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第28話 五湖と封鎖と、影

「今朝の目覚めは、いい。すこぶるいい」


 白州の天然水で割った白州が、五臓六腑に染み渡った昨夜。

 悪酔いも残らず、スッと起きられた朝。

 空は澄み、空気は涼しく、腹の調子も上々。


「これが幸せってやつか……」


 だが、そんな平和もふとした思いに乱される。


「……音楽、聴きてぇな……」


 スマホの中の曲? 全部吹き飛んだよ。

 SDカードもクラウドも死んだ世界じゃ無力だ。

 アナログだったら……レコード、カセット、CD……残ってたかもな。


「ま、物欲は後回し。今は、身の安全の話だ」


 思い出したのは──あの刑務所。


「甲府刑務所、やっぱり気になるんだよな……」


 中に生存者? 可能性はある。

 だが、それが文明人か、ヒャッハーかは賭けだ。

 元犯罪者が閉鎖空間で“新しい秩序”を作ってたら、確実にヤバい。


「……突っ込むには、武器がいる」


 警察署? 拳銃があっても弾がない。

 そもそも38口径じゃゾンビも人間も止められるか怪しい。


「なら……軍用装備だろ」


 日本で軍……それなら、富士演習場。


「確かあの辺、米軍キャンプもあるって聞いたことがある……」


 ハンドガンならベレッタ? グロック?

 ライフルはM4かM16か。

 撃ったこと? あるわけない。でも夢くらいは見てもいいだろ。


 目指すは、富士演習場。


 ルートは、富士五湖経由で南下。


 朝の静けさを背に、フリーダム号は山へ向かってゆっくりと登っていく。


 山中湖、忍野八海、河口湖、そして西湖。


 だが、その途中(旧)上九一色村で──


「……おいおい、なんだこれ」


 道路に、鉄パイプと金網で組まれた封鎖線。


 “通行禁止”の文字はかすれ、上には白布がひらめいている。

 無地に見えたが、よく見ると──不気味な印のようなものが描かれていた。


「ただのバリケードじゃない……人の手で“管理されてる”」


 不意に、背筋がぞわりと冷える。


 山間の小道、崩れかけた神社のような建物、そして奥に見える集落跡。


 そのあたり一帯から、人の気配がする。

 だが、普通じゃない。異様な静けさ、見られているような視線。


「……やべぇな。これ、踏み込んじゃいけないエリアだ」


 あたりを包む空気が変わる。

 木々の間に、ぼんやりと立つ人影。

 だが彼らは、無言でこちらを見つめるだけ。

 手に武器は──農具、金属バット、鎌。


「ヤバイヤバイヤバイ、全然ウェルカムじゃないッ!」


 フリーダム号のハンドルを切る。封鎖されていない側道へ突っ込む。


 後方ミラーに、追ってくる様子はない。

 でも──確かに、囲まれかけていた。


「……カルトだな、あれ。完全に」


 ◆◆◆


 そのまま山を抜けると、見慣れた地名が目に入った。


【富士吉田】【富士宮】【富士演習場→】


「よし、切り替えて行こう。武器だ、武器!」


 目を覚ました恐怖心を、物欲で上書きする。

 まだ俺は、生きてる。

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