四月の終わり。
やわらかな春風が、校庭の桜を名残惜しげに揺らしている。
私は――中嶋 凛(なかじま りん)は、県内でも小規模なこの高校に赴任してきた。
初めて受け持つクラスは、一年C組。
生徒たちはまだ幼さを残し、しかしそれぞれの不安や期待を胸に、新しい生活を始めようとしていた。
私は、彼らを守る。
そう心に誓った。
……たとえ、どんな「過去」が私に影を落とそうとも。
◇ ◇ ◇
ある朝。
ホームルームのために教室へ向かうと、違和感に気づいた。
「……?」
空席がひとつ、ふたつ。
まだ四月。欠席は珍しくない。体調を崩す生徒も多い。
だが、その日は四人も休んでいた。
出席簿を見ながら、ふと背筋に寒気が走った。
(一年C組……欠席、四人……)
無意識に、ある記憶が蘇る。
――かつて、自分が生徒だったころ。
――異界送りの儀式。
――消えていった友人たち。
いや、考えすぎだ。
そう自分に言い聞かせ、授業を始めた。
だが、生徒たちの表情も、どこかぎこちなかった。
「ねえ先生、〇〇ちゃん、なんか変なこと言ってたんだよ」
休み時間、女生徒たちが囁き合っていた。
「夜中に教室に集められたとか、誰かに投票されたとか」
私は、思わず手にしていたチョークを落とした。
◇ ◇ ◇
その夜。
私は、遅くまで職員室に残り、資料をまとめていた。
校内は静まり返り、廊下には誰もいない。
電灯の光も心なしか弱々しい。
時計が午前二時を指したとき。
――カツン。
廊下の奥から、誰かの靴音が聞こえた。
思わず立ち上がり、廊下を覗く。
誰もいない。
ただ、どこからか――
「……五人。選びなさい」
耳元で、かすれた声が囁いた。
振り返った先に、
仮面の教師が、立っていた。
いや、違う。
その仮面の奥に映る顔は――
私自身だった。
「やめて……!」
叫ぶ声が、自分でも震えているのがわかる。
仮面の凛は、ただ微笑んでいた。
あの日、自分が見た、あの白い仮面と同じ笑みで。
そして、彼女は囁いた。
「あなたは、もう逃げられない」
次の瞬間、意識が暗闇に引きずり込まれた。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、私は見覚えのある教室に立っていた。
制服姿の生徒たちが、怯え、震えながらこちらを見ている。
そして、私の手には――
タブレット。
そこには、生徒たちの名前がずらりと並び、
「五人を選択してください」という無機質なメッセージが表示されていた。
(……私が、選ぶの?)
違う。私は教師だ。守る側だ。
でも、指は震え、思考は霞み、
そして、選べと心の奥底から命じる声が聞こえた。
(やめろ――私がこんなこと……!)
しかし、生徒たちの顔が見えた瞬間、
タブレットが勝手に動き、無慈悲に五つの名前が選ばれていった。
生徒たちは叫び、涙を流し、
黒い霧に包まれて、消えた。
私は、ただ見ているしかできなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
現実に戻った私は、真っ青な顔で職員室に座っていた。
欠席届が、五通、机に並べられていた。
生徒たちは――消えた。
私は、かつて自分が憎んだ「仮面の教師」になってしまったのだ。
どうすれば、止められる?
この呪いを、終わらせるには――?
静まり返った職員室の中で、私は震える手で
破れた出席簿を、ぎゅっと握り締めた。