皇居に近づくにつれ、景色が変わり始めた。
「……なんか、緑、多くね?」
舗装されたはずの道路を、分厚く育った木の根が突き破り、塀を越えて生い茂る枝葉が、視界を覆いはじめる。
「ええと……ここ、ほんとに都心部だよな?」
もはやジャングル。
いや、“皇居の森”とでも呼ぶべきか。
かつて日本一警備されていた、あの皇居──
その中央に本丸があるであろう位置も、今では木々に埋もれて見えない。
「でもさ……あの中、もしかしたらゾンビいないんじゃないか?」
日本のセキュリティの最高峰。
バリケード、警備体制、地下施設……
もし誰かが逃げ込めたなら、あそこだけ“楽園”ってこともあるかもしれない。
──だが今日は観光だ。深入りはしない。
「……おっ」
左上を見上げると、丸く盛り上がったシルエットが見えてきた。
タマネギ──そう、武道館。
「残ってたか、武道館」
かつて幾多のアーティストが目指した音楽の聖地。
ロック、アイドル、アニメソングまで、時代のすべてを受け入れてきた器。
「……まあ、俺はライブ行ったことないけどな」
ちょっと照れくさく笑って、通り過ぎる。
そしてフリーダム号は、静かに都心を横断する。
半蔵門、永田町、赤坂、青山、外苑──
かつては煌びやかなエリアだった場所が、今では緑と沈黙に包まれていた。
ビル群は意外なほど形を保っていたが、看板もネオンも消え、ただの灰色の壁とガラスの塊だ。
「……おしゃれな街だったって、今じゃ信じられないな」
でも、表参道あたりに差し掛かると──ふと、昔の空気を思い出すような気もした。
そして、いよいよ視界が開けた。
「……来たな、渋谷」
目の前には、交差点。
かつて人の流れで溢れていた“日本一のスクランブル”。
今では──
「うん、まあ……こんなもんだろうね」
放置された車。
崩れかけたガードレール。
コンクリートジャングルの隙間からは、草花が芽吹いている。
109は、まだ立っていた。
建物の壁面には、朽ちかけた広告が残っている。
その姿をバックに「写真でも撮っておくか」と思ったが、
ビルの陰からゾンビの影が見えた瞬間、その気は失せた。
「ムリは禁物。ハチ公に噛まれたくはないしな」
駅前のハチ公像──今では金属のまま、静かに誰もいない道を見守っている。
「……またな、ハチ。次来るときは、仲間でも連れてきたいもんだな」
冗談まじりに別れを告げ、フリーダム号は再び静かに走り出す。
終末の渋谷観光は、こうして幕を下ろした。