教室の窓から、雨が斜めに打ちつけている。
濡れた校庭は灰色に霞み、どこまでも世界が閉じていくようだった。
私は、職員室の一角で縮こまるようにパソコンを叩いていた。
「異界送り」「仮面の教師」「異界 教師」「生徒 行方不明」
――情報を探している。
自分自身のために。
救えなかった生徒たちのために。
そして何より、これ以上誰も失いたくないために。
だが、ネット上に散らばるのは都市伝説や怪談めいた話ばかり。
具体的な真実にたどりつけるものはほとんどなかった。
そんな中、私は一つの記事に目を留めた。
【匿名掲示板ログ】
【スレタイ】異界送り体験者いる?【マジレス希望】
10年前、○○県で異界送り体験。
あの時、クラスで「仮面を被った教師」が現れた。
でも、そいつは元から教師じゃなかった。
異界送りは、“過去に生き延びた生徒”が“次の異界教師”にされる。
呪いは「救われた者」から「次の地獄」を作る。
仮面は、呪いを拡散する道具。
壊さない限り、次の犠牲者を生み続ける。
私は、震えた。
(……じゃあ、私が……?)
かつて異界送りを生き延びた私が、今度は次の異界教師(イカイティーチャー)になってしまっている――?
そんな、馬鹿な。
けれど、すべての辻褄が合ってしまう。
◇ ◇ ◇
夜。
自宅のアパートに戻った私は、疲労と不安でベッドに沈み込んだ。
次に目を覚ましたとき、私は再び異界の教室にいた。
教壇に立つ私。
制服姿の生徒たち。
震え、すすり泣く声。
「……五人、選びなさい」
気づくと、口が勝手に動いていた。
止めたくても、声が勝手に出る。
タブレットを掲げる手が震え、汗がにじむ。
生徒たちの目が怖い。
助けを求める目、憎しみの目、諦めた目。
私は、彼らを救うことも、守ることもできない。
仮面を壊さなければ。
この呪いを断ち切らなければ。
だけど、どこに仮面がある?
現実では、私は普通の教師だ。
だが、異界ではすでに「仮面の教師」として存在している。
それはつまり、私自身が仮面そのものになりかけているということだ。
◇ ◇ ◇
翌朝。
登校した私は、C組の教室へ向かう。
空席がさらに増えていた。
出席番号を読む声が、かすかに震える。
返事が返ってこない席が、日に日に増えていく。
生徒たちの目が、私を見ている。
――なぜ、先生は何もしてくれないの?
――なぜ、見て見ぬふりをするの?
そんな声が、聞こえる気がした。
私は拳を握った。
(絶対に、終わらせる)
◇ ◇ ◇
その日の放課後、私は一人、資料室へ向かった。
10年前の異界送り事件に関する学校記録。
封印された事故報告書。
そこには――
「緒川美琴の件 ※極秘扱い」
というファイルがあった。
震える手で、私はその書類をめくった。
緒川美琴、二年C組。
いじめ被害を受けた末、非常階段から飛び降り自殺。
その直後から、クラスで原因不明の失踪事件発生。
美琴の残した遺書に「夜の教室で、全員連れていく」との記述あり。
(やっぱりだ……)
だが、そこには続きがあった。
なお、過去にも同様の事件が発生していた記録あり。
10年前の異界送り事件は、さらに30年前の事故に酷似している。
(さらに過去……?)
異界送りの起源は、美琴だけではない。
その前、そのまた前――
呪いは、途切れることなく続いていた。
私は、気づき始めていた。
「仮面」を砕いても、
「呪い」を砕かなければ、
この連鎖は終わらない。
そして今、私が仮面に飲み込まれるか、呪いを断ち切るか――
すべてが、今ここにかかっている。