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第13話

 放課後の空気は、どこかざわついていた。

 学園生たちは事件のことを『夢だった』とでも思っているのか、何事もなかったように教室を出ていく。

 だが――俺たちは知っている。

 現実がすでに、あのとつながってしまったことを。


「これで三人目の証言だ。白衣の男が、あのビルに何度も出入りしていたって」


 マオが持ってきた情報は、確かなものだった。

 町外れの古びた雑居ビル。テナント募集中の張り紙は、いつまでもそのまま。

 だがそこには、を引き寄せる場所だった。


「マサムネ、どうする?」


 ユキミがこちらを見つめる。

 その瞳には、迷いはなかった。


「行くしかないだろう? ベグを終わらせるためにはさ」


 俺の声は思ったより静かだった。

 でも、その一言で皆の視線が重なった。


「それもそうだ」


 マオが肩をすくめながらも、口元に笑みを浮かべる。


「戦う覚悟なら出来てる。行こうよ、マサムネ」


 アマネの赤い瞳に、また小さく炎が揺れた。


「――私も行かせてほしい」


 その場にいたノゾミが言う。


「いいのか? マオと違って、君は異界化事件でなんの異能を持てなかったのだろう?」

「でも、向き合いたいの。自分が犯した事柄に」

「わかった。じゃあ一緒に行こう」


 俺の言葉に、ノゾミが頷いた。

 俺たちはまだ未熟だ。怖さもある。

 でも、止まる理由はもうどこにもない。


 △▼△▼△▼


 雑居ビルの入口には、古びた「テナント募集中」の貼り紙がまだ残っていた。

 コンクリの壁。古びた階段。点滅する照明……。どこにでもあるようなビル。

 ……そのはずだが。


「……間違いない」


 ノゾミが雑居ビルを見て言う。

 俺たちは立ち止まり、見上げた。

 四階建てのビルだが、なにか強い違和感を感じる。


「これからは俺たちの出番だな。ノゾミは、ここで待っててくれるか?」


 俺がノゾミに声をかけると、彼女はすぐに頷いた。


「うん。私、ここで待っている。マオ君やマサムネ君たちが戻ってくるのを願ってるから」


 そして、俺たちは、重たい扉を開けた。

 中は妙に静かだった。

 誰もいないはずの空間。空気がこもっていて、埃っぽい匂いが鼻をつく。

 廊下の奥には薄暗い非常灯だけが点いていて、視界は不自然に揺らめいている。


「もしかしてこれ……もう始まっているんじゃないか?」


 マオの呟きに、俺たちは無言で首を縦に振る。

 このビルはすでに異界と化していたのだ。


「空間のねじれを感じる……」


 ユキミの声が低く響く。

 ぐにゃり、とした感覚を覚え、前後不覚に陥りそうになる。

 不穏な気配を察知したのか、アマネは龍変化していた。


『本当にビルの中なのかな。歪みに歪んでいて、どこが地面でどこが天井なのかわからないよ』


 俺たちの頭に響くアマネの声。

 このビルの異界化がベグが仕組んでいるのだとしたら……。

 不気味さを覚えながらも、ビルの中を進んでいくと、突き当たりの掲示板の前で足を止めた。

 そこに、紙が一枚あった。

 古臭い紙ではなく、最近貼り付けたような雰囲気で掲示板に貼ってあった。

 貼ってある紙には、おそらくベグが乱雑に書いたような文字が踊っている。


【 ようこそ、我が実験場へ。 】

【 まずは心の準備体操と行こうじゃあないか。 】

【 君たちの行動パターンは、すでに解析済みだ。 】


 その下に、歪んだ笑顔のイラストが添えられている。

 人間の顔なのかすら怪しい、歯のない口が裂けて笑っていた。


「明らかに私たちが来るのを想定していたのね」


 ミツキがその紙切れを剥がしてしまった。


「誘っているんだろう。多分な」


 マオが掲示板の隅を指差した。

 そこには同じ紙が、小さく破かれ、まるで道しるべのように矢印が作られ、〈 この先ヘ進め 〉と言っているようだった。

 その指示通りに進むと、廊下の突き当たりの扉が、わずかに開いていた。

 その扉の先には階段があり、上へと続いているようだ。


「行こう」


 俺たちはその階段を一歩ずつ踏みしめるように歩いていく。

 この先におそらくベグがいることを信じて。

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