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第43話 平泉を越えて、滑走路の炎

 昨夜のフカヒレスープと白州の余韻を、コハクの軽やかな寝息が追い越していった。


 終末の贅沢を味わった翌朝。

 フリーダム号は今日も静かに、そして確実に旅を進める。


「さて、ここから先は……完全に未知の土地だな」


 地理の知識も薄い。

 頼れるのは記憶の奥にある、断片的な地名と方向感覚だけ。


「迷ったらとりあえず国道4号線、だったな。じゃあまずは284号を通って……っと」


 山道を抜け、一関に出る。

 ちょうど国道4号線と交差する地点に差し掛かる。


「よし、右折。ここからは北へ一直線……」


 で済む話ではない。


「……それじゃあつまらんのよ」


 ハンドルを握りながら、周囲の風景に目を配る。

 歴史の気配、誰かが生きた痕跡、まだ見ぬ何か。


 やがて、見慣れない古風な看板が目に入る。


「平泉……?」


 その響きで思い出す。


「義経だな。兄・頼朝に追われる前、ここで暮らしてた……って教科書で見たような……」


 でも、特に感慨は湧かない。


「鞍馬山で修行とか、崖を駆け下りる一ノ谷の戦いとか、弁慶とのバディ感とか、そっちのがドラマあるんだよなぁ……」


 でも、ふと思い出す。


「最後の地も、平泉だったんだっけ。自刃……とか。まぁ、信じてないけどな」


 蝦夷へ逃れ、弁慶と共に北へ渡ったという“生存説”もある。


 義経、伝説になった男。


「……伝説。なんだか、わかる気もするな」


 ◆◆◆


 そんな物思いに耽っているうちに、奥州、北上、花巻と通過。


 そして、右手に見えてくる、花巻空港。


 そのときだった。


「……あれ?」


 滑走路の向こうで、何かが燃えている。


「炎……?」


 焦げつく空気。

 燃えているのは、車……か?

 滑走路に、黒煙がゆらめく。


 ゾンビにあんなことはできない。


「……生存者?」


 フリーダム号を減速させる。

 コハクが助手席で不安そうにこちらを見てくる。


「……どうする?」


 このまま通り過ぎるか、立ち寄るか。


 フリーダム号の中は安全だ。

 物資も、食料もある。孤独にも慣れてきた。


 でも、コハクのぬくもりを知った今、“人の気配”が、無視できなくなっている自分がいる。


「これは……運命を分ける選択肢だな」


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