目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第6話 目覚めた呪い

 四月の終わり。

 やわらかな春風が、校庭の桜を名残惜しげに揺らしている。


 私は――中嶋 凛(なかじま りん)は、県内でも小規模なこの高校に赴任してきた。


 初めて受け持つクラスは、一年C組。


 生徒たちはまだ幼さを残し、しかしそれぞれの不安や期待を胸に、新しい生活を始めようとしていた。


 私は、彼らを守る。

 そう心に誓った。


 ……たとえ、どんな「過去」が私に影を落とそうとも。


 ◇ ◇ ◇


 ある朝。


 ホームルームのために教室へ向かうと、違和感に気づいた。


「……?」


 空席がひとつ、ふたつ。


 まだ四月。欠席は珍しくない。体調を崩す生徒も多い。

 だが、その日は四人も休んでいた。


 出席簿を見ながら、ふと背筋に寒気が走った。


(一年C組……欠席、四人……)


 無意識に、ある記憶が蘇る。


 ――かつて、自分が生徒だったころ。

 ――異界送りの儀式。

 ――消えていった友人たち。


 いや、考えすぎだ。

 そう自分に言い聞かせ、授業を始めた。


 だが、生徒たちの表情も、どこかぎこちなかった。


「ねえ先生、〇〇ちゃん、なんか変なこと言ってたんだよ」


 休み時間、女生徒たちが囁き合っていた。


「夜中に教室に集められたとか、誰かに投票されたとか」


 私は、思わず手にしていたチョークを落とした。


 ◇ ◇ ◇


 その夜。

 私は、遅くまで職員室に残り、資料をまとめていた。


 校内は静まり返り、廊下には誰もいない。

 電灯の光も心なしか弱々しい。


 時計が午前二時を指したとき。


 ――カツン。


 廊下の奥から、誰かの靴音が聞こえた。


 思わず立ち上がり、廊下を覗く。

 誰もいない。


 ただ、どこからか――


「……五人。選びなさい」


 耳元で、かすれた声が囁いた。


 振り返った先に、

 仮面の教師が、立っていた。


 いや、違う。


 その仮面の奥に映る顔は――

 私自身だった。


「やめて……!」


 叫ぶ声が、自分でも震えているのがわかる。


 仮面の凛は、ただ微笑んでいた。

 あの日、自分が見た、あの白い仮面と同じ笑みで。


 そして、彼女は囁いた。


「あなたは、もう逃げられない」


 次の瞬間、意識が暗闇に引きずり込まれた。


 ◇ ◇ ◇


 目が覚めると、私は見覚えのある教室に立っていた。


 制服姿の生徒たちが、怯え、震えながらこちらを見ている。


 そして、私の手には――


 タブレット。


 そこには、生徒たちの名前がずらりと並び、

「五人を選択してください」という無機質なメッセージが表示されていた。


(……私が、選ぶの?)


 違う。私は教師だ。守る側だ。


 でも、指は震え、思考は霞み、

 そして、選べと心の奥底から命じる声が聞こえた。


(やめろ――私がこんなこと……!)


 しかし、生徒たちの顔が見えた瞬間、

 タブレットが勝手に動き、無慈悲に五つの名前が選ばれていった。


 生徒たちは叫び、涙を流し、

 黒い霧に包まれて、消えた。


 私は、ただ見ているしかできなかった。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 現実に戻った私は、真っ青な顔で職員室に座っていた。


 欠席届が、五通、机に並べられていた。


 生徒たちは――消えた。


 私は、かつて自分が憎んだ「仮面の教師」になってしまったのだ。


 どうすれば、止められる?


 この呪いを、終わらせるには――?


 静まり返った職員室の中で、私は震える手で

 破れた出席簿を、ぎゅっと握り締めた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?