放課後の空気は、どこかざわついていた。
学園生たちは事件のことを『夢だった』とでも思っているのか、何事もなかったように教室を出ていく。
だが――俺たちは知っている。
現実がすでに、あの
「これで三人目の証言だ。白衣の男が、あのビルに何度も出入りしていたって」
マオが持ってきた情報は、確かなものだった。
町外れの古びた雑居ビル。テナント募集中の張り紙は、いつまでもそのまま。
だがそこには、
「マサムネ、どうする?」
ユキミがこちらを見つめる。
その瞳には、迷いはなかった。
「行くしかないだろう? ベグを終わらせるためにはさ」
俺の声は思ったより静かだった。
でも、その一言で皆の視線が重なった。
「それもそうだ」
マオが肩をすくめながらも、口元に笑みを浮かべる。
「戦う覚悟なら出来てる。行こうよ、マサムネ」
アマネの赤い瞳に、また小さく炎が揺れた。
「――私も行かせてほしい」
その場にいたノゾミが言う。
「いいのか? マオと違って、君は異界化事件でなんの異能を持てなかったのだろう?」
「でも、向き合いたいの。自分が犯した事柄に」
「わかった。じゃあ一緒に行こう」
俺の言葉に、ノゾミが頷いた。
俺たちはまだ未熟だ。怖さもある。
でも、止まる理由はもうどこにもない。
△▼△▼△▼
雑居ビルの入口には、古びた「テナント募集中」の貼り紙がまだ残っていた。
コンクリの壁。古びた階段。点滅する照明……。どこにでもあるようなビル。
……そのはずだが。
「……間違いない」
ノゾミが雑居ビルを見て言う。
俺たちは立ち止まり、見上げた。
四階建てのビルだが、なにか強い違和感を感じる。
「これからは俺たちの出番だな。ノゾミは、ここで待っててくれるか?」
俺がノゾミに声をかけると、彼女はすぐに頷いた。
「うん。私、ここで待っている。マオ君やマサムネ君たちが戻ってくるのを願ってるから」
そして、俺たちは、重たい扉を開けた。
中は妙に静かだった。
誰もいないはずの空間。空気がこもっていて、埃っぽい匂いが鼻をつく。
廊下の奥には薄暗い非常灯だけが点いていて、視界は不自然に揺らめいている。
「もしかしてこれ……もう始まっているんじゃないか?」
マオの呟きに、俺たちは無言で首を縦に振る。
このビルはすでに異界と化していたのだ。
「空間のねじれを感じる……」
ユキミの声が低く響く。
ぐにゃり、とした感覚を覚え、前後不覚に陥りそうになる。
不穏な気配を察知したのか、アマネは龍変化していた。
『本当にビルの中なのかな。歪みに歪んでいて、どこが地面でどこが天井なのかわからないよ』
俺たちの頭に響くアマネの声。
このビルの異界化がベグが仕組んでいるのだとしたら……。
不気味さを覚えながらも、ビルの中を進んでいくと、突き当たりの掲示板の前で足を止めた。
そこに、紙が一枚あった。
古臭い紙ではなく、最近貼り付けたような雰囲気で掲示板に貼ってあった。
貼ってある紙には、おそらくベグが
【 ようこそ、我が実験場へ。 】
【 まずは心の準備体操と行こうじゃあないか。 】
【 君たちの行動パターンは、すでに解析済みだ。 】
その下に、歪んだ笑顔のイラストが添えられている。
人間の顔なのかすら怪しい、歯のない口が裂けて笑っていた。
「明らかに私たちが来るのを想定していたのね」
ミツキがその紙切れを剥がしてしまった。
「誘っているんだろう。多分な」
マオが掲示板の隅を指差した。
そこには同じ紙が、小さく破かれ、まるで道しるべのように矢印が作られ、〈 この先ヘ進め 〉と言っているようだった。
その指示通りに進むと、廊下の突き当たりの扉が、わずかに開いていた。
その扉の先には階段があり、上へと続いているようだ。
「行こう」
俺たちはその階段を一歩ずつ踏みしめるように歩いていく。
この先におそらくベグがいることを信じて。