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第45話 ユイという名の希望

 思いがけない“出会い”によって、フリーダム号の車内には新しい風が吹いていた。


 運転席には俺、助手席にはコハク、そして後部には生存者の少女。


「水道からきれいな水出るから、使って良いよ。落ち着いたらでいいから、いろいろ教えてくれたら嬉しい」


 まだ彼女の素性は不明。

 だが、フリーダム号が警告を発しなかった。

 つまり、脅威判定はされなかったということだ。


「お風呂もお湯が出るから、好きに使って」


 極力静かに、丁寧に。

 フリーダム号はゆるやかに国道4号線を北へ進んでいた。


 助手席のコハクも、どこか落ち着かない様子でちらちらと後部座席を気にしている。


 しばらくして、ユニットバスのドアがそっと閉まる音がした。


 彼女は入ってくれた。

 少しだけ、安心。


 ◆◆◆


 程なくして、バスローブに包まれ、バスタオルを頭にかぶったユイが現れた。


「あの……お風呂、ありがとうございました。こんな貴重なお水を使わせてもらって……」


「大丈夫だよ。この車、水は使い放題だから」


「……使い放題……?」


「ああ、気にしないで」


 この世界では、水は命と同義。

 シャワーなんて、かつての贅沢そのものだ。


 フリーダム号の中で過ごしていると、常識の感覚がずれてくる。


 そして、彼女はそっと名乗った。


「あの……私はユイです。パパと一緒にキャンピングカーで、食料を探しながら生活していました」


「パパは……?」


 ユイの表情がわずかに曇る。


「空港で、ミニバスの人たちと、キッチンカーの人と、数日間一緒に生活してたんです。でも……ある夜、ミニバス内にゾンビが出て……」


 言わなくても、わかった。

 探索中の誰かが感染していたのだ。


「あっという間でした。みんな感染して、ゾンビになって……。私だけ、キャンピングカーにいたから……助かりました。でも、外に出られなくて……鍵も、パパが持ったままで……」


「それで、どのくらい中にこもってたの?」


「……10日くらい。息を潜めて、ゾンビに気づかれないように……」


 胸の奥に、かすかに痛みが走る。


「……助けられて良かった。たまたま黒煙が上がってて、もしかしてって思っただけなんだけどね」


 ユイは小さく頭を下げた。


「こんな世界なのに……助けてくれてありがとうございます」


「いいってことよ。俺は松本秀人、しゅうって呼んでくれていい。そして、こいつがコハク。最近仲間になったばかりだ」


「……しゅうさん、コハクちゃん。よろしくお願いします」


 コハクが「わふっ」と返事する。


 これで、フリーダム号は2人と1匹になった。


 新しい旅の仲間、新しい空気、新しい不安、でも少しだけ、新しい希望も。


 フリーダム号は、終末の国道を静かに、そして確かに北上していく。

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