資料室の薄暗い蛍光灯の下で、私は震える手でファイルをめくり続けた。
(10年前だけじゃない……)
30年前。
さらにその30年前。
異界送りは、一定周期で繰り返されてきた。
それも、ただの偶然ではなかった。
失踪、生徒間の対立、教師の不可解な失踪――
パターンは酷似していた。
すべての事件に共通する要素が、記録の片隅に記されていた。
『仮面をつけた教師の目撃情報』
その仮面のデザインは、時代を越えてほとんど変わっていない。
「白い顔」「笑った口元」「感情のない目」
誰かが、いや何かが、この儀式を意図的に続けてきた。
私は、背筋に冷たいものを感じた。
(異界送りは、人の怨念だけじゃない。もっと根源的な、存在によって……)
そして、ある報告書に辿り着いた。
それは、30年前――とある中学校で起きた事件の記録。
◇ ◇ ◇
その中学では、
ある女性教師が、自らの手で生徒を“選び”、消していたという。
目撃証言によれば、教師は奇妙な仮面をつけ、夜な夜な校内を徘徊していた。
やがて、教師は校舎の屋上から身を投げ、命を絶った。
遺体のそばには、「すべては続けられねばならない」という血文字が残されていた。
――仮面は、引き継がれる。
その教師の名前は、緒川 陽子(おがわ ようこ)。
――緒川美琴の、祖母にあたる人物だった。
◇ ◇ ◇
私は、資料を閉じ、呆然と立ち尽くした。
(呪いの根は、美琴ではなかった。もっと前から……)
緒川家に連なる女たち。
彼女たちは、異界送りの「器」に選ばれていたのだ。
理由はわからない。
ただ、代々続く恨み、悲しみ、孤独、怒り。
それが、仮面を生み、教師という姿を借りて儀式を繰り返してきた。
今、仮面は私に宿っている。
私は、緒川家の血縁者ではない。
にもかかわらず、なぜ――?
そのとき、ふと頭をよぎった。
(……引き継がれる条件。それは、「生き延びた者」。)
異界送りを生き延び、呪いを見届けた者は、次の「仮面の教師」として選ばれる。
まるで、バトンのように。
私は、生き延びた。
だから今、仮面に引きずり込まれようとしている。
◇ ◇ ◇
夜。
自宅で震える指先を見つめながら、私は決意した。
(逃げられない。なら、戦うしかない)
仮面を砕く。
呪いの根ごと、すべて終わらせる。
ただ、仮面の破壊は――
異界そのものを崩壊させる危険を孕んでいる。
もし失敗すれば、私は二度と現実世界には戻れない。
それでも。
次に召喚されたら、
必ず仮面を見つけ、砕く。
私は、もう「選ぶ側」にはならない。
◇ ◇ ◇
その夜。
眠りについた私は、またしてもあの異界に立っていた。
暗い教室。
恐怖に怯える生徒たち。
そして――
教壇に立つ「仮面の私」。
静かに、タブレットが手渡される。
だが、私は受け取らない。
代わりに、教壇の仮面の自分へと、まっすぐ歩み寄った。
心臓の音が、耳を打つ。
「……もう、終わりにする」
仮面の私が微笑んだ。
そして、教壇の上に、白く冷たい仮面が、静かに置かれた。
今なら、壊せる。
でも、簡単にはいかない。
異界全体が、私を拒絶し、異形たちが蠢き始めた。
逃げるか、砕くか。
時間は――ない。