「いくぜぇ、フリーダム号!! ドリフトだあああ!!」
──ギャギャギャギャギャー!!
口で効果音を叫びながら、箱根の山道を駆け上がる。
脳内にはユーロビート、ラップとDJが交差する“イニシャルDごっこ”が全開中。
「右! 左! 切り返しィ! キメろヘアピンターン!!」
だが実際には、全長7メートル超えのキャンピングカーが、徐行気味に左カーブをのろのろと抜けていた。
「……うん、まあ、気分だから。ドリフトしてる気分だから!」
そう、重要なのは“気持ち”だ。
誰がなんと言おうと、今の俺は箱根最速(のつもり)だ!
「この勝負、俺の勝ちィィ!!」
叫んだところで、フリーダム号はブレーキ音ひとつ立てずに、ふつうに右カーブを抜けていった。
やがて、視界が徐々に白く包まれていく。
「お、来た来た。箱根名物、“白い世界”だな」
山の上部に差しかかると、濃い霧に包まれることがよくある。
周囲はすっぽりと白に覆われ、ライトをつけても先が見えない。
「安全第一、徐行でいきましょ。まあ、ぶつけてもフリーダム号は無敵なんだけどな!」
一応ウィンカー出しつつ、ゆるやかな坂をゆっくり登る。
気づけば、目の前には湖が広がっていた。
「……芦ノ湖?」
登りすぎてしまったようだ。
「うわ、海賊船ないのかよ……沈んだ? 朽ちた? それとも大海賊ゾンビに乗っ取られた?」
そんな冗談を口にしながら、車を湖畔の展望スペースに停める。
静かだった。
波も風も、人の声もない。
「観光で来たとき、こんな静かだったっけな……」
ふと寂しくなりかけたその時、温泉の二文字が脳内に点滅する。
「そうだそうだ、目的は温泉だ!」
本能に突き動かされるように、フリーダム号を小涌谷方面へ戻す。
「露天風呂……建物の中は危ないよな。囲まれたらアウトだし」
秀人の目線は真剣だった。
「露天なら外だ。逃げ道はいくらでもある。しかも、フリーダム号をすぐ横に停められれば最強じゃん!」
それはもう、最高の温泉ムーブだ。
観光地マップの記憶と、山肌の構造を頭の中で組み合わせながら走る。
「……このへん、昔は露天の貸切風呂とかあったよな……」
見つけるのは、崩れていない、外が開けてる、車が停められる──
その条件を満たした、今も入れそうな野天の奇跡。
「頼む……湯気出ててくれ……!!」
視界に、もやがかった湯気が見えたその瞬間──
秀人のテンションは再び跳ね上がる!