白州蒸溜所の建物の奥、地下倉庫の入口。
「……ここだな。酒の宝庫、夢の琥珀色の眠り場」
重たい扉をそっと開ける。ひんやりとした空気が顔を撫でた。
懐中電灯を片手に階段を下りていくと──奥のほうで何かが動いた。
ビクッ。
「……来たか……ゾンビか……?」
背中に冷や汗が走る。足音が、ゆらりと近づいてくる。構える俺。
──だが、現れたのは……
「んがぁ……うぃ……うぃひひ……」
泥酔したジジイ。
「……おい。ゾンビじゃねーのかよ……!」
緊張を返せ、と言いたいところだったが、床に転がった瓶の数がすごかった。
白州、白州、白州。とにかく白州。
こっちは真剣に命の危機を感じてたのに、この爺さん、酒池肉林の酩酊中じゃねぇか。
「おっちゃん、ここでなにしてんの……?」
「わしゃ、ここを守っとるんじゃ……ワシの酒……誰にも渡さん……」
なんだこのラスボスみたいなセリフ。
どうやら蒸溜所に残って、地下倉庫を勝手に住処にしたらしい。
「酒は……捨てるほどあるがの……食いもんが、ねぇ……」
なるほど。
飲むだけ飲んで、食ってないのか。
……それ、死ぬぞ。
俺はフリーダム号に戻り、食料庫を漁った。
缶詰。
カツオのたたき。
伊勢海老(刺身用)。
鯵の干物。
「大漁セットのお届けです!」
袋いっぱいに詰めて持っていくと、爺さんは目を輝かせた。
「……あんた、神か。いや、神様じゃな……」
そして、始まる“物々交換”。
「これやるよ。ノンエイジと、12年。それから18年、24年もある」
「ちょ、まっ──それ、本来いくらするか知ってる!? 24年なんて……100万いくやつだぞ!?」
「ええじゃろ。こんな世界じゃ、金は紙くず。ワシにはもういらん……あんたが生きとるなら、飲め」
じいさん、良いこと言うな……!
いやでもすごいなこれ。終末だからこそ手に入った奇跡。
白州のノンエイジ×2、12年×2、18年×2、24年×2。
「……これ、オレ、もう死んでもいいんじゃないかな」
じいさんは、ここを出る気はないらしい。
「わしゃ、酒と一緒に朽ちる。それでええ」
言ってることはカッコいいけど、酔っぱらいだからな。
ま、止めはしない。俺も今しか生きてないようなもんだし。
◆◆◆
「とんでもないもん、手に入れちまったな……」
フリーダム号に戻り、ウイスキーのボトルを眺めながらにやける俺。
まるで宝石。ラベルだけでもご飯三杯いける。
「さーて、どれから飲もうか。……いや、今は飲まないぞ? 運転あるし」
しばらくは大事に……
いや、たまには贅沢に……
悩むのも、また楽しい。