「祠に近づくのは、あまりよくないよ」
澪は静かに言った。
祠の前で拾った赤黒い仮面の破片を、私はポケットにしまい込んだ。
何かを言おうとしたが、口をついて出るのは、曖昧な謝罪だけだった。
「ごめん、ただ……眠れなくて」
「うん、大丈夫」
澪は、にっこりと笑った。
その笑顔に、私はなぜか、ほんの少しだけ息苦しさを覚えた。
◇ ◇ ◇
翌朝、私たちは村の奥へ向かった。
「見せたいものがあるんだ」
そう言って、澪は昨日は案内しなかった小道へ進んでいった。
獣道のように細い道。背の高い草をかき分け、蔓が絡まった木々の間を縫うように歩く。
やがて、ぽっかりと開けた空間に出た。
そこには――倒れた鳥居と、崩れかけた校舎が、朽ちたまま、残されていた。
「ここ、学校だったの?」
「うん。昔、この村にも子どもたちがたくさんいたんだよ」
澪は淡々と答えた。
私は、校舎のガラス窓が、誰もいないのに反射していることに気づいた。
(まるで、
誰かが、中からこちらを見ているみたい――)
◇ ◇ ◇
校舎の中に入った。
床板は腐り、黒ずんだ壁には無数のヒビ。廊下を歩くと、かすかに、誰かがノートをめくるような音がした気がした。
だが、澪は気にする様子もなく、まっすぐにある教室へ向かう。
ドアを開けると、そこだけ、なぜか綺麗に整えられていた。
埃一つない教室。整然と並んだ机と椅子。黒板には、チョークで何かが書かれていた。
『五人、選びなさい』
私は、心臓が跳ねるのを感じた。
(ここは……)
ここは、異界送りで召喚された、あの教室に――
酷似している。
澪は、そんな私の反応を楽しむでもなく、ただ静かに言った。
「ここが、“門”なんだよ」
「……門?」
「異界と現世をつなぐ、最初の場所。
君たちがかつて立たされたのも、きっとこんな場所だったはず」
言葉が出なかった。
澪は教室の中央に立ち、ポケットから、何かを取り出した。それは、私が持っているものと同じ、仮面の破片だった。
「これが、鍵になる」
仮面の破片。
破片を持つ者だけが、門を開くことができる。
私の中に、漠然とした確信が芽生えていた。
◇ ◇ ◇
夕暮れ。私たちは校舎を後にした。
帰り道、背後から、誰かがこちらを見ている気がしてならなかった。
だが、振り返っても、そこには、風に揺れる草しかなかった。
◇ ◇ ◇
夜。眠れずに縁側に出た私は、ポケットの破片を取り出して、月光にかざした。
すると、破片の奥に、ぼんやりと――あの教室が、浮かび上がった。
誰もいないはずの教室。だが、黒板の前に、何かが立っていた。顔のない、白い仮面をつけた影。
私は思わず目をそらした。
その瞬間、背後から声がした。
「怖い?」
振り向くと、そこには、微笑む澪が立っていた。
月明かりに照らされた澪の影は、どこか――異様に長く伸びていた。