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第四話 恋の尾行と金色の影

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 カナデから『寝坊した上に夕方レッスンで練習できてないから学校サボる』と連絡がきて、今日は若葉と日菜子と共に昼休みを過ごしていた。最近わたしの練習に付き合ってくれていたせいかと詫びると、『曲が好みじゃなくて面倒だっただけ』と返ってきた。


 気遣いかな……この間「気を使わなくていい」と言ってくれた優しい声が頭に響いて、信じようと思ったのに。慣れないせいか、やっぱりまだ心がざわついてしまう。


 昼休み、振られたのかと若葉は笑っていたが、二人は変わらずわたしを受け入れてくれて、少し安心してしまった。他愛もない、どうでもいいような話をしながら時間を浪費し、弁当を食べ終わった日菜子がお手洗いに行くと言って席を立った。


 日菜子が教室を出ていくのを見送ると、若葉が急に身を乗り出して顔を近づけてきた。いつもの唐突さだけど、まん丸な瞳に見つめられてどぎまぎする。


「……今日の日菜子氏、なんか可愛くない?」

「は?」


 若葉がこそこそ耳打ちしてきて、つい変な声が出た。


「……日菜子ちゃんはいつも可愛いけど?」

「いやいやいや違うんだよ美奈氏。日菜子氏がいつも可愛いのは認めるけど! 今日は、いつにも増して可愛いってこと!」

「はあ……」


 わたしから顔を離した若葉は、ぶんぶんと頭を振って反論する。小さい身体でよくもまあこんなオーバーリアクションが出来るよなあと感心していると、再度若葉の顔が近付いた。まるで悪党のような顔をしながら、わたしの耳元で囁く。


「日菜子氏はスカートいつも二回巻きで清楚に決めてるじゃん。でも今日、短い! 三回巻きだよ! それに髪、リボンで結んでる! いつもゴムなのに! あと近づくと、なんかいい香りするし、香水かなあー!」


 若葉は最初こそこそと話していたのに、だんだん声が大きくなって熱弁モードに。本当、日菜子の変化に気づくなんて鋭いな。スカートの長さとか、リボンとか、全く気が付かなかった。確かに言われてみれば、日菜子はいつもとは違うピンク色のリボンで髪を結っていたかもしれない。


「これは絶対なにかある! こないだ言ってた本命とやらとデートをするのかもしれない! というわけで美奈氏、今日放課後暇?」

「えっ」


 唐突に名前を呼ばれ、意識が引き戻される。今日の放課後が暇かって? そりゃあ確かに、予定はなにもないけれど……。


「暇だけど、若葉ちゃん、部活は……」

「創作のネタ集めって言って休む! こんな身近にネタが落ちてるとは思わなかったよ〜!」


 両目をきらきらさせてガッツポーズを取る若葉を、つい呆れて見てしまう。なるほど、ネタ探しとは便利な理由だな……。


 何も知らない日菜子は、にこにこしながら教室に戻ってきた。よく見ると、スカートから覗く白い太ももがいつもより大胆で、ふわふわの髪をピンクのリボンで二つに結んだ姿は、わたしでもドキッとするくらい可愛らしい。


 日菜子の本命。こんなに可愛い女の子が好きになる人って、一体どんな人なのだろうか。そういえば、この間カナデのことをかっこいいと言っていた気がするけれど……もしかして、カナデのような人がタイプなのだろうか。


「どうしたの?」


 何も気付かず、にっこりと微笑むその頬は柔らかなピンク色に染まっている。その姿は、確かに若葉が言うとおりいつもより可愛さが増しているのかもしれない。小鳥のさえずりみたいな声が耳孔を擽り、少しむずむずとしてしまう。


「なんでもないよ。ね、若葉ちゃん」

「うん、日菜子氏はかわいいな〜って話をしていただけで」

「えっ、や、やだあ。そんなことないよ〜、突然どうしちゃったの?」


 若葉の言葉で耳まで真っ赤になった日菜子は、頬を両手で隠し焦るような仕草をする。どういう食べ物を食べたら、こんなに可愛らしくなれるのだろうか。そもそもわたしとは人種が違うのかもしれない。


 横から熱い視線を感じて見ると、若葉がこくんと頷く。尾行だ! って顔をしている。「え、本当にやるの?」と呟くと、若葉が「やるに決まってるじゃん!」と目をキラキラさせた。


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