月曜日の朝。教室の空席は、もう偶然や風邪では説明できない数になっていた。
「……なあ、最近ちょっと多くないか? 欠席」
「うん……しかも、あいつらみんな“異界送り”の時に選ばれた……」
「でもさ、先生は何も言わないよな……」
「保護者にも連絡取れないって聞いた。電話も繋がらないし、家も留守って」
誰ともなく囁きが広がっていく。声のトーンは低く、しかし確実に教室中を満たしていた。
私――中嶋 凛(なかじま りん)は、その空気の中心にいた。
先週、私は異界から生還した。あの地獄のような夜を、どうにか朝まで耐え、戻ってきた。
だが、それを口に出すことはできなかった。誰が信じる? 誰が理解する?
それでも、私と同じように“知っている”目をした者が、少しずつ見え始めていた。
前の席の葵(あおい)。窓際でじっと外を見ている裕翔(ゆうと)。みんな、目が合うと一瞬だけ目を逸らす。
私たちは、同じ恐怖を知っている。
「……次は、誰が選ばれるのかな」
昼休み、誰かがぽつりと呟いた。
その言葉に教室が凍りつく。
◇ ◇ ◇
放課後。私は、職員室に足を運んだ。
「失礼します。あの、佐久間先生に……」
「佐久間先生? 今日はお休みですよ」
「……え?」
「体調不良とのことで。何か用でしたか?」
「いえ……すみません」
姿を消しているのは、生徒だけじゃなかった。
担任――仮面の教師――も、今は“現実”にいない。
◇ ◇ ◇
その夜。ふたたび私たちは教室に召喚された。
もはや悲鳴も、叫びも少ない。皆、知っているのだ。この“儀式”が、本当に起きていることを。
誰かが「投票なんておかしい」と叫んだ。だが、それがどうしたというのか。タブレットはそこにあり、仮面の教師は静かに告げる。
「五人。選びなさい」
操作音が、無機質に教室に響く。涙を流しながらも、自分が選ばれぬよう震える指で名前をタップしていく。
“選ばれる側”と“選ぶ側”
その境界線が、日を追うごとに濃く、深く、クラスに亀裂を生んでいく。
◇ ◇ ◇
翌日。
生徒の数は、半分以下になっていた。
それでも、学校側は「学級閉鎖」や「感染症流行」など、ありきたりな理由で誤魔化そうとしていた。だが、もう隠しきれない。
その日、私は初めてこの現象を調べようと思った。
「異界送り 真相」「異界送り 実話」「廃校 事件 行方不明」
検索窓に指を滑らせていくと、一つの投稿が目に入った。
10年前、東北地方の某女子校でクラス全員行方不明事件。
最初の犠牲者は、校内でいじめに遭っていた女子生徒だった。
「全員連れていってやる」
そう書かれた遺書が、遺体のそばに残されていた――
ぞっとした。
その学校の画像を見た瞬間、血の気が引いた。そこは、私たちが“送られている”異界の廃校と、まったく同じだった。
つまり――これはただの都市伝説ではない。
呪いは実在し、拡散し、今も誰かを異界へと引きずり込んでいる。
そして今夜もまた、“儀式”は始まる。
私たちは、生き残るだけではもう足りない。
この連鎖を、止めなければならない。