箱根、小涌谷──
崩れかけた建物の先に、ぽっかりと空が開けたような場所があった。
「……おおっ」
その“穴”に、湯気が立ちのぼっていた。
目の前に広がるのは、完全なる露天温泉。
かつては柵か壁があったのだろうが、今はそれらしい構造物は跡形もない。
むしろ、温泉だけがぽつんと残された、“更地の奇跡”。
そして何より──
「フリーダム号から……数歩!」
完璧な立地。
もしゾンビが来ても、即座に避難可能。
安全、かつ、温泉。
まさに理想郷である。
「で、湯加減は──」
手を入れてみた。
「あっっっつー!!!」
反射で跳ねのける。
「いやいやいやいや、無理無理!これ茹でダココースだって!」
肌がピリピリするほどの高温。
これ、明らかに源泉そのままだ。
「地殻変動かなんかで温度上がったのか……ありがたいけど、熱すぎんだろ!」
せっかくの露天、どうにかして入りたい。
だが、加水ホースは──ない。
「……逆だな」
フリーダム号の蛇口。無限浄水供給システム。
「加水するなら、フリーダム号のバスに熱々源泉を運べばいい!」
目の前で名案が閃く。
「よし!運ぶぞ!湯の桶リレー、スタート!!」
キャンプギアからバケツと桶を取り出し、温泉からせっせと運ぶ。
一往復、二往復──
「……はあ……はあ……」
三往復目で息が上がった。
「ゆっくりやろう。風呂のためだ。急がば回れってな」
汗を拭きつつ、慎重に続けること数十往復。
ついに──
「……湯、溜まったぁ……!」
フリーダム号のユニットバス、加水調整済みの極上仕上げ。
「オレに感謝! オレを褒め称えよ!!」
冷蔵庫から冷やしておいたビールを取り出し、プシュッ!
「では参る──!」
湯船に、ゆっくりと、肩まで浸かる。
「……っっくあぁぁああ!! ……たまんないね!!」
天井のファンがゆるやかに回り、湯気が心地よく立ち昇る。
窓を少し開けて、外の風と、湯気の流れを感じながら──
「ここでビールだ!!」
ぐいっ、と一口。
「……うまぁ……!!」
静かな箱根、無敵のフリーダム号、そして手作り風呂。
「文明って……俺だったんだな」
今日も、最高にくだらなくて、最高に贅沢な時間が過ぎていく。