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第15話 仮面の夜

 夜、私は浅い眠りの中で目を覚ました。


 また――だ。


 この村に来てから、ぐっすり眠れたことがない。


 時計を見ると、午前二時過ぎ。


 縁側から、かすかに風の音が聞こえる。


 私は、また布団を抜け出した。


 ◇ ◇ ◇


 家の中を静かに歩く。古びた床が、ぎしぎしと軋む音。

窓の外では、風にあおられた木の枝が、かさかさと震えている。


 縁側に立ったとき、ふと、遠くに光が見えた。

 校舎だ。昨日訪れた、あの朽ちた学校。ありえない。電気なんて、通っているはずがないのに。


 私は、吸い寄せられるように外に出た。


 裸足の足裏に、冷たい夜露がまとわりつく。


 ◇ ◇ ◇


 学校に近づくにつれ、奇妙な感覚にとらわれた。


 距離感がおかしい。近づいているはずなのに、景色がすり替わっていく。


 崩れた校舎は、次の瞬間には、きれいに整えられた学校へと姿を変えていた。


 新しいガラス窓。整然と並んだ机と椅子。黒板には、白いチョークで文字が書かれている。


『五人、選びなさい』


 私は、まるで引力に引かれるように、正面玄関を押し開けた。


 ◇ ◇ ◇


 中に入ると、廊下には誰もいなかった。


 だけど――聞こえた。


 コツ、コツ、コツ。


 誰かが、廊下を歩いている足音。


 そして、どこか遠くから、誰かが囁く声。


「……来た、来た、来た……」


 私は、背筋に冷たい汗を流しながら、音のする方へ歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


 たどり着いたのは、例の教室。


 ドアが、自然に、きぃ、と音を立てて開いた。

 中には、誰もいなかった。


 ただ、教壇の上に、白い仮面がぽつんと置かれていた。

 私は、その仮面に引き寄せられるように歩み寄った。


 ◇ ◇ ◇


 そのとき。背後から、誰かの手が、私の肩を掴んだ。びくりと体が跳ねる。


 振り返ると、そこに――澪がいた。彼女は、いつものように、静かに微笑んでいた。


「こんな夜中に、何してるの?」


 声は穏やかだった。けれど、私はなぜか、答えることができなかった。


 澪の手が、まだ私の肩に触れている。

 その指先が、妙に冷たく、重たく感じた。


「戻ろう。まだ、夜は長いから」


 そう言って、澪は私の手を引いた。


 私は、逆らえなかった。


 ◇ ◇ ◇


 気がつくと、私はまた、縁側の布団に戻っていた。あれは夢だったのか。現実だったのか。


 ただ一つ、確かだったのは。ポケットに入れていたはずの仮面の破片が、少しだけ赤黒く濡れていたことだ。

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