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第13話 終末東京観光・後編

 皇居に近づくにつれ、景色が変わり始めた。


「……なんか、緑、多くね?」


 舗装されたはずの道路を、分厚く育った木の根が突き破り、塀を越えて生い茂る枝葉が、視界を覆いはじめる。


「ええと……ここ、ほんとに都心部だよな?」


 もはやジャングル。

 いや、“皇居の森”とでも呼ぶべきか。


 かつて日本一警備されていた、あの皇居──

 その中央に本丸があるであろう位置も、今では木々に埋もれて見えない。


「でもさ……あの中、もしかしたらゾンビいないんじゃないか?」


 日本のセキュリティの最高峰。

 バリケード、警備体制、地下施設……

 もし誰かが逃げ込めたなら、あそこだけ“楽園”ってこともあるかもしれない。


 ──だが今日は観光だ。深入りはしない。


「……おっ」


 左上を見上げると、丸く盛り上がったシルエットが見えてきた。


 タマネギ──そう、武道館。


「残ってたか、武道館」


 かつて幾多のアーティストが目指した音楽の聖地。

 ロック、アイドル、アニメソングまで、時代のすべてを受け入れてきた器。


「……まあ、俺はライブ行ったことないけどな」


 ちょっと照れくさく笑って、通り過ぎる。


 そしてフリーダム号は、静かに都心を横断する。


 半蔵門、永田町、赤坂、青山、外苑──


 かつては煌びやかなエリアだった場所が、今では緑と沈黙に包まれていた。

 ビル群は意外なほど形を保っていたが、看板もネオンも消え、ただの灰色の壁とガラスの塊だ。


「……おしゃれな街だったって、今じゃ信じられないな」


 でも、表参道あたりに差し掛かると──ふと、昔の空気を思い出すような気もした。


 そして、いよいよ視界が開けた。


「……来たな、渋谷」


 目の前には、交差点。

 かつて人の流れで溢れていた“日本一のスクランブル”。


 今では──


「うん、まあ……こんなもんだろうね」


 放置された車。

 崩れかけたガードレール。

 コンクリートジャングルの隙間からは、草花が芽吹いている。


 109は、まだ立っていた。


 建物の壁面には、朽ちかけた広告が残っている。

 その姿をバックに「写真でも撮っておくか」と思ったが、

ビルの陰からゾンビの影が見えた瞬間、その気は失せた。


「ムリは禁物。ハチ公に噛まれたくはないしな」


 駅前のハチ公像──今では金属のまま、静かに誰もいない道を見守っている。


「……またな、ハチ。次来るときは、仲間でも連れてきたいもんだな」


 冗談まじりに別れを告げ、フリーダム号は再び静かに走り出す。


 終末の渋谷観光は、こうして幕を下ろした。


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