東京に入った──という実感が強まったのは、スカイツリーの姿を左手に見ながら、言問橋を渡ったときだった。
「スカイツリー、まだ立ってるんだな……すげぇな、あれ」
空に突き刺さるような影は、今や無言の灯台のようにそびえている。
展望台に人の気配はない。
だが、あの高さから見下ろす東京は、どんなふうに映るのだろうか──などと考えながら、隅田川を渡る。
そのままフリーダム号を走らせると、すぐに見えてきた。
雷門。
「来た……来ました、浅草観光!」
真っ赤な大提灯は落ちていた。
瓦も崩れている。
だが、門の構造はしっかりと残っていた。
「さすが鉄筋コンクリート……修繕ってすげぇな」
ふと、中を覗きこむ。
仲見世通り──かつて土産物屋や食べ物屋がずらりと並んでいた通りは、黒く焦げた痕があちこちに残っていた。
奥へと続く焼け跡。
燃え広がる瞬間を、誰が見ていたのだろう。
「……観光は、外から眺めるくらいがいいかもな」
気を取り直し、次の目的地へ向かう。
「秋葉原。アキバだな!」
秀人の声が少し弾む。
オタク文化の聖地、アニメとアイドルと電子部品が交差する街。
何度もネットやテレビで見た風景──
「昔は電気街で、マニアが部品探しに路地裏に入ってたって話もあったっけ」
だが今は。
高層ビルやショップビルが、形を保ったまま灰色に沈んでいる。
ビル壁面の巨大なアニメ広告は、風雨で剥がれかけている。
その隙間から、以前の街の“顔”が少しだけのぞく。
「……ここ、ほんとに人多かったんだろうなあ」
道路脇には、かつてのアイドルライブ用のステージ骨組みが風にきしんでいる。
電気街としての顔は、どこかに消えてしまった。
だが、文化の残り香だけが街を満たしていた。
「……武器になりそうな物も、売ってる店あったっけな。変なナイフとか催涙スプレーとか」
記憶を掘り返すが、今日は探索目的ではない。
「ま、今日は観光だし。目的は“見ること”。今はまだ先に進もう」
秋葉原を抜け、フリーダム号は皇居方面へと向かう。
高層ビルの谷間を抜けながら、
秀人はハンドルに手を添えたまま、少し静かに呟いた。
「……東京、壊れてないところも、ちゃんとあるんだな」
だが、それは同時に、“壊されるほどの抵抗もなかった”ということでもある。
それが、少しだけ寂しかった。