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第16話 ドリフト気分と白い世界、そして温泉へ

「いくぜぇ、フリーダム号!! ドリフトだあああ!!」


 ──ギャギャギャギャギャー!!


 口で効果音を叫びながら、箱根の山道を駆け上がる。

 脳内にはユーロビート、ラップとDJが交差する“イニシャルDごっこ”が全開中。


「右! 左! 切り返しィ! キメろヘアピンターン!!」


 だが実際には、全長7メートル超えのキャンピングカーが、徐行気味に左カーブをのろのろと抜けていた。


「……うん、まあ、気分だから。ドリフトしてる気分だから!」


 そう、重要なのは“気持ち”だ。


 誰がなんと言おうと、今の俺は箱根最速(のつもり)だ!


「この勝負、俺の勝ちィィ!!」


 叫んだところで、フリーダム号はブレーキ音ひとつ立てずに、ふつうに右カーブを抜けていった。


 やがて、視界が徐々に白く包まれていく。


「お、来た来た。箱根名物、“白い世界”だな」


 山の上部に差しかかると、濃い霧に包まれることがよくある。

 周囲はすっぽりと白に覆われ、ライトをつけても先が見えない。


「安全第一、徐行でいきましょ。まあ、ぶつけてもフリーダム号は無敵なんだけどな!」


 一応ウィンカー出しつつ、ゆるやかな坂をゆっくり登る。


 気づけば、目の前には湖が広がっていた。


「……芦ノ湖?」


 登りすぎてしまったようだ。


「うわ、海賊船ないのかよ……沈んだ? 朽ちた? それとも大海賊ゾンビに乗っ取られた?」


 そんな冗談を口にしながら、車を湖畔の展望スペースに停める。


 静かだった。

 波も風も、人の声もない。


「観光で来たとき、こんな静かだったっけな……」


 ふと寂しくなりかけたその時、温泉の二文字が脳内に点滅する。


「そうだそうだ、目的は温泉だ!」


 本能に突き動かされるように、フリーダム号を小涌谷方面へ戻す。


「露天風呂……建物の中は危ないよな。囲まれたらアウトだし」


 秀人の目線は真剣だった。


「露天なら外だ。逃げ道はいくらでもある。しかも、フリーダム号をすぐ横に停められれば最強じゃん!」


 それはもう、最高の温泉ムーブだ。


 観光地マップの記憶と、山肌の構造を頭の中で組み合わせながら走る。


「……このへん、昔は露天の貸切風呂とかあったよな……」


 見つけるのは、崩れていない、外が開けてる、車が停められる──

 その条件を満たした、今も入れそうな野天の奇跡。


「頼む……湯気出ててくれ……!!」


 視界に、もやがかった湯気が見えたその瞬間──

 秀人のテンションは再び跳ね上がる!


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