアナウンサーの声が聞こえてくる。


『…〇〇地区の市民センターは、現在も避難所として機能していますが、食料、医薬品ともに不足しています…各地で食料を巡るトラブル、暴行事件が発生…能力者による組織化の動きも…「ギルド」を名乗るグループが…』


ギルド…。

まるでゲームだ。

だが、現実に起きていることは、命懸けのサバイバル。


「私たちは、どうしたらいいのか…」


母親が、不安そうに子供を抱きしめる。

彼らも、絶望的な状況にいるのは同じだった。


俺は考えた。

彼らと行動を共にするか?

いや、人数が増えれば目立つし、食料の消費も増える。

それに、互いに疑心暗鬼なこの状況では、集団行動はリスクも高い。


「…情報、ありがとうございます。

助かりました」


俺は礼を言い、美羽に目配せした。

美羽も頷く。

二人で進むしかない。


「俺たちは、もう少し上流の方へ行ってみます。

もしかしたら、渡れる橋があるかもしれない」


夫らしき男性は、「そうですか…お気をつけて…」と力なく言った。

若い男性は、最後まで疑いの目を向けていた。


俺たちは、その場を離れ、川沿いを上流に向かって歩き始めた。

具体的な根拠はない。

だが、じっとしていても何も始まらない。

それに、ラジオの情報によれば、下流は危険な能力者グループがいる可能性が高い。

上流なら、まだ希望があるかもしれない。


「陽太、大丈夫? 疲れてない?」


美羽が心配そうに声をかけてくる。


「ああ、平気だ。

それより、美羽こそ」


「私も大丈夫」


互いに気遣いながら、俺たちは黙々と歩いた。

明確な目標ができたことで、さっきまでの絶望感は少し薄れていた。


道中、俺は時折、足元の小さな石や、邪魔になっている瓦礫を『置換』で移動させる練習を試みた。

成功率は上がってきたが、まだイメージ通りにいかないことも多い。

それに、連続で使うと、やはり頭が重くなるような疲労感がある。

この力をもっとうまく使いこなさなければ、この先、生き残れない。


川の流れは、少しずつ変化しているように見えた。

果たして、この先に、俺たちが渡れる橋は残っているのだろうか。

期待と不安を胸に、俺たちは上流を目指して歩き続けた。

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