朝。目が覚めたとき、私はまだ、縁側の布団の上にいた。
外は曇り空。重たく、湿った空気。
ポケットに手を入れる。赤黒く染まった仮面の破片は、昨夜のまま、微かに震えていた。
◇ ◇ ◇
朝食の席。
澪は、昨日までと変わらず、静かに私におかゆを出してくれた。
「今日も案内するよ。まだ、見せてない場所があるから」
私は頷いた。
澪の態度は、いつもと何ひとつ変わらない。
だからこそ、昨日の夜の出来事が、すべて夢だったのかと思いたくなる。
◇ ◇ ◇
村のさらに奥。
かつて祭壇があったという場所に、澪は私を連れて行った。
草に埋もれた石段を登りきると、そこはぽっかりと空いた広場だった。中央には、崩れかけた石の台座。そして、その台座の前に、誰かが立っていた。
小さな、少女の姿。白いワンピース。素足。ぼんやりと、
まるで空気に溶けかかるような、あやふやな輪郭。
私は、思わず足を止めた。
(誰……?)
◇ ◇ ◇
「……見えるんだね」
澪がぽつりと呟いた。
私は振り向いた。
「知ってるの?」
「うん。
たぶん、君に会いに来たんだよ」
澪の言葉は穏やかだった。
だが、私の胸には、冷たいものが広がっていった。
少女は、ただ、立っていた。顔はよく見えない。だが、その手には、白く欠けた仮面の破片を握りしめていた。
少女は、ゆっくりと手を伸ばした。私に、何かを訴えかけるように。
声は聞こえない。だが、胸の奥に、確かな感情だけが流れ込んできた。
――助けて。
私は、一歩、踏み出そうとした。
そのとき。
「だめだよ」
澪の声が、私を止めた。
振り返ると、澪は微笑みながら、静かに首を振った。
「今は、まだ行っちゃだめ」
「……でも」
「まだ、準備ができてない。
君がすべてを知るには、もう少し、時間が必要なんだ」
その口調は、穏やかで、優しかった。
けれど、なぜか私は、背中に冷たい汗を流していた。
少女は、寂しそうに、手を下ろした。
そして、月影のように、広場の空気に溶けて消えた。
◇ ◇ ◇
帰り道。私は何度も振り返った。草に埋もれた石段。崩れた祭壇。そして、誰もいなくなった広場。
だが、心には、あの小さな手の感触だけが、焼き付いて離れなかった。