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第7話

 ――空間の歪みを感じた。


 ミツキとユキミと何事もなければいいな、と会話していた直後だった。


「禍影が現れたわね」

「あぁ。だろうな」


 どこで歪んでいるかわからず、自分の感覚を頼りに動くしかなかった。


「グオアァァァ」


 やがて、街の中心に出ると、叫び声を上げて暴れまわるのは、異形に変貌した男たちがそこにいたのだ。

 腕は異様に肥大化し、筋繊維のような禍々しい影が彼らの体を這っている。

 どこか彼らの姿に見覚えがあるような感覚を覚えた。


 ――将棋トリオか!?


「もしかして彼らって……」

「龍胆、飛田、隅原!?」


 ミツキとユキミが驚く。


「でも……もう、まともじゃない……あんなに変化していたら」

「くそっ……!」


 俺は彼らに呼掛けた。


「おい、将棋トリオ! お前ら、何やってんだよ!」


 しかし、返ってきたのは獣じみた咆哮だけだった。


「なあ、ミツキ、ユキミ。あの状態から戻すことはできないのか!?」

「……ええ。できないわ」

「ああ、そうか。……え、できない?」


 冷たく言い放つユキミの言葉に驚く。


「ええ。できないわ。あれほどまでに禍影に蝕まれてしまったら、人間に戻すことはできない。

 あれこそ狂戦鬼そのものなのよ」

「鬼になっちまった……ってことなのか……!?」

「そういうこと。あれを放置したら、被害が拡大して、誰かが死ぬ」

「――ッ! なら……」


 俺が炎の剣を出そうとしたが、出てこない。


「……無理よ。マサムネ、あなたの心が揺らいでる。明王は力を貸してくれないわよ、きっと」

「ミツキ。私がやるわ」

「ええ。お願い」


 ユキミが携えていた聖剣の刀身が輝き出した。


「――正義を執行する」


 こちらに気がついた鬼に成り果てた龍胆が、豪腕をユキミに伸ばすが、見えない光の壁に阻まれる。


「鬼に情けは無用。『人を守る』という私の正義の前に、邪鬼は消え去るのみ」


 聖剣の刀身から光が溢れ、ユキミの背丈の何倍もの大きさへと伸びていく。


「――断罪・光滅一閃こうめついっせん


 巨大な光の刃が振り下ろされ、鬼と成り果てた龍胆を真っ二つに切り裂いた。

 龍胆は断末魔の悲鳴を上げながら、黒い影となり、霧のように霧散していった。


「り、龍胆……」


 それ以上の言葉が出なかった。


「あ、アキラ……!?」

「マジか……アキラ……」


 龍胆が討たれたことで、正気に戻った飛田と隅原。


「くそっ……」

「なんでや……」

「*おおっと* 君たちはここで止まってはいけないのだよ?」


 彼らの背後から、白衣を着た男が現れる。

 その男が指を鳴らすと、飛田と隅原が苦しみ始め、龍胆と同じような状態になってしまった。


「クッ……貴様ァ」

「ふはは!」


 不気味に笑う白衣の男。


『マサムネ……マサムネよ……』


 頭に声が響く。


『その怒りを自分の力とせよ。悪に対する怒り。禍影に対する怒り。戦鬼に対する怒り。

 お前に心の迷いが見えない。ならばこそ。我はお前に力を貸そう』


 体中から力が湧き上がる。右手からひとりでに炎の剣が顕現する。

 その炎は赤く燃え盛る炎ではなく、青く燃え盛る炎となっていた。


「あぁぁぁっ!!!」


 ――ゴオオオオオッ!!


 無我夢中で薙ぎ払った炎が、飛田と隅原を焼き払う。

 その炎に苦しむ二人だったが、討つことで彼らを救うほかなかったのだ。


「――アズール・ファング・クラッシュ!」


 袈裟斬りの一閃が宵闇を切り裂く。

 燃え盛る青い炎が、禍影の穢れを焼き払っていく。

 斬り裂かれた飛田と隅原は、獣のような断末魔を上げながら、黒い影となり、霧のように霧散していく。


「*おおっと* これは予想外の出来事だ。少し対策を練らなければ……」


 気がつけば白衣の男はいなくなり、空間の歪みもなくなっていた。


「……救えなかった」

「そういうこともあるわ、マサムネ。救えないと判断したらあなたが討つのよ」

「……ユキミ」


 冷たく言い放つ彼女の目には、涙が浮かんでいるように見えた。


 △▼△▼△▼


 将棋トリオがいなくなったことを知ったマオは精々した表情をしていた。

 だが、しばらくして彼らが二度と現れないことを知り、後悔していると俺に話しかけてきた。


「……俺さ、あいつらがいなくなって精々したし、ざまあみろって思ってたんだけど……。

 なんでこんな気持ちになるんだろうってさ」

「マオ……」

「なあ、マサムネ。俺があいつらなんか消えちまえって願ったせいなのか?」

「そうじゃないと思う。……因果応報だったかもしれないんだ」

「………そうか」

「気をつけろよ、マオ。お前にも禍影が迫ってくるかもしれないぞ」


 わかったとマオは言う。

 俺にとってもマオにとっても、将棋トリオが消えたことは、心の傷として残ってしまうのだろう……。

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