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第9話 たこ焼きと夜と、ゾンビの子守唄

「……無理だな、こりゃ」


 道の駅の駐車場には、ゾンビの群れがまだうごめいていた。

 車とゾンビでごった返す光景は、まるで渋滞の再現VTR──ただし死者限定。


「こんだけ混んでちゃ、フリーダム号でも脱出は無理だわ」


 道も塞がれ、逃げ場もない。

 だが、焦りはなかった。


 なにせここには、フリーダム号がある。


 ガンガン車体を叩かれてはいるが、全く揺るがない。

 それどころか、わずかな揺れが心地よいリズムになっている。


「……これ、もしかして“ゾンビ式ゆりかご”ってやつ?」


 ソファに身を沈め、しばしのまどろみ。


 ……が、腹の虫がそんなムードをぶち壊した。


「ぐー……うるせぇ……腹減った……」


 そういえば今日は朝からまともに食ってなかった。


「よし、たこ焼きだ」


 冷蔵庫から取り出した冷凍たこ焼きは、霜が白くぶ厚く張っていた。

 いつ製造されたのか不明な一品。

 だが電子レンジがある。フリーダム号には当然のように完備されているのだ。


「頼むぜ、未来の家電。冷凍食の命綱」


 タイマーを少し長めに設定し、チーン。


 ……開けると、湯気がもわっと広がる。

 見た目は……ちょっとふにゃってるけど、柔らかいとポジティブに捉えよう。


 付属のソースをたっぷりかけて──


「はふっ、はふっ……うまっ!!」


 ひと口で、世界が明るくなる。


「これ……ビール欲しいなぁ……」


 思わず缶を探すが、出てくるのはコーラと水と非常用栄養ドリンクばかり。


「どっかでビール補充できないかな……道の駅だし、地ビールあったんじゃね……」


 外を見る。

 ゾンビの波。

 ……無理。


「……あきらめて、カップヌードル行くか」


 今度は湯沸かしポットを起動。

 このキャンピングカー、湯沸かしすらストレスゼロ。


 選ばれし第二のメニューは──

「カップヌードル・醤油味」


 お湯を注ぎ、3分。


「うん……劣化してねぇ!」


 蓋をめくって、ズズッと一口。


「これは……文明の味!」


 ゾンビがどうとか、未来がどうとか、もうどうでもよくなる味。


 フリーダム号の中は、今日も安定の無敵空間だった。


 窓の外では、まだうろつくゾンビたち。

 だが群れは少しずつバラけはじめている。


「……朝には、隙間できてるといいな」


 腹を満たし、背中をベッドに預ける。

 ふかふかのマットレスが体を包み、遠くでゾンビのうめき声が子守唄になる。


「フリーダム号……最高だな……」


 ゆっくりと目を閉じる。


 終末の夜に、ひとりだけ平和な夢を見る。

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