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第17話 風呂は命の洗濯だ

 箱根、小涌谷──

 崩れかけた建物の先に、ぽっかりと空が開けたような場所があった。


「……おおっ」


 その“穴”に、湯気が立ちのぼっていた。


 目の前に広がるのは、完全なる露天温泉。


 かつては柵か壁があったのだろうが、今はそれらしい構造物は跡形もない。

 むしろ、温泉だけがぽつんと残された、“更地の奇跡”。


 そして何より──


「フリーダム号から……数歩!」


 完璧な立地。

 もしゾンビが来ても、即座に避難可能。

 安全、かつ、温泉。


 まさに理想郷である。


「で、湯加減は──」


 手を入れてみた。


「あっっっつー!!!」


 反射で跳ねのける。


「いやいやいやいや、無理無理!これ茹でダココースだって!」


 肌がピリピリするほどの高温。

 これ、明らかに源泉そのままだ。


「地殻変動かなんかで温度上がったのか……ありがたいけど、熱すぎんだろ!」


 せっかくの露天、どうにかして入りたい。

 だが、加水ホースは──ない。


「……逆だな」


 フリーダム号の蛇口。無限浄水供給システム。


「加水するなら、フリーダム号のバスに熱々源泉を運べばいい!」


 目の前で名案が閃く。


「よし!運ぶぞ!湯の桶リレー、スタート!!」


 キャンプギアからバケツと桶を取り出し、温泉からせっせと運ぶ。


 一往復、二往復──


「……はあ……はあ……」


 三往復目で息が上がった。


「ゆっくりやろう。風呂のためだ。急がば回れってな」


 汗を拭きつつ、慎重に続けること数十往復。


 ついに──


「……湯、溜まったぁ……!」


 フリーダム号のユニットバス、加水調整済みの極上仕上げ。


「オレに感謝! オレを褒め称えよ!!」


 冷蔵庫から冷やしておいたビールを取り出し、プシュッ!


「では参る──!」


 湯船に、ゆっくりと、肩まで浸かる。


「……っっくあぁぁああ!! ……たまんないね!!」


 天井のファンがゆるやかに回り、湯気が心地よく立ち昇る。


 窓を少し開けて、外の風と、湯気の流れを感じながら──


「ここでビールだ!!」


 ぐいっ、と一口。


「……うまぁ……!!」


 静かな箱根、無敵のフリーダム号、そして手作り風呂。


「文明って……俺だったんだな」


 今日も、最高にくだらなくて、最高に贅沢な時間が過ぎていく。

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