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第7話 異界教師

 教室の窓から、雨が斜めに打ちつけている。

 濡れた校庭は灰色に霞み、どこまでも世界が閉じていくようだった。


 私は、職員室の一角で縮こまるようにパソコンを叩いていた。


「異界送り」「仮面の教師」「異界 教師」「生徒 行方不明」


 ――情報を探している。

 自分自身のために。

 救えなかった生徒たちのために。


 そして何より、これ以上誰も失いたくないために。


 だが、ネット上に散らばるのは都市伝説や怪談めいた話ばかり。

 具体的な真実にたどりつけるものはほとんどなかった。


 そんな中、私は一つの記事に目を留めた。


【匿名掲示板ログ】

【スレタイ】異界送り体験者いる?【マジレス希望】


 10年前、○○県で異界送り体験。

 あの時、クラスで「仮面を被った教師」が現れた。

 でも、そいつは元から教師じゃなかった。


 異界送りは、“過去に生き延びた生徒”が“次の異界教師”にされる。

 呪いは「救われた者」から「次の地獄」を作る。


 仮面は、呪いを拡散する道具。

 壊さない限り、次の犠牲者を生み続ける。


 私は、震えた。


(……じゃあ、私が……?)


 かつて異界送りを生き延びた私が、今度は次の異界教師(イカイティーチャー)になってしまっている――?


 そんな、馬鹿な。


 けれど、すべての辻褄が合ってしまう。


 ◇ ◇ ◇


 夜。


 自宅のアパートに戻った私は、疲労と不安でベッドに沈み込んだ。


 次に目を覚ましたとき、私は再び異界の教室にいた。


 教壇に立つ私。

 制服姿の生徒たち。

 震え、すすり泣く声。


「……五人、選びなさい」


 気づくと、口が勝手に動いていた。

 止めたくても、声が勝手に出る。

 タブレットを掲げる手が震え、汗がにじむ。


 生徒たちの目が怖い。

 助けを求める目、憎しみの目、諦めた目。


 私は、彼らを救うことも、守ることもできない。


 仮面を壊さなければ。

 この呪いを断ち切らなければ。


 だけど、どこに仮面がある?


 現実では、私は普通の教師だ。

 だが、異界ではすでに「仮面の教師」として存在している。


 それはつまり、私自身が仮面そのものになりかけているということだ。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 登校した私は、C組の教室へ向かう。

 空席がさらに増えていた。


 出席番号を読む声が、かすかに震える。

 返事が返ってこない席が、日に日に増えていく。


 生徒たちの目が、私を見ている。


 ――なぜ、先生は何もしてくれないの?

 ――なぜ、見て見ぬふりをするの?


 そんな声が、聞こえる気がした。


 私は拳を握った。


(絶対に、終わらせる)


 ◇ ◇ ◇


 その日の放課後、私は一人、資料室へ向かった。


 10年前の異界送り事件に関する学校記録。

 封印された事故報告書。

 そこには――


「緒川美琴の件 ※極秘扱い」


 というファイルがあった。


 震える手で、私はその書類をめくった。


 緒川美琴、二年C組。

 いじめ被害を受けた末、非常階段から飛び降り自殺。

 その直後から、クラスで原因不明の失踪事件発生。

 美琴の残した遺書に「夜の教室で、全員連れていく」との記述あり。


(やっぱりだ……)


 だが、そこには続きがあった。


 なお、過去にも同様の事件が発生していた記録あり。

 10年前の異界送り事件は、さらに30年前の事故に酷似している。


(さらに過去……?)


 異界送りの起源は、美琴だけではない。

 その前、そのまた前――

 呪いは、途切れることなく続いていた。


 私は、気づき始めていた。


「仮面」を砕いても、

「呪い」を砕かなければ、

 この連鎖は終わらない。


 そして今、私が仮面に飲み込まれるか、呪いを断ち切るか――


 すべてが、今ここにかかっている。

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