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第12話 終末東京観光・前編

 東京に入った──という実感が強まったのは、スカイツリーの姿を左手に見ながら、言問橋を渡ったときだった。


「スカイツリー、まだ立ってるんだな……すげぇな、あれ」


 空に突き刺さるような影は、今や無言の灯台のようにそびえている。

 展望台に人の気配はない。

 だが、あの高さから見下ろす東京は、どんなふうに映るのだろうか──などと考えながら、隅田川を渡る。


 そのままフリーダム号を走らせると、すぐに見えてきた。


 雷門。


「来た……来ました、浅草観光!」


 真っ赤な大提灯は落ちていた。

 瓦も崩れている。

 だが、門の構造はしっかりと残っていた。


「さすが鉄筋コンクリート……修繕ってすげぇな」


 ふと、中を覗きこむ。


 仲見世通り──かつて土産物屋や食べ物屋がずらりと並んでいた通りは、黒く焦げた痕があちこちに残っていた。

 奥へと続く焼け跡。

 燃え広がる瞬間を、誰が見ていたのだろう。


「……観光は、外から眺めるくらいがいいかもな」


 気を取り直し、次の目的地へ向かう。


「秋葉原。アキバだな!」


 秀人の声が少し弾む。

 オタク文化の聖地、アニメとアイドルと電子部品が交差する街。

 何度もネットやテレビで見た風景──


「昔は電気街で、マニアが部品探しに路地裏に入ってたって話もあったっけ」


 だが今は。


 高層ビルやショップビルが、形を保ったまま灰色に沈んでいる。

 ビル壁面の巨大なアニメ広告は、風雨で剥がれかけている。

 その隙間から、以前の街の“顔”が少しだけのぞく。


「……ここ、ほんとに人多かったんだろうなあ」


 道路脇には、かつてのアイドルライブ用のステージ骨組みが風にきしんでいる。


 電気街としての顔は、どこかに消えてしまった。

 だが、文化の残り香だけが街を満たしていた。


「……武器になりそうな物も、売ってる店あったっけな。変なナイフとか催涙スプレーとか」


 記憶を掘り返すが、今日は探索目的ではない。


「ま、今日は観光だし。目的は“見ること”。今はまだ先に進もう」


 秋葉原を抜け、フリーダム号は皇居方面へと向かう。


 高層ビルの谷間を抜けながら、

 秀人はハンドルに手を添えたまま、少し静かに呟いた。


「……東京、壊れてないところも、ちゃんとあるんだな」


 だが、それは同時に、“壊されるほどの抵抗もなかった”ということでもある。


 それが、少しだけ寂しかった。

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