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第39話 牛タンと松島と、気分の問題

「腹、減ったなぁ……」


 福島を抜けて、さらに北へ。

 コハクも助手席でウトウトしてる。

 道は順調、空も晴れ、気分も上々。


 そして俺の脳内には、ひとつの言葉が浮かび続けていた。


 牛タン。


「仙台といえば牛タン。これはもう、旅の義務みたいなもんだろ」


 とはいえ、もちろん今は営業してる店なんてない。

 でも、どこかに冷凍品が残ってる倉庫があるはず。


 冷凍タン、スライス済み、焼肉用……そういうラベルを探して工業団地を回る。


 ◆◆◆


 そして……発見!


【冷凍牛タン(業務用)10kg】


 しかも2箱。ラップもバッチリ、霜も最小限。

 これは、勝った。


「ただ、知ってるかコハク。牛タンって“仙台の牛”使ってるとは限らないんだぜ」


「わふ?」


「戦後な、仙台にはアメリカの駐留軍がいてさ。

アメリカから輸入された大量の牛肉があった。

でも向こうの人はタンなんか食わない。

じゃあってんで、日本人がうまいこと焼いて……名物になったんだよ」


「わふーん(なるほど顔)」


「だから、ぶっちゃけどこで食べようが気分の問題。

気分で“仙台で牛タン”って思ったら、もうそれで正解なんだよ」


 というわけで、フリーダム号のキッチンで調理開始。


 塩で軽く揉んで、鉄板でジュウジュウ。


「ほら、焼けてきたぞ……うおぉぉこの匂いは反則!」


 コハクが鼻をヒクヒクさせて近づいてくる。


「おまえは後でな! 塩分控えめにしてやるから!」


 熱々の牛タンを噛みしめながら、

「やっぱ厚切りが最高だな……」と呟く。


 外の景色は、杜の都・仙台。

 朽ちたビルの向こうに、緑がちらほら残っている。


 腹を満たしたら、次は観光。


 目指すは日本三景のひとつ──松島。


 海岸沿いに出ると、かつての観光遊覧船乗り場が見えてきた。

 もちろん、船はすべて朽ち果てている。

 だけど、島々の風景は今も変わらない。


 松島湾。

 無数の小島が海に浮かび、木々が風に揺れる。


 静かだ。

 美しい。

 そして……どこか寂しい。


 思わず口から、言葉がこぼれた。


「松島や……ああ松島や……松島や……」


「わふ?」


「いや、意味はない。なんか昔からそう言うらしいんだよ」


 コハクが小首をかしげる。


「俳句というより念仏だな、これは」


 そんなことをぼやきながら、

 フリーダム号は松島の海岸通りを、静かに北へと走り出した。


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