昨夜のフカヒレスープと白州の余韻を、コハクの軽やかな寝息が追い越していった。
終末の贅沢を味わった翌朝。
フリーダム号は今日も静かに、そして確実に旅を進める。
「さて、ここから先は……完全に未知の土地だな」
地理の知識も薄い。
頼れるのは記憶の奥にある、断片的な地名と方向感覚だけ。
「迷ったらとりあえず国道4号線、だったな。じゃあまずは284号を通って……っと」
山道を抜け、一関に出る。
ちょうど国道4号線と交差する地点に差し掛かる。
「よし、右折。ここからは北へ一直線……」
で済む話ではない。
「……それじゃあつまらんのよ」
ハンドルを握りながら、周囲の風景に目を配る。
歴史の気配、誰かが生きた痕跡、まだ見ぬ何か。
やがて、見慣れない古風な看板が目に入る。
「平泉……?」
その響きで思い出す。
「義経だな。兄・頼朝に追われる前、ここで暮らしてた……って教科書で見たような……」
でも、特に感慨は湧かない。
「鞍馬山で修行とか、崖を駆け下りる一ノ谷の戦いとか、弁慶とのバディ感とか、そっちのがドラマあるんだよなぁ……」
でも、ふと思い出す。
「最後の地も、平泉だったんだっけ。自刃……とか。まぁ、信じてないけどな」
蝦夷へ逃れ、弁慶と共に北へ渡ったという“生存説”もある。
義経、伝説になった男。
「……伝説。なんだか、わかる気もするな」
◆◆◆
そんな物思いに耽っているうちに、奥州、北上、花巻と通過。
そして、右手に見えてくる、花巻空港。
そのときだった。
「……あれ?」
滑走路の向こうで、何かが燃えている。
「炎……?」
焦げつく空気。
燃えているのは、車……か?
滑走路に、黒煙がゆらめく。
ゾンビにあんなことはできない。
「……生存者?」
フリーダム号を減速させる。
コハクが助手席で不安そうにこちらを見てくる。
「……どうする?」
このまま通り過ぎるか、立ち寄るか。
フリーダム号の中は安全だ。
物資も、食料もある。孤独にも慣れてきた。
でも、コハクのぬくもりを知った今、“人の気配”が、無視できなくなっている自分がいる。
「これは……運命を分ける選択肢だな」