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第4話

 朝の通学路。

 見慣れた道のはずなのに、今日はやけに空気が重く感じた。

 前を歩く女子たちの会話が、風に乗って耳に入ってくる。


「まただって。今度は駅前のビルの裏手で……」

「怖っ……! 女の人ばかり狙われてるんだよね?」

「倒れた人、変なことをずっと呟いていたって……。なんか、心霊的なやつじゃないの?」


 俺は立ち止まって空を見上げた。

 曇ってはいるけど、特に変わった様子はない。ただの鈍色の空。

 でも――。胸の奥がざわつく。

 あの夜、禍影と初めて対峙したときの『気配』に、どこか似ていた。


 ――まさか、もう一体、現れてる?


 そんな予感を抱えたまま学校に着くと、ミツキが落ち着きなく視線を泳がせていた。

 彼女は何かを感じているのだろうか?


「おはよう、ミツキ」

「……! マサムネ君か。おはよう」


 俺の呼びかけに驚いて振り向く彼女。


「どうしたの、ミツキ」

「最近、女の人ばかりが襲われる事件が多発しているの。

 聞いた話だと、襲われた女の人はうわ言みたいなことを言ってたりしてるって。

 それでね、ユキミと一緒に被害者の女性の心の中を覗いたの」


 ミツキが取り出したノートの端に、黒いモヤのようなものとねじれた人影を描き始めた。


「でもね、読めなかったの。奥になにか黒いのがいたの」


 その言葉に、胸がざわつく。


 ――禍影だ。


 あのバケモノ、人の心に巣食ってるのか。


「黒いのって……。禍影とかいうバケモノが?」

「そうかもしれない」

「前に倒したのとは、また違う感じなのか?」

「多分そうだと思う」


 ミツキが言う。


「おはよう、二人とも」

「おはよう、ユキミ」


 俺とミツキがユキミに返事をした。


「……あの禍影が出た話ね?」


 ミツキが頷く。


「気を抜かないほうがいいわ、マサムネ。次のやつは、もう動き出してるかもしれないわよ」


 教室の窓の外、曇天の隙間から差し込んだ光が、一瞬だけ揺らいだように見えた。

 ――何かが、街のどこかで、静かにうごめいている。

 そんな気がしてならなかった。


 ▲▽▲▽▲


 ユウカは、強くスマホを握りしめていた。

 画面には、男の名前と『既読』の文字。そして、それ以上、何もなかった。


 ――まだ信じていたのに。


 ――あんなの全部、ウソだっていうの?


 最初は優しかった。言葉も、仕草も、約束も。

 プロポーズだって、冗談には聞こえなかった。あの時はそう思ってた。

 でも気づけば、通帳は底をつき、指には、安物の指輪すら残っていない。

 彼は他の女と逃げたのだろう。自分から金を毟れるだけ毟って。未来も奪い去った。

 紹介してくれた相談所に、泣きついたが、当人同士の問題で私たちは関知できないと冷たく返された。


(誰も、私を見てくれない)

(あの人のせいなのに……)


 心が歪んだその瞬間だった。

 黒い影が、彼女の胸の中に入り込むように溶けた。

 目が見開かれ、呼吸が止まる。

 体の奥から、言葉にできないほどのねっとりした『怒り』がユウカにこみ上げてくる。


「……壊してやる……幸せそうな……女……全部……」


 焦点のあってないような瞳が、窓の外にある相談所の看板を捉えた。

 笑顔のカップルが描かれたその広告が、ユウカの視界の中で歪む。

 彼女の心の中に忍び込んだ『禍影』はそれを『依代』にして、現実へと侵蝕を始めていこうとしていたのだ――。

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