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 日菜子とイケメン女子は腕を組んで駅を出て、ショッピングモールのアイス屋へ。日菜子が看板を指さして何か言い、彼女が優しげに頷くと、二人揃ってレジに向かった。


「はー……アイスいいなあ! お腹減った! 美奈氏、後で絶対食べようね!」

「いいけど……」


 尾行そっちのけで、若葉の目がアイスの看板に吸い寄せられている。身を潜めながら日菜子たちの動向を確認すると、二人は二段重ねのアイスを持ち、きゃっきゃと楽しげな声を上げている。


 日菜子はピンク系のアイスを二つ重ね、イケメン女子はチョコレートと抹茶だろうか。近くに置いてあったベンチに腰掛けた二人は、それぞれのスプーンでアイスをすくい、相手の口元に持っていく。あーん。慣れた手付きで行われた動作の一連は、あまりにも自然な流れだった。


「……もう我慢できない! 日菜子氏に聞く!」

「えっ、若葉ちゃん⁉ 聞くって、何をー……」


 わなわなと震えていた若葉が勢いよく陰から飛び出し、日菜子へ突進する。服を掴もうとした手が空を切り、わたしだけが取り残された。


 遠くから「え〜若葉ちゃん! なんでいるの〜」と驚いた日菜子の声が聞こえてくる。自ら尾行を明かしに行ってしまった若葉に一つ溜息を吐き、わたしも続けて日菜子のもとに駆け寄った。


「……という訳で、日菜子ちゃんが気になり尾行していました……ごめん……」

「でも美奈氏を誘ったのは私だから! ごめん!」


 全てを打ち明けたわたしたちを驚いたような目で見ていた日菜子は、ぱちぱちと瞬きした後、怒ることもなくいつもどおりの優しい笑みを向けた。


「やだ〜、見られてたなんて恥ずかしい。変なことしてなかったかな」


 照れたように髪の毛をくるくると指に巻き付け、隣のイケメン女子に視線を流した。


「蒼ちゃん、この二人は学校のお友達で、こちらから美奈ちゃんと若葉ちゃん」


 日菜子に紹介されてしまい、慌てて姿勢をしゃんとさせる。イケメン女子はわたしたちを交互に見た後、「いつも日菜子がお世話になっています」と礼儀正しく挨拶をしてくれた。あまりにも穏やかな笑みを向けられてしまい、わたしはあたふたと手を振って「こちらこそ〜」なんて言うことしか出来なかった。


「で、こっちが蒼ちゃん。中学が同じで、今は東高に通ってるの」

「作草部蒼です。美奈ちゃんも若葉ちゃんも、よろしくね」


 蒼が微笑むと、美しい短髪が軽やかに揺れ、微かに清潔感のある爽やかな香りが漂った。顔も良くて、身長も高くて、県内有数の進学校である東高に通っているだなんて、あまりにも出来すぎている。


「で、日菜子氏と蒼氏はどういう関係なの? もしかして、付き……」


 身を乗り出してプライベートな情報に喰い付こうとした若葉の口を、慌てて塞ぐ。もし仮にこの二人が付き合っていたとしても、わたしたちは日菜子から何も聞いていない。それを勝手に暴いてしまって良いのだろうか。日菜子は隠したがっているかもしれないのに。


 目を真ん丸にした日菜子は、困ったように苦笑した。蒼と視線を合わせた後、「美奈ちゃんと若葉ちゃんならいいかな」と呟いて、自らに言い聞かせるようそっと頷く。


「うん、私……蒼ちゃんと付き合ってる」


 頬を染めた日菜子が、震える声でわたしたちを見つめている。蒼がそっとその手を握ると、なぜか胸が締め付けられた。


「そうなんだ〜! めっちゃお似合いじゃん、日菜子氏ったらこんなイケメンな恋人がいるとか……どうして教えてくれなかったの〜」


「ご、ごめんね……。女の子と付き合ってるとか言ったら、引かれるかと思って……」


「何言ってんの日菜子氏! うちらが引くわけないじゃんねえ?」

「う、うん! そうだよ日菜子ちゃん!」


 若葉に視線を投げられてしまい、わたしは笑顔を繕って力強く言う。正直、驚いていないと言ったら嘘になる。いや、でもこれは日菜子の恋人が男であっても同じような反応をしていたかもしれない。わたしは、日菜子の恋人が女の子であったことに驚いているのではなくて、日菜子に恋人がいたことに驚いていた。


 同じ高校一年生で、同じ年の数しか生きていないはずなのに、どういう生き方をしていれば恋人が出来るんだろう? どうすれば、ここまで心を許せる人が出来るんだろう。


 わたしたちの反応を見た日菜子は、目尻に涙を溜めていた。横で蒼が、良かったねと囁いている。


 そんな二人の様子を見て、羨ましいなと思ってしまった。わたしにも、いつかこういう風になれる人ができるのだろうか。


 二人の笑顔を見ていたら、ふとカナデの横顔が浮かんだ。潮風に揺れる黒髪、真っ直ぐな瞳、トランペットの金色の輝き。


 えっ。待って、何⁉  いやいや、違うって!


 身体の芯がかあっと熱を持ち、わたしは慌てて頭を振るう。脳内に侵入してきたイメージを無理矢理消し去り、何事もなかったかのように自然な笑顔を貼り付けた。三人は、和気藹々と談笑している。適当に相槌を打ちながらも、頭の何処かがそっとその姿を思っていた。



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