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第5話 仮面を砕くとき

 その夜、私は覚悟を決めて眠りについた。

 そして、目を開けると、そこはやはりあの教室だった。


「五人。選びなさい」


 いつもと変わらぬ無感情な声。

 仮面の教師は静かに立っていた。


 しかし、私の胸中は違っていた。

 今夜は逃げるためではない。終わらせるために来た。


 選ばれたのは、私を含む五人。

 皆、怯えながらも、その意味を理解していた。

「もう限界だ」と口にする者もいれば、「最後までやってやる」と歯を食いしばる者もいた。


 異界――

 私たちは再び、あの廃墟へと送られた。


 ◇ ◇ ◇


 床は軋み、闇は濃く、異形のモノたちは這い回っていた。

 だが、今夜は逃げない。向かうのは、地下の非常階段。

 私が現実世界で見た“呪いの始まりの場所”。


 その途中、仲間が一人、また一人と離れていく。

 モノに追われ、廊下の先で叫び、捕らえられ、闇へと消えていく。


 それでも、私は止まらなかった。


 辿り着いた非常階段の下――

 そこに、仮面の教師が待っていた。


「……ここで、何度も終わらせようとした。でも、誰も仮面を壊せなかった」


 その声は、これまでとは違っていた。

 若く、震えていた。仮面の奥にいるのは、やはり緒川 美琴だった。


「私は、忘れられるのが怖かった。殺されたわけじゃない。ただ、笑われて、無視されて、置いていかれて……」


「だから、あなたは“異界”を創った。あの夜を何度も繰り返して」


「でも、もう疲れたの。……壊して」


 仮面が、ゆっくりと私の方へ差し出される。


 私は手を伸ばし、触れた。

 冷たい陶器のような感触。

 その奥に、怒りも、恨みも、寂しさも、全部詰まっていた。


「ごめん……。あなたのこと、知らなかった。誰も、ちゃんと見てなかった」


 そして、私は仮面を砕いた。


 ぱん、と乾いた音がして、仮面はひび割れ、床に落ち、砕けた。


 その瞬間――


 世界が崩れた。


 異界の闇が音を立てて瓦解し、空間が光に包まれる。

 耳鳴り、風のような叫び、そして静寂。


 ◇ ◇ ◇


 朝。

 目が覚めると、私は教室にいた。

 全員がそこにいた。


 ……いや、全員ではない。

「選ばれた」はずの仲間たちの何人かは、まだ席が空いたままだった。


 だが、担任・佐久間が戻っていた。


「みんな……心配かけたね。少し、体調を崩していて。今日からまた、授業を再開します」


 その顔に、あの仮面はもうなかった。


 クラスの空気は、今までとはまったく違っていた。

 “何か”が終わり、“何か”が残された。


 誰も異界送りのことを口には出さなかったが、

 互いの目には、あの夜の記憶が確かにあった。


 ◇ ◇ ◇


 放課後、私は非常階段の手前で立ち止まった。


 誰もいない空間。

 ただ、窓の外から春の風が吹き込んでいた。


 ふと、誰かが囁くような声がした。


『ありがとう』


 振り返っても、誰もいなかった。


 でも、私は確かに感じた。


 ――異界送りは、終わったのだ。

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