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第14話 異界門

「祠に近づくのは、あまりよくないよ」


 澪は静かに言った。


 祠の前で拾った赤黒い仮面の破片を、私はポケットにしまい込んだ。


 何かを言おうとしたが、口をついて出るのは、曖昧な謝罪だけだった。


「ごめん、ただ……眠れなくて」


「うん、大丈夫」


 澪は、にっこりと笑った。


 その笑顔に、私はなぜか、ほんの少しだけ息苦しさを覚えた。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、私たちは村の奥へ向かった。


「見せたいものがあるんだ」


 そう言って、澪は昨日は案内しなかった小道へ進んでいった。


 獣道のように細い道。背の高い草をかき分け、蔓が絡まった木々の間を縫うように歩く。


 やがて、ぽっかりと開けた空間に出た。


 そこには――倒れた鳥居と、崩れかけた校舎が、朽ちたまま、残されていた。


「ここ、学校だったの?」


「うん。昔、この村にも子どもたちがたくさんいたんだよ」


 澪は淡々と答えた。


 私は、校舎のガラス窓が、誰もいないのに反射していることに気づいた。


(まるで、

 誰かが、中からこちらを見ているみたい――)


 ◇ ◇ ◇


 校舎の中に入った。


 床板は腐り、黒ずんだ壁には無数のヒビ。廊下を歩くと、かすかに、誰かがノートをめくるような音がした気がした。


 だが、澪は気にする様子もなく、まっすぐにある教室へ向かう。


 ドアを開けると、そこだけ、なぜか綺麗に整えられていた。


 埃一つない教室。整然と並んだ机と椅子。黒板には、チョークで何かが書かれていた。


『五人、選びなさい』


 私は、心臓が跳ねるのを感じた。


(ここは……)


 ここは、異界送りで召喚された、あの教室に――

酷似している。


 澪は、そんな私の反応を楽しむでもなく、ただ静かに言った。


「ここが、“門”なんだよ」


「……門?」


「異界と現世をつなぐ、最初の場所。

 君たちがかつて立たされたのも、きっとこんな場所だったはず」


 言葉が出なかった。


 澪は教室の中央に立ち、ポケットから、何かを取り出した。それは、私が持っているものと同じ、仮面の破片だった。


「これが、鍵になる」


 仮面の破片。


 破片を持つ者だけが、門を開くことができる。


 私の中に、漠然とした確信が芽生えていた。


 ◇ ◇ ◇


 夕暮れ。私たちは校舎を後にした。


 帰り道、背後から、誰かがこちらを見ている気がしてならなかった。


 だが、振り返っても、そこには、風に揺れる草しかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 夜。眠れずに縁側に出た私は、ポケットの破片を取り出して、月光にかざした。


 すると、破片の奥に、ぼんやりと――あの教室が、浮かび上がった。


 誰もいないはずの教室。だが、黒板の前に、何かが立っていた。顔のない、白い仮面をつけた影。


 私は思わず目をそらした。


 その瞬間、背後から声がした。


「怖い?」


 振り向くと、そこには、微笑む澪が立っていた。


 月明かりに照らされた澪の影は、どこか――異様に長く伸びていた。

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