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第16話 最初の少女

 朝。目が覚めたとき、私はまだ、縁側の布団の上にいた。

 外は曇り空。重たく、湿った空気。


 ポケットに手を入れる。赤黒く染まった仮面の破片は、昨夜のまま、微かに震えていた。


 ◇ ◇ ◇


 朝食の席。

 澪は、昨日までと変わらず、静かに私におかゆを出してくれた。


「今日も案内するよ。まだ、見せてない場所があるから」


 私は頷いた。


 澪の態度は、いつもと何ひとつ変わらない。

 だからこそ、昨日の夜の出来事が、すべて夢だったのかと思いたくなる。


 ◇ ◇ ◇


 村のさらに奥。


 かつて祭壇があったという場所に、澪は私を連れて行った。


 草に埋もれた石段を登りきると、そこはぽっかりと空いた広場だった。中央には、崩れかけた石の台座。そして、その台座の前に、誰かが立っていた。


 小さな、少女の姿。白いワンピース。素足。ぼんやりと、

まるで空気に溶けかかるような、あやふやな輪郭。


 私は、思わず足を止めた。


(誰……?)


 ◇ ◇ ◇


「……見えるんだね」


 澪がぽつりと呟いた。


 私は振り向いた。


「知ってるの?」


「うん。

 たぶん、君に会いに来たんだよ」


 澪の言葉は穏やかだった。


 だが、私の胸には、冷たいものが広がっていった。


 少女は、ただ、立っていた。顔はよく見えない。だが、その手には、白く欠けた仮面の破片を握りしめていた。


 少女は、ゆっくりと手を伸ばした。私に、何かを訴えかけるように。


 声は聞こえない。だが、胸の奥に、確かな感情だけが流れ込んできた。


 ――助けて。


 私は、一歩、踏み出そうとした。


 そのとき。


「だめだよ」


 澪の声が、私を止めた。


 振り返ると、澪は微笑みながら、静かに首を振った。


「今は、まだ行っちゃだめ」


「……でも」


「まだ、準備ができてない。

 君がすべてを知るには、もう少し、時間が必要なんだ」


 その口調は、穏やかで、優しかった。


 けれど、なぜか私は、背中に冷たい汗を流していた。


 少女は、寂しそうに、手を下ろした。


 そして、月影のように、広場の空気に溶けて消えた。


 ◇ ◇ ◇


 帰り道。私は何度も振り返った。草に埋もれた石段。崩れた祭壇。そして、誰もいなくなった広場。


 だが、心には、あの小さな手の感触だけが、焼き付いて離れなかった。

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