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第7話 共闘と希望の橋

多摩川沿いを上流に向かって歩き続けて、どれくらい経っただろうか。

日差しは真上から照りつけ、じりじりと肌を焼く。

額から流れる汗を手の甲で拭いながら、俺は美羽を振り返った。


「大丈夫か? 少し休むか?」


「ううん、まだ平気」


美羽は気丈に答えたが、その顔には疲労の色が隠せない。

無理もない。

ろくな食事も睡眠も取れず、いつ異形に襲われるか分からない状況で歩き続けているのだ。

精神的な消耗も激しいはずだ。

俺自身も、足が鉛のように重かった。


周囲の景色は、都心部のビル群から、次第に住宅地や低い建物、そして緑地が混じる郊外のそれに変わってきていた。

それでも、地震の爪痕は至る所に残り、傾いた家屋やひび割れた道路が痛々しい。


川幅が少し狭まり、開けた河川敷のような場所に出た時だった。

草むらが、ガサガサと不自然に揺れた。


「…!」


俺と美羽は同時に足を止め、武器を構えた。

次の瞬間、茂みの中から、複数の影が飛び出してきた。


それは、鳥のような鋭い嘴と鉤爪を持ちながら、体は鱗に覆われたトカゲのようで、背中には不格好な皮膜の翼を持つ、奇妙な生物だった。

大きさは大型犬ほどだが、動きが異常に素早い。

数が、五匹。

明らかに、俺たちを獲物として認識している。


「くそ、またかよ!」


俺は鉄パイプを握りしめ、美羽を背後に庇うように立つ。

美羽も、角材を両手でしっかりと握っている。


キシャァァァ!


甲高い鳴き声を上げ、異形たちが一斉に襲いかかってきた。

左右から回り込もうとする個体、正面から直線的に突っ込んでくる個体。

連携が取れている。


「美羽、離れるな!」


俺は突っ込んできた一匹に鉄パイプを叩きつけるが、素早く避けられ、腕のあたりを鉤爪で浅く切り裂かれた。


「いっつ…!」


熱い痛みが走る。

このままじゃ、数に押されてやられる。

練習の成果を見せる時だ。


(落ち着け…イメージしろ…!)


回り込もうとしていた一匹の足元。

その地面と、すぐ近くに転がっていた不安定な瓦礫の山を『置換』!


瞬間、異形の足場が崩れ、体勢を崩して転倒した。

よし!


すぐさま、別の異形が横から飛びかかってくる。

その軌道上に、少し離れた場所にあった錆びたドラム缶を『置換』で出現させる!


ガンッ!


異形はドラム缶に激突し、キャン!と悲鳴のような声を上げて地面に転がった。

手応えあり!


「陽太、後ろ!」


美羽の声。

気づくと、別の異形が俺の死角から飛びかかろうとしていた。

まずい、対応できない!


その時、美羽が叫びながら、角材を異形に叩きつけた。

バキッ!と鈍い音がして、異形が怯む。

以前の美羽なら、恐怖で竦んでしまっていたかもしれない。

だが、今の彼女の目には、恐怖を乗り越えようとする強い意志があった。


「陽太、しっかり!」


美羽の檄が飛ぶ。

俺はハッとして、体勢を立て直した。

そうだ、一人で戦っているんじゃない。


一体の異形が、再び美羽に襲いかかろうとしている。

俺は、その異形の頭上と、少し離れた場所にある、手頃な大きさのコンクリートブロックを捉えた。


『置換(リプレイス)!』


コンクリートブロックが異形の頭上に瞬間移動し、落下する。

ゴッ!という鈍い音と共に、異形は頭を砕かれ、動かなくなった。


残りは二匹。

仲間がやられたのを見て、異形たちの動きが明らかに鈍った。

しかし、こちらも限界が近い。

『置換』を連続で使用したせいで、頭がクラクラし、視界が霞む。

体が重い。

これが、能力の代償か…。


「陽太、大丈夫!?」


美羽が俺のそばに駆け寄る。

残りの異形二匹は、俺たちが消耗しているのを見て取ったのか、あるいはこれ以上の損害を嫌ったのか、キシャア、と威嚇するような鳴き声を残して、素早く茂みの中へと逃げていった。


「…はぁ…はぁ…行った、か…」


俺はその場にへたり込んだ。

全身から力が抜けていく。

美羽も、角材を落とし、荒い息をつきながら隣に座り込んだ。


「…やったね、陽太」


「ああ…美羽も、すごかったぞ。

助かった」


俺が言うと、美羽は少し照れたように俯いた。

「陽太こそ…。

あの力、前よりすごい」


「…でも、使うと、かなり疲れるみたいだ。

もっとうまく、効率よく使わないと…」


能力の有効性を実感すると同時に、エネルギー管理という新たな課題が見えた。

そして、美羽の成長。

ただ守られるだけの存在じゃない。

俺たちは、二人で戦っているんだ。

そのことが、何よりも心強かった。


十分ほど休息し、傷口を布で縛って応急処置を済ませてから、俺たちは再び立ち上がった。

幸い、傷は浅かった。


「行こう。

橋は、もうすぐのはずだ」


疲労困憊だったが、異形を撃退できたこと、そして美羽との連携がうまくいったことが、俺たちに新たな力を与えてくれた。


川沿いをさらに歩くこと、三十分ほど。

前方に、橋が見えてきた。

遠目だが、その姿は…崩れていない!


「あっ…! 陽太、見て!」


美羽が歓声を上げる。

俺も、思わず息を呑んだ。

橋だ。

ちゃんと繋がっているように見える。

希望の光が見えた気がした。


「よし…!」


しかし、喜びも束の間、俺たちはすぐに表情を引き締めた。

橋が無事だとしても、渡れるとは限らない。

異形の巣窟になっているかもしれないし、ラジオで聞いたように、危険な能力者グループが封鎖している可能性だってある。


「…慎重に行こう、美羽」


「うん」


俺たちは、逸る気持ちを抑え、周囲を警戒しながら、ゆっくりと希望の橋へと近づいていった。

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