夜、私は浅い眠りの中で目を覚ました。
また――だ。
この村に来てから、ぐっすり眠れたことがない。
時計を見ると、午前二時過ぎ。
縁側から、かすかに風の音が聞こえる。
私は、また布団を抜け出した。
◇ ◇ ◇
家の中を静かに歩く。古びた床が、ぎしぎしと軋む音。
窓の外では、風にあおられた木の枝が、かさかさと震えている。
縁側に立ったとき、ふと、遠くに光が見えた。
校舎だ。昨日訪れた、あの朽ちた学校。ありえない。電気なんて、通っているはずがないのに。
私は、吸い寄せられるように外に出た。
裸足の足裏に、冷たい夜露がまとわりつく。
◇ ◇ ◇
学校に近づくにつれ、奇妙な感覚にとらわれた。
距離感がおかしい。近づいているはずなのに、景色がすり替わっていく。
崩れた校舎は、次の瞬間には、きれいに整えられた学校へと姿を変えていた。
新しいガラス窓。整然と並んだ机と椅子。黒板には、白いチョークで文字が書かれている。
『五人、選びなさい』
私は、まるで引力に引かれるように、正面玄関を押し開けた。
◇ ◇ ◇
中に入ると、廊下には誰もいなかった。
だけど――聞こえた。
コツ、コツ、コツ。
誰かが、廊下を歩いている足音。
そして、どこか遠くから、誰かが囁く声。
「……来た、来た、来た……」
私は、背筋に冷たい汗を流しながら、音のする方へ歩き出した。
◇ ◇ ◇
たどり着いたのは、例の教室。
ドアが、自然に、きぃ、と音を立てて開いた。
中には、誰もいなかった。
ただ、教壇の上に、白い仮面がぽつんと置かれていた。
私は、その仮面に引き寄せられるように歩み寄った。
◇ ◇ ◇
そのとき。背後から、誰かの手が、私の肩を掴んだ。びくりと体が跳ねる。
振り返ると、そこに――澪がいた。彼女は、いつものように、静かに微笑んでいた。
「こんな夜中に、何してるの?」
声は穏やかだった。けれど、私はなぜか、答えることができなかった。
澪の手が、まだ私の肩に触れている。
その指先が、妙に冷たく、重たく感じた。
「戻ろう。まだ、夜は長いから」
そう言って、澪は私の手を引いた。
私は、逆らえなかった。
◇ ◇ ◇
気がつくと、私はまた、縁側の布団に戻っていた。あれは夢だったのか。現実だったのか。
ただ一つ、確かだったのは。ポケットに入れていたはずの仮面の破片が、少しだけ赤黒く濡れていたことだ。