「今朝の目覚めは、いい。すこぶるいい」
白州の天然水で割った白州が、五臓六腑に染み渡った昨夜。
悪酔いも残らず、スッと起きられた朝。
空は澄み、空気は涼しく、腹の調子も上々。
「これが幸せってやつか……」
だが、そんな平和もふとした思いに乱される。
「……音楽、聴きてぇな……」
スマホの中の曲? 全部吹き飛んだよ。
SDカードもクラウドも死んだ世界じゃ無力だ。
アナログだったら……レコード、カセット、CD……残ってたかもな。
「ま、物欲は後回し。今は、身の安全の話だ」
思い出したのは──あの刑務所。
「甲府刑務所、やっぱり気になるんだよな……」
中に生存者? 可能性はある。
だが、それが文明人か、ヒャッハーかは賭けだ。
元犯罪者が閉鎖空間で“新しい秩序”を作ってたら、確実にヤバい。
「……突っ込むには、武器がいる」
警察署? 拳銃があっても弾がない。
そもそも38口径じゃゾンビも人間も止められるか怪しい。
「なら……軍用装備だろ」
日本で軍……それなら、富士演習場。
「確かあの辺、米軍キャンプもあるって聞いたことがある……」
ハンドガンならベレッタ? グロック?
ライフルはM4かM16か。
撃ったこと? あるわけない。でも夢くらいは見てもいいだろ。
目指すは、富士演習場。
ルートは、富士五湖経由で南下。
朝の静けさを背に、フリーダム号は山へ向かってゆっくりと登っていく。
山中湖、忍野八海、河口湖、そして西湖。
だが、その途中(旧)上九一色村で──
「……おいおい、なんだこれ」
道路に、鉄パイプと金網で組まれた封鎖線。
“通行禁止”の文字はかすれ、上には白布がひらめいている。
無地に見えたが、よく見ると──不気味な印のようなものが描かれていた。
「ただのバリケードじゃない……人の手で“管理されてる”」
不意に、背筋がぞわりと冷える。
山間の小道、崩れかけた神社のような建物、そして奥に見える集落跡。
そのあたり一帯から、人の気配がする。
だが、普通じゃない。異様な静けさ、見られているような視線。
「……やべぇな。これ、踏み込んじゃいけないエリアだ」
あたりを包む空気が変わる。
木々の間に、ぼんやりと立つ人影。
だが彼らは、無言でこちらを見つめるだけ。
手に武器は──農具、金属バット、鎌。
「ヤバイヤバイヤバイ、全然ウェルカムじゃないッ!」
フリーダム号のハンドルを切る。封鎖されていない側道へ突っ込む。
後方ミラーに、追ってくる様子はない。
でも──確かに、囲まれかけていた。
「……カルトだな、あれ。完全に」
◆◆◆
そのまま山を抜けると、見慣れた地名が目に入った。
【富士吉田】【富士宮】【富士演習場→】
「よし、切り替えて行こう。武器だ、武器!」
目を覚ました恐怖心を、物欲で上書きする。
まだ俺は、生きてる。