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第11話 目覚めた血脈

 世界は、何事もなかったかのように動き続けていた。


 高校時代に起きた、あの異界送り事件。

 私はそれを、心の底に封じ込めたまま、大学院へ進んだ。


 民間伝承、都市伝説、不可解な失踪事件。私が専攻を選んだ理由は、誰にも言わなかった。


 ただ、あの夜を、二度と繰り返させないため。


 夜。机の引き出しの中で、仮面の破片が微かに震えるたび、私は思う。


 ――まだ、終わっていない。


 ◇ ◇ ◇


 ある日、指導教官が提案してきた。


「夜に消えた集落、っていうテーマを掘り下げてみたらどうだ?」


 渡された資料の中に、ひとつの名前があった。


 緒川村。


 すでに地図から消され、住民は全員行方不明。公式記録には、失踪理由も、事故も、何一つ残されていない。


 ただ、ネットの片隅には、こんな噂だけが残っていた。


『夜中に教室へ呼び出され、消される儀式があった』

『白い仮面をつけた教師が現れた』


 私は、震えた手でページをめくった。


(……緒川)


 異界送り。かつて私が見た、地獄の原点。


 私は、また呼ばれている。


 ◇ ◇ ◇


 夜。仮面の破片を掌にのせる。硬く、冷たい。けれど、どこか生きているような脈動を感じた。


「――行くしかない」


 誰に向かって言ったのかもわからない。

 ただ、私は決意した。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、私は緒川村へ向かっていた。


 山間の電車を降り、人気のないバスに乗り継ぎ、最後は、廃道を歩くしかなかった。


 日が傾き、あたりは薄暗くなりはじめている。


 ポケットの破片が、ずっと微かに震えていた。


 ◇ ◇ ◇


 村の入り口に差し掛かったとき、誰かが立っていた。少女だった。銀色がかった黒髪、儚げな影を纏うような存在感。


 彼女は私を見ていた。

 まるで、最初からここで待っていたかのように。


「……あなた、誰?」


 私が問うと、彼女はふわりと首を傾げ、そして、静かに名乗った。


「緒川澪。この村の、最後の生き残り」


 緒川、あの名前。私は言葉を失った。


 澪は微笑まず、ただ、まっすぐに私を見ていた。


「君が、中嶋凛だよね」


 どうして――。


 澪は、答えを待たずに言った。


「君は、ここに来る運命だった。血が、そう呼び寄せたんだよ」


 夕闇の中で、彼女の声は、奇妙に優しかった。


 私は、無言で彼女を見返すしかなかった。

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