思いがけない“出会い”によって、フリーダム号の車内には新しい風が吹いていた。
運転席には俺、助手席にはコハク、そして後部には生存者の少女。
「水道からきれいな水出るから、使って良いよ。落ち着いたらでいいから、いろいろ教えてくれたら嬉しい」
まだ彼女の素性は不明。
だが、フリーダム号が警告を発しなかった。
つまり、脅威判定はされなかったということだ。
「お風呂もお湯が出るから、好きに使って」
極力静かに、丁寧に。
フリーダム号はゆるやかに国道4号線を北へ進んでいた。
助手席のコハクも、どこか落ち着かない様子でちらちらと後部座席を気にしている。
しばらくして、ユニットバスのドアがそっと閉まる音がした。
彼女は入ってくれた。
少しだけ、安心。
◆◆◆
程なくして、バスローブに包まれ、バスタオルを頭にかぶったユイが現れた。
「あの……お風呂、ありがとうございました。こんな貴重なお水を使わせてもらって……」
「大丈夫だよ。この車、水は使い放題だから」
「……使い放題……?」
「ああ、気にしないで」
この世界では、水は命と同義。
シャワーなんて、かつての贅沢そのものだ。
フリーダム号の中で過ごしていると、常識の感覚がずれてくる。
そして、彼女はそっと名乗った。
「あの……私はユイです。パパと一緒にキャンピングカーで、食料を探しながら生活していました」
「パパは……?」
ユイの表情がわずかに曇る。
「空港で、ミニバスの人たちと、キッチンカーの人と、数日間一緒に生活してたんです。でも……ある夜、ミニバス内にゾンビが出て……」
言わなくても、わかった。
探索中の誰かが感染していたのだ。
「あっという間でした。みんな感染して、ゾンビになって……。私だけ、キャンピングカーにいたから……助かりました。でも、外に出られなくて……鍵も、パパが持ったままで……」
「それで、どのくらい中にこもってたの?」
「……10日くらい。息を潜めて、ゾンビに気づかれないように……」
胸の奥に、かすかに痛みが走る。
「……助けられて良かった。たまたま黒煙が上がってて、もしかしてって思っただけなんだけどね」
ユイは小さく頭を下げた。
「こんな世界なのに……助けてくれてありがとうございます」
「いいってことよ。俺は松本秀人、しゅうって呼んでくれていい。そして、こいつがコハク。最近仲間になったばかりだ」
「……しゅうさん、コハクちゃん。よろしくお願いします」
コハクが「わふっ」と返事する。
これで、フリーダム号は2人と1匹になった。
新しい旅の仲間、新しい空気、新しい不安、でも少しだけ、新しい希望も。
フリーダム号は、終末の国道を静かに、そして確かに北上していく。