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第32話 雨のバス停、誰かがいた

 246号線、北上中。

 相変わらずの雨。止む気配はない。


「視界は悪くないが、気分は湿気てるな……」


 それでもフリーダム号は快調。

 撥水コート最強、視界はクリア。

 ワイパーがリズムを刻み、雨音が静かにBGMを奏でる。


「そろそろ厚木も近いか?」


 眠くなるような単調な道に、鼻歌で抗う。

 そんなときだった。


「……ん?」


 道路脇。

 ポツンと立つ、古びたバス停。


 その下に、傘を差した誰かが──いた。


「……マジか」


 思わず減速。

 遠目に見ても、明らかに“人の形”をしている。

 雨の中、じっと立って、動かない。


 顔は見えない。

 けど、傘を持ち、微動だにしないその姿。


「ゾンビ……じゃないよな? いや、動きなさすぎる」


 でももし、生きてるなら?

 助けを求めて立ってるなら?

 それとも──ただの置物?


 フリーダム号の速度をさらに落とす。

 だが、完全に止まるには至らない。


「いや、関わるな。変に近づくな。そう教わったろオレ……!」


 徐行で、ゆっくりバス停を通過する。


 チラッと横目で確認。


 確かに、そこにいた。

 人型。傘。立っている。


 でも、顔が、見えない。



 フリーダム号が数十メートル通り過ぎたところで、バックミラーを見る。


「……っ!」


 いなかった。


 バス停。傘。

 人影が、消えていた。


 ブレーキは、踏まなかった。

 アクセルを、じわりと踏み直した。


「今のは……なんだ?」


 誰か?

 何か?

 それとも──幻?


「……いやいやいや、考えすぎだ。あれは……ただのマネキン、そう、雨対策に置かれた客寄せ……いやそんなわけあるか」


 口では軽口を叩いてみる。

 でも心のどこかが、冷えている。


 雨の音が、やけに大きく聞こえた。


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