目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

7

 結局、試合はほとんどの場面で西高が流れを作ってしまい、東高は敗れた。それでも、蒼と日菜子は晴れやかな表情をして佇んでいる。ミーティングが終わったら行くから待ってて! と言った蒼を待つために、客席に腰掛ける。


「いや〜……それにしても、すっごかったねえ。そういえば日菜子氏は放送部だもんねえ……納得の声量だわ……」


 若葉は両手足をだらんと伸ばし、空を仰ぎ見た。日菜子は照れたように頬を掻いている。こんなに可愛い女の子から、あんなに大きな声が出るなんて。正直わたしも驚いていた。それに、人目を気にせず、ただ真っ直ぐに蒼を応援できるなんて。きっと、わたしだったら出来ないだろう。


「二人がここまで引っ張ってきてくれたおかげだよ、ありがとうね。私、蒼ちゃんと話してみる。でも、今日、蒼ちゃんの頑張ってる姿見て……応援してあげたいなって、思ったよ」


 掠れた声を絞り出して、日菜子は笑った。目尻には涙の跡が残っていて、傾きだした太陽が照らしている。


「もう日菜子氏が蒼氏の専属マネージャーになれば良いんじゃね? 毎日見に行って応援してあげなよ」


 若葉が冗談っぽく言った言葉を、日菜子はそっかあと受け止める。日菜子のことだから、本気にする可能性も無くはない。でも、それで二人の問題が解決するなら、それはそれで良いんだろう。


「おっ……返事来たか」


 空をぼーっと眺めていた若葉がガバッと身体を起こし、鞄を漁る。スマートフォンを取り出して画面をなぞっていたかと思うと、手を止めてそれをわたしに放り投げてきた。


「ちょっと……ええ?」


 突拍子のない行動に眉を顰めながら、投げられたスマートフォンの画面を見る。そこには、見慣れたアイコンが並んでいて、思わず背筋が凍った。


『松波奏、美奈氏が会いたいってさ。今何してる?』

『今? タワー横の海辺にいるけど』

『おっけー、ありがと。美奈氏に伝えるね』


 吹き出しに知らない会話が並んでいる。え、カナデ⁉ 何⁉ 固まって若葉を見ると、「行ってきな〜」と手を振られた。


「ええ……! べ、別にカナデに会いたいなんて、一言も……」

「でも会いたかったでしょ?」


 スマートフォンを若葉に返し、言葉を失って立ち尽くす。カナデに会いたくないと言ったら、嘘だ。会いたいに決まってる。いつでも会いたい。それはそうなんだけど、心の準備ってものが……。  


 云々としていると、突然背中を軽く押された。振り向くと、両手を伸ばした日菜子と目が合い、にっこりと微笑みを向けられる。まるで、次は美奈ちゃんが勇気を出す番だよとでも言うように。


「……分かった、行くよ! もう!」


 心臓がドキドキしている。ここまで来て、カナデを待たせて行かないなんてありえない。タワーまでは電車で一駅、歩く時間も含めて三十分くらいだ。

 地面の楽器ケースを勢いよく掴み、夕陽に目を細めながら二人に背を向けて駆け出した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?