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第8話 呪いの根

 資料室の薄暗い蛍光灯の下で、私は震える手でファイルをめくり続けた。


(10年前だけじゃない……)


 30年前。

 さらにその30年前。

 異界送りは、一定周期で繰り返されてきた。


 それも、ただの偶然ではなかった。


 失踪、生徒間の対立、教師の不可解な失踪――

 パターンは酷似していた。


 すべての事件に共通する要素が、記録の片隅に記されていた。


『仮面をつけた教師の目撃情報』


 その仮面のデザインは、時代を越えてほとんど変わっていない。


「白い顔」「笑った口元」「感情のない目」


 誰かが、いや何かが、この儀式を意図的に続けてきた。


 私は、背筋に冷たいものを感じた。


(異界送りは、人の怨念だけじゃない。もっと根源的な、存在によって……)


 そして、ある報告書に辿り着いた。


 それは、30年前――とある中学校で起きた事件の記録。


 ◇ ◇ ◇


 その中学では、

 ある女性教師が、自らの手で生徒を“選び”、消していたという。


 目撃証言によれば、教師は奇妙な仮面をつけ、夜な夜な校内を徘徊していた。


 やがて、教師は校舎の屋上から身を投げ、命を絶った。


 遺体のそばには、「すべては続けられねばならない」という血文字が残されていた。


 ――仮面は、引き継がれる。


 その教師の名前は、緒川 陽子(おがわ ようこ)。


 ――緒川美琴の、祖母にあたる人物だった。


 ◇ ◇ ◇


 私は、資料を閉じ、呆然と立ち尽くした。


(呪いの根は、美琴ではなかった。もっと前から……)


 緒川家に連なる女たち。

 彼女たちは、異界送りの「器」に選ばれていたのだ。


 理由はわからない。


 ただ、代々続く恨み、悲しみ、孤独、怒り。

 それが、仮面を生み、教師という姿を借りて儀式を繰り返してきた。


 今、仮面は私に宿っている。


 私は、緒川家の血縁者ではない。

 にもかかわらず、なぜ――?


 そのとき、ふと頭をよぎった。


(……引き継がれる条件。それは、「生き延びた者」。)


 異界送りを生き延び、呪いを見届けた者は、次の「仮面の教師」として選ばれる。


 まるで、バトンのように。


 私は、生き延びた。

 だから今、仮面に引きずり込まれようとしている。


 ◇ ◇ ◇


 夜。


 自宅で震える指先を見つめながら、私は決意した。


(逃げられない。なら、戦うしかない)


 仮面を砕く。

 呪いの根ごと、すべて終わらせる。


 ただ、仮面の破壊は――

 異界そのものを崩壊させる危険を孕んでいる。


 もし失敗すれば、私は二度と現実世界には戻れない。


 それでも。


 次に召喚されたら、

 必ず仮面を見つけ、砕く。


 私は、もう「選ぶ側」にはならない。


 ◇ ◇ ◇


 その夜。


 眠りについた私は、またしてもあの異界に立っていた。


 暗い教室。

 恐怖に怯える生徒たち。


 そして――

 教壇に立つ「仮面の私」。


 静かに、タブレットが手渡される。


 だが、私は受け取らない。


 代わりに、教壇の仮面の自分へと、まっすぐ歩み寄った。


 心臓の音が、耳を打つ。


「……もう、終わりにする」


 仮面の私が微笑んだ。


 そして、教壇の上に、白く冷たい仮面が、静かに置かれた。


 今なら、壊せる。


 でも、簡単にはいかない。


 異界全体が、私を拒絶し、異形たちが蠢き始めた。


 逃げるか、砕くか。


 時間は――ない。

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